《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》43・お姫様と王子様
私はドグラスに乗って、ナイジェルはラルフちゃんで。
風を切り、私を呼ぶ謎の男のもとへ向かう。
「ちょ、ちょっと! ドグラス! 早すぎませんか? さすがに怖いんですけど!」
「それくらい我慢しろ。あまり時間をかけてもられないんだろう?」
それはそうですが!
だけど今にも振り落とされそうで怖い。
「ラルフちゃん! ナイジェル! 付いてきていますか?」
『無論だ。さすがはドラゴンだな。しかしラルフが本気を出せば、これくらいのことは容易い』
ドグラスにしがみついているからよく分からないけれど、ナイジェル達の方も問題なさそうである。
初めて會った時、ラルフちゃんは私を乗せて中庭をぐるりと一周してくれた。
あの時はゆっくりであったが、この速度に付いてこれるということは……さすがは神獣。ただのもふもふではなかったのだ。
そしてあっという間に、私達は目的地の森へと到著した。
「アドルフ!」
ナイジェルがラルフちゃんから降り、森のり口のところで待機していた騎士団長アドルフさんにそう聲をかけた。
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「で、殿下……」
いつもは素敵なおじさまなんだけど、今は疲弊しきっているみたい。
「戦況はどうだい?」
「まだ死人こそ出てないが、相手の數が多すぎる。なんせいくら痛みを與えても、怯まずに死ぬまで襲いかかってくるんだからな。恐怖をじない相手が一番怖い」
「そうか……」
「正直、騎士団は押され気味だ。一旦森のり口まで一部の隊を退かせているがな。今はまだ耐えてはいるが、あとなにか一つでも不利な條件が加われば、その均衡は一気に崩れ去るだろう」
どうやらギリギリのところでアドルフさん達は戦っているようだ。
周りを見ると、怪我を負った騎士達が地面で橫になっている。
治癒士達もフル稼働で働いているが、とても追いつかない。
「ナイジェル。よろしいでしょうか?」
「ああ。もちろん。悪いがエリアーヌ、頼むよ」
「お任せください」
私がナイジェルに視線をやると、彼は察してくれる。
「ワイドヒール」
私は手をかざし、周囲一帯に治癒魔法をかけた。
すると今まで苦しんでいた騎士達の傷が噓のように癒されていく。
「アドルフ。それで……例の男は?」
私は治癒魔法を発し続けながら、ナイジェル達の話に耳を傾けていた。
「ああ……相変わらずエリアーヌを要求している。偽聖だとかバカなことをいているが、あれは……?」
「錯しているんだろうね。それで男の素はなにかつかめたかい?」
ナイジェルが問うと、アドルフさんは首肯する。
「どこかで見たことのある面だと思っていたが、あいつ……王國にいたSS級冒険者のアルベルトだ。間違いねえ」
「なんだと? あの『闇の帝王』とも恐れられたアルベルトだと? 確かか?」
アルベルト……名前だけは聞いたことがある。
「ああ。あいつは金でくヤツだったからな。そのせいで、たまにうちの騎士団とも衝突していたんだ。紛爭地域とかでな」
「そうか……なら、やっぱり狀況はよくないね。なんせただでさえ闇の帝王が相手なんだ。しかも恐怖というものが全く無い。これはますますエリアーヌを連れて行くわけにはいかなくなった……」
治癒魔法完了……ってナイジェルはなにを勝手に話を進めているのですか!?
