正門近くの守衛所に向かうと、中ではいつもの門番さんが椅子に座っていた。

さらに傍らのベッドには、一人の黒髪の年が橫になっている。

「ナイジェル様。それにエリアーヌ様も」

門番さんは私達に気付き、顔をこちらに向けた。

「わざわざご足労すみません」

「いいんだ。それにしても……行き倒れている年というのはその子かい？」

ナイジェルがベッドで寢そべっている年に視線をやると、門番さんはゆっくり頷いた。

「はい。大の話は聞いていますか？」

「ああ。なんでも自分のことを『王』と言ったり、治癒士を探しているとか聞いたけど？」

「その通りです。ですが、通行証も場料もなにも持っていない方でしたから、こちらとしても簡単に市にれるわけにはいきません。最初からふらふらな様子でしたが、そのことを説明していたら急に倒れて……そのまま放っておくのもあんまりだと思いましたので、今はここで寢かせています」

「うん、ありがとう。適切な対応だったと思うよ」

「有り難きお言葉です」

ナイジェルの言葉を聞いて、門番さんは僅かに頬をほころばせた。

橫になっている年は、黒くて長い外套（がいとう）をにまとっている。この辺りではなかなか見かけない素材で出來ているようだ。

うーん……可らしい顔をしているものの、見るからに怪しい風貌。それに場料を払うためのお金も持參していない。

正真正銘、ただの怪しい子どもだ。

だけど……ちょっと気にかかりますのよね。

もしかしてこの子……。

「あっ、目を覚ましますわよ」

年の顔を眺めていると、彼は「う……うーん……」と聲を上げ、ゆっくりと瞼を開けた。

「ようこそ、リンチギハムへ。ご気分はどうかな？」

ナイジェルが年に質問する。

優しげな口調ではあるが、警戒も怠っていない。

そりゃそうだ。まだこの年は『ただの怪しい人』なんだし。

なにをしてくるか分からない狀況では、ナイジェルの反応も頷ける。

しかし年は落ち著き払った態度で、

「リンチギハム……そうか、俺はリンチギハムに辿り著いたんだ。君は……？」

と聲にした。

いきなり気を失って、目が覚めたかと思ったら見知らぬ人に囲まれているのだ。

慌てるかと思っていたけど……年は怯まずに、真っ直ぐとナイジェルの瞳を見つめていた。

「僕はナイジェル。一応この國の王子をさせてもらっている」

「王子……！」

年の目が大きく見開く。

そしてすぐに立ち上がろうと、ベッドのフレームに手をかけた。

「頼む……！　教えてくれ。この國には腕の良い治癒士がいると聞いた。一それはどこに——」

しかし年が立とうとすると、彼はふらふらとまたその場に倒れてしまいそうになった。

「あら。慌てて立ち上がろうとすると、危ないですわよ」

年が床に転んでしまいそうになる寸前、すかさず私は彼のを支える。

「す、すまない……君は？」

「エリアーヌです。そんなことよりも……よく見ると至る所に傷を負っていますね。痛かったでしょう？」

「いや、そんなことはない。ただ魔力をなくしてしまった関係で、自(・)己(・)治(・)癒(・)があまり働かなくなってしまったみたいだ」

その言い振りだと、やっぱりこの子……。

なにはともあれ、まずはこの子を治してあげなければならない。

話を聞くのはそれからだ。

「すぐに済みますからね——ヒール」

年に膝枕をして、私は治癒魔法を発した。

まだこの年がなにを考えているか分からない。

だけど……このリンチギハムには言い伝えがある。

それは『困っている民がいるなら助けなさい』という素敵な言葉だ。

この子はリンチギハムの民というわけではないのだけれど……こんなにボロボロになっている子を、見過ごすわけにはいかない。

「このは……？　気持ちいい……」

年は聖なるに包まれて気持ちよさそうだ。

ついでに魔力も回復してあげよう。

それにしても……ここまで來るのに一杯だったのか、服も所々汚れていて、年の姿はお世辭にもキレイとは言えない。

お風呂にもろくにっていないのだろう。

だけど不思議と年のからは、花の香りのような匂いが漂ってきた。

「終わりましたわよ。いかがですか？」

「な、なんだこの魔力は……！　魔力を回復するのに、しばらくかかると思っていたが、もう全回復だと……？」

年は驚きを通り越して、戸いをじているようであった。

「もしかして腕の良い治癒士というのは……いや、もしかしたら君は——」

ぐぅ〜。

年がなにかを喋ろうとした時、そんな間抜けな音が室に響き渡った。

「もしかして、お腹が空いているのですか？」

「あ、ああ……ここ三日くらいは水しか飲んでいないかもしれない。でもここらへんの水は不味くて、それすらもあまり飲めていないかも……だ……」

私は年に訊ねると、彼は恥ずかしそうに頷いた。

治癒魔法を使ったので、ボロボロだった年はお風呂にった後みたいにキレイになっている。疲労も消えているはずだ。

とはいえ治癒魔法も萬能ではない。

いくら私でも、空腹を消し去ることは出來ないのだ。

まあ食べなくても、一ヶ月くらいは生きられるようにするくらいは出來るが……それでも空腹は殘ったままなのである。

「だが、今はそんなことは重要じゃない。俺にはもっとすべきことが……」

「『お腹が減っては何事も為すことが出來ない』……こういう言葉は知らないですか？」

王國でよく言われていた言葉だ。

なにかを言い出そうとする年の口に人差し指を付けて、私はこう続ける。

「まずは腹ごしらえです。『食』というのは人生をかにしますわ。お腹を満たして、初めて有意義な話し合いも出來ると言いますもの。ねえ、ナイジェル」

「うん、その通りだね」

ナイジェルに視線をやると、彼も首を縦に振った。

「そうだね。せっかくだから君を招待するよ」

「どこへ？」

年が目を丸くすると、ナイジェルはこう告げた。

「王城へ」

【作者からのお願い】

「更新がんばれ！」「続きも読む！」と思ってくださったら、

下記にある広告下の【☆☆☆☆☆】で評価していただけますと、執筆の勵みになります！

よろしくお願いいたします！