《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》57・二人とも頑固です

ここからは國と國同士の、真面目な話し合いだ。

「別に僕はなにも求めていないけどね」

私の隣に座っているナイジェルが肩をすくめる。

「そういうわけにはいかない。俺達はエリアーヌに命を救われた。そして聖の力を快く貸してくれた貴殿にもな。それなのになにも恩を返さないなど、俺達の主義には合わない」

「とはいってもね……」

ナイジェルは腕を組んで考え出す。

彼は困っている人がいれば、躊躇なく手を差しべることが出來る人だ。國に不利益があるなら別であるが、今回はその限りではない。

おそらく今回のことも、本當にただ霊のことを助けたかっただけなのでしょう。だから悩んでいる。

「…………」

しかし霊王フィリップは、じっとナイジェルの瞳を見つめ、彼の反応をひたすら待っている。

どうやらナイジェルがいくら言っても、これだけは譲るつもりはなさそうだ。

やがてナイジェルは口を開き、

「……だったら今後とも、君達と取引させてくれないかな?」

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「取引?」

「うん。ここの野菜や水は新鮮だ。リンチギハムでも高値で売れ、市場が活化するだろう。もちろん報酬は渡すし、そちらの余剰分だけ売ってくれればいい。どうだろう?」

「ふむ……意外に大したことがないみだな。こちらとしてはタダで譲ってもいいが」

「そういうわけにいかないよ。継続的に取引していきたいしね。これも僕は譲るつもりはないよ」

國のことになれば、頑固になるナイジェル。

ナイジェルもフィリップになにを言われても、一歩も退くつもりはなさそうだ。

「タダで水と野菜を譲渡しても問題ない。それは噓ではない。しかし報酬というのは人間の間で流通している『お金』ということだろう?」

「まあその予定だね」

「俺達霊にお金など必要ない。あっても使うところがないからな。正直に言うと、タダで渡すようなものだ。一度や二度ならともかく、継続的となったらそれを他の霊達がなんと言うか……」

「しかしあって困るものではないだろう? この先なにがあるかも分からないし」

「それはそうだが」

フィリップは顎に手を當て思考する。

その瞳は年っぽい見た目とは反し、國のことを考える王そのものであった。

「でも……まあ霊達にとって、人間界で流通しているお金があまり必要ではないというのも一理あるね。君達は水と野菜を渡す見返りに、お金以外になにがしいんだい?」

優しい口調でナイジェルが問いかける。

フィリップは口を閉じ、さらに考を続ける。

だが、私に視線をやったかと思うと、

「そうだ。たまにでいいから、エリアーヌの料理を他の霊達にも振る舞ってしい」

と口にした。

「私ですか?」

フィリップは頷く。

「城で食べさせてもらったオムライスは絶品だった。恥ずかしい話、俺達霊はあまり料理という概念がなくてな」

「ほとんど調理せずに野菜を食べていたということですか?」

「ああ」

それはもったいない!

だってあんなに瑞々しい野菜なんですよ!

もちろん素材のまま口にしても味しいだろうが、それはそれでもったいない気がしてくる。

「あれだったら他の霊達も満足するだろう。もちろん料理を作ってくれる頻度はそちらで調整してくれていい。どうだ?」

「私は良いですが、そんなことでいいんですか?」

「十分だ」

ナイジェルに視線をやると、

「エリアーヌが良いなら問題ないよ」

と言ってくれた。

……なら悩む必要はありませんね。

「承知いたしました。リンチギハムでは暇してましたし、たまにここの村で料理を作る……もしくは料理を持ってくるということに異存はありません」

「そうか……! 良かった。また君の料理が食べられると思ったら、今から楽しみで仕方ない」

フィリップの聲が弾んで聞こえた。

どうやら先日のオムライスを、よほど気にってくれたみたいだ。作ったとなれば素直に嬉しい。

それに料理を作りにくるということは、この村にいる可霊にまた會えるということ。

料理という概念があまりないと言っていましたし、彼等にも味しいものを食べてもらいたい。

「じゃあ決まりだね。君達霊は水と食料を渡す代わりに、僕達はお金——そして彼があなた達にたまに料理を作りにくる。これでいいかい?」

「問題ない。しかし一つだけ條件がある——しばらく取引は君が間にってしい。他の人間はさすがに信頼が出來ない」

「分かった。途中で取引を止めたかったら、いつでも言っていいからね。もちろん継続的に取引出來るよう、僕も頑張るけどね」

「承知した。よろしく頼む」

「こちらこそ」

ナイジェルとフィリップががっちりと握手をわす。

歴史的な瞬間だ。

個人個人のやり取りならともかく、人間と霊がこうして手を組んだことは初めてでしょう。

「それにしても……リンチギハムの王子は素晴らしいんだな。あの國の連中とは違いすぎる」

「そうかい?」

フィリップが首肯する。

「王國で嫌な思いをしたから、人間を警戒していたが……まさかこんなにすんなりと話が進むとはな」

「まあ人間の間にも々な人がいるということさ」

「そうみたいだな。今まで國を斷絶していたのが、バカバカしく思えてくるほどだ」

フィリップの頬が僅かにほころんだ。

ここで私はふと気にかかる。

「あのー……今、王國はどんな様子かお知りになりませんか?」

「王國か?」

フィリップが私に視線を向ける。

「あまり詳しく知らない。王國に立ち寄ったのは二ヶ月も前のことだからな」

「そうですか……」

「だが一つだけ面白い噂を聞いた。本當か噓かは分からないがな」

「面白い噂?」

私が問いかけると、フィリップはお茶をすすってからこう続けた。

「なんでも魔族が王國に侵したらしい」

「あら……そうなんですか」

「あまり驚かないんだな」

「まあ予想していたことですので」

私が結界を解けば、こうなることは容易に想像出來る。

それにしても……隨分遅かったですね。

たまにナイジェルに王國の様子を聞いてみるが、外からはあまりあの國の狀況が分からないらしい。

それに魔族が攻めったなんてことを他國に知られれば、なにをされるか分からない。

クロード王子の格から考えても、なんとか隠そうとするでしょう。

しかしいつかはボロが出る。

今頃クロード王子はなにをしているんでしょうか……。

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