《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》48・あれから一ヶ月が経ちました
あの騒が起こってから、一ヶ月が経過しようとしていた。
その間、リンチギハムはアルベルトとの一件で大忙し。
アルベルトには騎士団長のアドルフさん直々の尋問が行われ、さらに報を引き出そうとしているみたいだが……あまり狀況は芳(かんば)しくないようだ。
「あの野郎、なかなか口を割ろうとしねえ。そこはさすがSS級冒険者といったところか」
アドルフさんと話をした時、彼は顔を悔しそうに歪ませていた。
「進展はないということでしょうか?」
「いや……しずつだが、報は引き出せているんだ。しかしあいつも報を小出しにしやがる。そのせいであまり手荒な真似も出來ん。間違って死んでしまったら大問題だからな」
うむ……やはりアルベルトも一筋縄ではいかないということだろうか。
彼は偽の聖レティシアにそそのかされ、リンチギハムに呪いのアイテムを流通させようとした。
そして突然、何故だかレティシアの機嫌が悪くなったみたいで、捨て駒のような使われ方をしたらしい。
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その結果が先日の兇行である。
ここまでは分かっているらしいんだけど……肝心の彼の証言を裏付ける決定的な証拠がないようだ。
リンチギハムとしては、すぐにでも王國に抗議をしたいところらしいけれど、なんせ國と國の問題である。
迂闊にはけない。
「アドルフさんも大変ですね……」
「なあに、もうし時間をくれれば、直にあいつも口を割るだろう。それまでの辛抱だ。エリアーヌもあいつには腸(はらわた)煮えくり返っていると思うが、もうちょっとだけ待っていてしい」
「あら、私は大丈夫ですわよ」
苦笑する。
実際、アルベルトにかけられていた強い呪いを跳ね返すことによって、今頃レティシアにも呪いが返っているはずだった。
殘念なのは、彼が今どんな様子なのか分からないことだけど……悲慘なことになっていることは確実だろう。
それだけで今は十分であった。
というわけでアルベルトの一件は、騎士団の方々に任せている。
一方の私はこの一ヶ月間、相変わらずラルフちゃんをもふもふしたり、セシリーちゃんと戯れていた。
あっ、そうそう。ドグラスのことも忘れてはいけませんね。
ドグラスは王國にいた頃の念話友達だったドラゴンだ。ひょんなことをきっかけに、今はリンチギハムで私達と楽しく暮らしている。
悪い人……というか悪いドラゴンではないのだけれど、よく私にちょっかいをかけて困らせようとしてくる。
まあもちろん、私も本気で困っているわけではないですけどね。
これはこれで楽しんでいるのだ。
というじで王國でげられていた頃からは考えられないくらい、楽しい日々を過ごしているのだけれど——私に起こった一番の変化。
それは……。
「エリアーヌの作るクッキーは本當に味しいね」
ナイジェルがクッキーを食べながら、私に話しかける。
「い、いつも喜んでもらえて私も嬉しいですわ」
「なにを言うんだい。こんな味しいものを毎日でも食べられる僕の方が、幸せものだろう。このクッキーを作るにも、手間がかかっているだろう?」
「いえいえ、大したことではありません。元々お菓子作りは好きでしたから」
「そうなのかい。そう言ってくれて、僕も気が楽になるよ」
とナイジェルは、今度は星形のクッキーを口にれた。
イチゴジャムを練り込んでいるクッキーですわね。數あるクッキーの中でも自信作だ。
そのことにナイジェルも気付いたのか。
「旨い!」
と舌鼓を打っていた。
「…………」
「エリアーヌ? どうしたんだい。なにか考え事をしているみたいだけれど……」
「……! な、なんでもありませんわ!」
「だったらいいんだけど……」
ナイジェルは不思議そうな顔をしていた。
——彼はこの國の第一王子だ。將來、國の代表となる。
そして……今は私の婚約者でもある。
あー! 自分で言っててなんだか恥ずかしくなってきた!
そうなのである。
この國の王子殿下と、私は婚約者なのである! 大事なことなので二回言ってみました。
元々王國で聖をしていた頃も、クロード王子と婚約関係にあった。
しかしちょっと気にらないことがあればすぐに癇癪(かんしゃく)を起こし、橫柄な態度が目立っていた彼とナイジェルはまさに真逆。
ナイジェルはいつも優しく、まさに王子としてふさわしい人格の持ち主であった。
しかもとっても形。
そんな彼と婚約関係にあるだなんて……自分で言うのもなんだけど、未だに信じられない。
「失禮します」
そんなことを考えていると、ノックの音と一緒に廊下から人がってきた。
メイドのアビーさんだ。
「アビーか。どうしたんだい?」
ナイジェルが問いかけると、アビーさんは表一つ変えずに。
「はい。実は門番からとある報告をけまして……なんでも行き倒れている一人の年を拾ったらしいです」
「行き倒れている?」
「本來なら殿下に伝えるにも値しない事件です。しかし……どうやらその年は自分のことを『王』だとか、治癒士を探しているだとか……気になることを宣っているようでして……」
アビーさんの言葉に、私達を顔を見合わせた。
「まさか……」
「いえいえ、そんなことはありませんわ。さすがにクロード王子のことではないでしょう。ですよね、アビーさん」
「クロード……確か王國の王子殿下のことですよね。それだけは絶対に違います。そんな方が來れば、もっと大騒ぎになっていますよ」
「ですよねー」
王……という単語に反応してしまったが、どうやら私の嫌な予は當たらなかったらしい。
まあクロードは『年』というほど年も若くないだろうし、行き倒れているなんて絶対にあり得ない。
彼はたとえ國中の市民が飢え死にしようが、自分の安全だけは確保する男なのだ。
王國で今どんなことが起こっているかは分からないが、たった一人で來るなど、彼の格からして考えられないだろう。
無駄に大軍を引き連れて、偉そうにやって來ること間違いなし。
「分かった。取りあえず話だけでも聞きに行ってみるよ」
「ご足労かけます」
アビーさんが頭を下げる。
「ナイジェル、私もついていっていいですか?」
「エリアーヌも?」
「はい。気になりますので」
それに……アビーさんの話を聞くに、その方はなくても健康な狀態ではなさそうだ。
私の治癒魔法が役に立つかもしれない。
「分かった。じゃあエリアーヌも一緒に行こう」
「ありがとうございます」
というわけで、私達はリンチギハムの正門に向かうことになった。
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