《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》52・霊だろうと、困っている者は見過ごせません

「ご存知かもしれませんが、俺達——霊は古代より他の種族と離れて暮らしてきました」

これは私……に限らず、他の人でも知っているようなことだ。

「ここ最近三(・)千(・)年(・)は、とある森の中で集落を作って暮らしています。もちろん結界を張って、人間がってこれないようにしていますが」

「その森はここから近いんですか?」

「はい。馬車を使えば、三日はかからないでしょう。念のために言いますが、このことは他言無用でお願いします」

とフィリップは口の前で、人差し指を一本だけ立てた。

それにしても……三千年か。

それを『ここ最近』と言うだなんて、相変わらず霊はスケールが大きい。

フィリップはさらに続ける。

「今まで平穏無事に暮らしてきました。しかし……半年前くらいからでしょうか。集落がある森に異変が起こり始めました」

「異変?」

「はい。突然、森が瘴気(しょうき)で覆われ始めたのです」

フィリップが辛そうに表を暗くする。

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「あなたの様子からだと、そんじょそこらの瘴気ではなさそうですね」

「その通りです。俺達霊はなによりも空気と水を大切にする種族。それが今回の瘴気のせいで二つとも濁ってしまいました。そのせいで病気にかかった霊が現れたり、森の中に強力な魔が出始めています」

「なるほど。心中お察ししますわ。愚問かもしれないでしょうけど、瘴気を取り払うためのは盡くしたのでしょうね」

首を縦に振るフィリップ。

「俺達霊の力だけでは、瘴気をなくすことは出來ません。そこで俺達は人間に助けを求めることにしました」

「どうして人間に?」

「聖……あなたがいたからです」

とフィリップは私を見やった。

「二百年前も似たようなことがありましたが、聖様のお力もあって瘴気を取り払うことが出來ました。しかしまだ二百年前は、聖様と霊の仲が比較的良かった時代だったと聞きます。時折聖様も霊の村を訪れたりしていました。それに比べ……今は隨分狀況が変わってしまった」

時折……って。二百年前の聖はどれだけ自由にさせてもらっていたんだ。

いやそれが當たり前なのかもしれないけれど。

私のような狀況が特殊なだけだったかもしれないけれど!

二百年前の聖を思って、私はし羨ましくなった。

「意を決して俺は村を飛び出しました。二百年前から聖様は王國で暮らしていましたから、きっとそこにいると思い王國に出掛けました。しかし……」

「ちょ、ちょっと待ってください。王國に行ったのはいつ頃の話ですか?」

「二、三ヶ月前くらいだったと思います」

二、三ヶ月前……か。

私がまだ王國にいた頃だ。

こんな困っている霊王なんて來たら、すぐに助けようとするはずなんですけど?

そんな報告は全く聞いていない。

「大予想は付きますけど、どうなったんですか?」

「門前払いされました。

霊王だって? 貴様みたいな子どもがそんなわけないだろう! バカも休み休み言え。それから聖は忙しい。貴様みたいな小僧に會いたくもないと言っているぞ!』

……と。金髪の方に言われました」

「……その方のお名前は聞いています?」

「確かクロードとか言っていたと思います」

ビンゴ!

そんなことを言うヤツは、あのクロード王子しかいない!

大方、私達みたいに門番からの伝令で話だけでも聞きに行ったのだろう。

その調子だと怒鳴り散らして、ストレス発散したかったんでしょうね。

「俺は絶しました。聖様にお會いすることすら出來ないなんて……」

「わ、私はそんなこと言ってませんからね! 話すらも私の耳に屆いていませんでした。信じてください!」

「もちろんです。あの時は『聖様も変わってしまわれた……』と思っていましたが、今日會って考えが変わりました。あなたは二百年前と変わらずしく、そしてお優しい」

二百年前の聖と今の私とでは、また違うんですけどね。まあいちいち突っ込まなくてもいいだろう。

「とはいえ、そのまま帰ることは出來ない。どこからか腕の良い治癒士の報を聞きつけて、ここリンチギハムに辿り著いた……ということかな?」

今度は後ろからナイジェルが質問をれる。

彼の問いかけに、フィリップは首肯した。

それから二、三ヶ月も探し続けるなんて……ボロボロになっても仕方がない。

「その通りです。あまり期待していませんでしたが、まさか聖様がここにおられるとは。もう一度お願いします、聖様。そしてこの國の王子殿下。どうか俺達に力を貸してくれませんか? もちろん恩は必ず返します」

とフィリップはもう一度頭を下げた。

話は分かった。

本來ならしっかり査する問題である。なんせ相手は霊王。國と國の問題になりますからね。

だが、そうも言っていられないことも事実。

こうしている間にも、彼の村では他の霊達が瘴気で苦しんでいるだろうから。

「ナイジェル」

「うん」

私をナイジェルを見て、アイコンタクトを取る。

どうやら彼も私と同じ考えのようだ。

ならば悩む必要はない。

「分かりました。すぐにでも聖としての力をお貸ししますわ」

私がそう言うと、フィリップは「ほ、本當ですか!」と顔を上げ、

「あ、ありがとうございます! 判斷が出るまで、時間がかかることも覚悟していましたが、こんなに早く決斷してもらえるなんて……! 村にいる霊達も喜びます」

と私の両手をぎゅっと握った。

「——っ!」

子どもだと思っていたから意識しなかったけど、私よりもずっと年上と聞くと話が違ってくる。

それに長い前髪で隠れているが、フィリップはかなりの形。

いくら子どものような見た目をしているとはいえ、イケメンにここまで接近されれば戸ってしまうのだ。

「き、気にしてなくていいですわ。この國には『困っている民は助けなさい』という言葉があります。ここであなた達を見捨てるわけにはいきません」

そう言って、私は彼から目線を逸らした。

このままじっと見つめられたら、なんだか照れるからだ。

「では善は急げという言葉もありますわ。早速向かいましょうか」

「は、はい!」

「それから……」

私はコホンと咳払いをして、こう聲にする。

「別にそうかしこまらなくても結構ですわ。あなたは霊王という立場ですし、最初のような喋り方で十分です」

「なにを言うんですか。俺達を救ってくれるかもしれない聖様に、そのような態度は……」

「その聖『様』というのもなし! エリアーヌという名前がありますから、それで呼んでください」

未だにあまり丁寧な扱いをされるのは慣れない。

當初フィリップは悩んでいたが、やがて。

「……分かりました。じゃあ聖さ……じゃなくてエリアーヌ。よろしく頼む」

「はい。分かりました」

私は微笑む。

うん。こちらの方が彼らしさをじられて好きだ。

「エリアーヌ。僕も付いて行くよ。いくらなんでも君一人にはさせてられない」

「もちろんですわ。お願い致します」

ナイジェルは神の加護に適合している。

私と彼が一緒なら途中で魔に遭遇しても、問題なく切り抜けられるはずだ。

「ではあらためて、フィリップ。こちらこそよろしくお願いしますね」

「ああ。もう一度言うが、本當にありがとう」

とフィリップは真っ直ぐと私の瞳を見つめ、そう禮を口にした。

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