私はナイジェルとアドルフさんの間に割ってり、真っ直ぐ彼等の瞳を見つめる。
「ナイジェル、行かせてください」
「エリアーヌ、ダメだ。危険すぎる」
「みなさんに迷をかけていられません」
「……エリアーヌだけでアルベルトをなんとか出來ると?」
ナイジェルの問いかけに、私は思わず言葉に詰まってしまった。
私は聖だ。
私一人では戦うを持たない。
ゆえに私だけが行っても、無殘に殺されてしまう可能が高い。
「で、ですがっ!」
怯んではいけないと思い、聲を絞り出そうと——
「おいおい、ナイジェル。なにを言ってやがる。お姫様を助けるのは王子様の役目だろ?」
呆れたような聲。
後ろを振り返ると、ドグラスがナイジェルに詰め寄ろうとしていた。
「王子様の役目……?」
「そうだ。確かにエリアーヌだけで、そいつをどうにかするのは難しいだろう。だが汝がいれば? ——エリアーヌは神の加護を汝に授け、力を與えるだろう」
ドグラスの回りくどい言葉を、ナイジェルは全て理解しきれていないようであった。
だがその口ぶりはまるで神が人に神託を授けるようであった。
「君の言っていることはよく分からない……」
「ふっ、バカな人間には理解出來ぬか。本來なら我が付いていくのが筋なんだろうがな。しかし……」
ドグラスは森の方を見據える。
「我の相手はこいつだ」
ずーん——ずーん——。
大きな足音。
それと同時、木々をなぎ払いながら森の奧から一の巨大な魔が姿を現した。
姿だけで相手を圧倒する形姿。
こいつの名前を私……そしてナイジェルとアドルフさん、みんなが知っている。
「ベヒモス……!」
誰かがそう名前を呼んだ。
ベヒモス。
私が最初ナイジェルに出會った時、彼等はベヒモスに襲われた直後のようであった。
なんとかその時は逃げ切れたようだけど、どうやらこの森でベヒモスは姿を隠していたらしい。
「お終いだ……」
「今のままでも一杯だっていうのに……」
「ベヒモスだなんて……」
突如現れたベヒモスを見て、騎士団の方々が恐れをなす。
しかしこの中でたった一人、ほんのしの恐怖すらもじていない男がベヒモスの前に立ちふさがる。
「はっはっは! なにをこんな豚ごときで恐れているのだ! しかし々退屈しのぎにはなるだろう。おい、豚。我と戦え」
くいっとドグラスが豚(ベヒモス)を手招きする。
「エリアーヌ、ナイジェル。ここは我に任せろ。汝達は森の奧に進め」
「し、しかし……!」
「ああ、まだ言ってやがんのか! いい加減気付きやがれ!」
ドグラスはナイジェルの頭を軽く小突き、こう続けた。
「お姫様を救う王子様の役目は、汝に譲ってやろうと言っているではないか! 覚悟を決めろ! そして——惚(・)れ(・)た(・)のワガママくらい、聞いてやれる男になれ!」
その発破にナイジェルははっとした顔になる。
そして顔を上げた時には、迷いを捨てきっていた。
「……エリアーヌ、行こう。確かにドグラスの言う通りだ。僕には覚悟がなかった。國を背負う、そして君を守るという覚悟がね」
ナイジェルは腰に下げた剣を抜き、それを私の前に掲げた。
「僕はリンチギハムの王子であり、同時に今から君の剣となろう。僕に力を貸してしい」
それがこの狀況に似つかわしくないほど、とてもロマンティックなように思えて。
私は気付けば剣を握る彼の手に、自分の両手を添えていた。
「ええ、ナイジェル。ならば私はあなたの盾になります。戦いを終わらせるため、バカな男のもとへ向かいましょう」
彼は私のことを守ると言った。
しかし同時に私は思っていた。
この人だけは絶対に死なせない。
そんな強い決意を。
「おお……リンチギハムの神と謳(うた)われたナイジェルがとうとう本気で剣を振るうってのか。王子なんてやってなければ、今頃最年で騎士団長になってたものを」
ナイジェルを見て、アドルフさんが思わずといったじでそう聲をらしていた。
『エリアーヌ、ナイジェル。ラルフに乗れ。そちらの方が早いだろう?』
「あら、二人も乗せて走れるのですか?」
『舐めるな。ラルフは神獣だ。ただの犬だと思っていないか?』
……思ってました。
ナイジェルを先頭に、そして私は彼の背中にしがみつくようにしてラルフちゃんに乗る。
「じゃあドグラスよ、任せたぞ!」
「ドグラス! ここは街の外です。全(・)力(・)で戦っていいですからね!」
ラルフちゃんが走り出し、ベヒモスの橫を通り過ぎようとする。
しかしそれを見逃してくれるほど、ベヒモスも甘くなかった。
「グオオオオオオオッッッッッ!」
雄びを上げ、私達を踏み潰そうと足を上げた。
だが。
「汝の相手は我だ」
足が振り下ろされようとする時、ドグラスがその下にり込み片(・)手(・)でベヒモスを持ち上げる。
「聖のお許しも出たからな。久しぶりに元の姿に戻らせてもらうぞ!」
ドグラスの聲。
後ろからはどよめきが起こる。
振り向かなくてもなにが起こっているか分かる。
ドラゴンの姿に戻ったドグラスが、ベヒモスに牙をむこうとしているのだろう。
ドグラスも言っていた。
豚(ベヒモス)ごときがドラゴンに勝てるわけがないと。
だから私は安心して、あの場を任せてられる。
「あちらは大丈夫そうだが、それでも萬が一がある! 早く謎の男を片付けて、ドグラス達のもとに戻らなければ!」
「ええ! その通りですわね!」
ラルフちゃんに乗った私達は、森を駆け抜ける。
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