《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》32・新しい住民

王城。

「まさかドラゴンを連れてくるなんてね……」

あの後、ナイジェルから許可を貰った私は、ドラゴンを連れてここまで戻ってきたのだ。

「うむ。なかなか良い部屋ではないか。気にったぞ」

人の姿に擬態したドラゴンは、王子様の前だというのに足を組んでソファーでくつろいでいる。

まあ仕方がない。

彼等にとって、人間の王子なんかわざわざ謙(へりくだ)る対象でもないのだ。

「事は説明した通りですが……一度ナイジェルに話を通しておこうと思って」

「うん、エリアーヌの判斷は間違ってないよ。でも……ドラゴン……ドラゴンか。ドラゴンね……さすがに予想していなかった」

ナイジェルは一頻り「ドラゴン」と繰り返し、困った様子であった。

これも仕方がない。

本來、ドラゴンは人に災厄をもたらす者だ。

その神聖で強大な力から『神』として崇めている地域もあるらしいんだけど……それは一部で、どちらかというと厄介事として見ている方が多いだろう。

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「それにしても本當にその方はドラゴンなのかい? 人の姿に擬態していると言っているが、とてもそうには見えないんだけど」

ナイジェルが疑いの視線をドラゴンに向ける。

するとドラゴンは不服そうな表で、

「んんっ? おみとあらば、ドラゴンの姿に戻ろうか? 一度結界の中にってしまえば、それくらいの真似は容易いが……」

「ダメーーーーーっ!」

ドラゴンがとんでもないことを言い出したので、私は慌てて止める。

「なにを考えているんですか! こんなところで元の姿に戻れば、城は崩壊し街は大パニックです!」

「冗談だ。それにいくら結界の中とはいえ、エリアーヌの前だ。下手な真似はせんよ」

ドラゴンはにやりと笑う。

全く……念話をしていた頃から薄々気付いていたが、なかなか悪戯好きなドラゴンだ。

でもあちらにペースを持って行かれるのは、し腹が立ちますわね。

「それで……エリアーヌ。僕はどうすればいいのかな?」

ナイジェルが肩をすくめる。

「ドラゴンが街中にる許可を……と思いましたが、それは達しましたし……そうですね」

私はドラゴンの方を振り返る。

「あなたはどうしたいですか?」

「うむ」

私が問いかけると、ドラゴンは顎に手を當て考え出した。

「そうだな……エリアーヌに會えればいいと思っていただけで、その先のことを考えていなかった」

「意外とおバカさんですわね」

「うるさい。そうだな……世界三(・)周(・)旅行にも飽きたし、そろそろ竜の巣に帰るとするか。しかし——」

ドラゴンは視線を上げ、私を見據える。

「エリアーヌよ。これからも念話で我と話し相手になってくれるか?」

「竜の巣からでしょう? 王國から近い距離にあったのでなんとかなりましたが、リンチギハムからはさすがに難しいです」

「やはりそうか……となると、竜の巣に帰っても暇だな……」

そこでドラゴンは「そうだ」と手を叩いて、とんでもないことをこう口にした。

「我もここに住むというのはどうだ?」

「はい?」

「そうすれば、エリアーヌと話すことも可能だろう。無論ここの王宮ではなく、街の適當な家でもいい。それもダメなら野宿でも我は問題ない。出來ればそうさせてもらいたいんだが……」

こいつはなにを言っているんだろう?

ドラゴンが人にじって暮らす?

そんな話、聞いたことも想像したこともない。

そりゃあ私もドラゴンに再び會えたことは嬉しいけど、いくらなんでも非現実的だ。

「ナイジェル。もちろん、いけませんわよね?」

「ん? 僕だったら良いけど?」

即答するナイジェルに、一瞬私は転んでしまいそうになった。

「い、いいんですか!?」

「エリアーヌが信頼する相手なんだろう? それにリンチギハムには『困っている民がいれば手を差しべよ』という教えもある。もしそのドラゴンが困っているなら、見過ごすことは出來ないよ」

とナイジェルはドラゴンを興味深げに眺め続けた。

そういえばナイジェルは、そういう人でしたわよね……。

正直無茶なことだと思う。

しかし私も無茶なことを言って、この國に住まわせてもらっている分だ。それなのにドラゴンだけ「ダメ!」と言うのも、筋が通らない。

「おお、なかなかの大きい男ではないか。無論、タダで住まわせてもらうとは我も言わないぞ。この國に困ったことがあれば、助けてやってもいい」

「期待してるよ」

ナイジェルが微笑みかける。

そうか……そういう計算もあるのか。

何度も言うが、彼は第一王子。未來のリンチギハムを背負う存在となる男だ。

もちろんお人好しの彼だから、困っている人——というかドラゴンを助けるという一面も本音だろうが、それ以上に「戦力として役に立つかもしれない」と判斷したのだと思う。

この國はあまり軍事面ではお金をかけていない。他のところに稅金を使っているからだ。

だからこそ、ドラゴンを手中におさめるのは、デメリットよりもメリットが勝ると考えたに違いない。

「ナイジェルがそう言うなら、分かりましたわ。ただし!」

溜息を吐いて、私はドラゴンを指差す。

「市にいる間は、人の擬態を解かないこと! いきなりドラゴンの姿になったら、みなさん混するでしょうからね!」

「無論だ」

それにこの姿のままなら、彼の膨大な魔力も十分の一以下になってしまう。

力を抑制する意味にもなる。

「そしてもう一つ! 悪さをしたら、すぐに私が『めっ!』しに行きますからね。ナイジェルが私のことを信頼してくれているんですから、これくらいはさせてもらいます」

「心得た。もっともエリアーヌがいる國で、悪さなどしようと思っていなかったがな」

そうドラゴンは不敵な笑みを浮かべた。

本當に分かっているのだろうか?

まあ本質的には良い子なので、大丈夫だと思うけどね。

「というわけでナイジェル……」

「うん、分かった。父上にも言っておくよ。でもどういう顔をするんだろうね?」

重ね重ね、ナイジェルには面倒事を押しつける形になってしまう。

幸いにも、彼は心底楽しそうに対応してくれるから良かったものの、いつかはこの恩を返さなければ。

でも……いつになることやら。

「ではドラゴン——と呼ぶのもあまり良くないですわね。お名前を決めましょうか」

「名前か……ふっ、まるで人間みたいだな。良いだろう。自由に決めるといい」

うーんと腕を組んで、頭を悩ます。

でも意外とすぐに名前が浮かんできた。

「ドグラス……ドグラスというのはどうかしら?」

「分かった。我の名はドグラスだな。覚えておく」

とドラゴン——じゃなくてドグラスは背もたれに重を預けたまま、楽しそうな表を浮かべた。

ドラゴンがリンチギハムの新しい住民になりました。

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