《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》70・氷の公爵
ヴィンセント公爵來訪の話を聞き、私達は玉座の間で彼を迎えれることになった。
「エリアーヌ、どうした? 表が暗いぞ」
私の隣に立つドグラスが、そう心配して聲をかけてきた。
どうやらドグラスも私達と同じく、ヴィンセント様を出迎えることになったらしい。
「暗いですか?」
「うむ。汝に暗い顔は似合わん。笑え」
「そう簡単に笑えたら苦労はしませんよ」
ヴィンセント様ご來訪はいい。急に言われて戸ったが、ナイジェルの言葉足らずはいつものことだ。今更どうこう言うつもりはな——いや、ちょっとだけ文句を言いたいけれど、おおむね問題なしだ。
問題はアビーさんから聞いたヴィンセント様の人柄。
「ドグラスはヴィンセント様が、他の方からなんと言われているかご存知ですか?」
「知らぬに決まっているだろう。公爵だと聞いたから偉いヤツだと思うが、ドラゴンの我には関係ない」
「まあ、あなたはそうでしょうね……」
いつもなら呆れるところ。
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だが、今はドグラスの傲岸(ごうがん)さが羨ましかった。
「ヴィンセント様……『氷の公爵』という異名があるらしいんですよ」
「ほお?」
ドグラスが興味深げに、眉をぴくりとかす。
ヴィンセント公爵。
學院時代からのナイジェルの同級生であり、今は若くしてとある領地の領主をしている。
位置的には先日に出來た新しいダンジョン、そして霊達が住む村にも近かったりするよう。
非常に優秀な方だそうで、學院時代はいつもナイジェルと績トップを競っていたのだとか。
「どうしてそのような異名で呼ばれているのだ?」
「それはですね……」
ドグラスに説明する。
ヴィンセントが仕切る領地は、他の街や村に比べて軍事力に力をれているらしい。
とはいえ王國に比べればほんの雀の涙程度。それにヴィンセント様の領地は、位置的にも他國が近く、そのために軍事力に予算を割くのは仕方のないことだ。
しかし時に冷酷とも言える判斷を下し、大臣や一部の住民から恐れられているらしい。
「冷酷な判斷? たとえばどういうものがあるのだ?」
「うーん、アビーさんから聞いた話によると、なんでもヴィンセント様の反抗勢力だった大臣達を一斉に粛清したこともあるのだとか」
「ほお。面白いな」
「面白くありません。自分に反対意見を言う方々を粛正していたら、キリがないと言いますか……」
「まあ見方を変えれば『獨裁』と稱する者もいるかもしれぬな」
「でしょう?」
そして粛正された大臣のそのあとについては、諸説あるものの、なんでも家族ごと皆殺しの刑になってしまった……という噂も流れている。
もちろんこれはただの噂。本當かどうかは私には分からない。
でもそういう噂が出るということは、彼なら「そのような無慈悲で冷酷な判斷を下してもおかしくない」と人々の間で共通認識があるに違いありません。
どちらにせよ、怖いお方。
「はあ……」
「氷の公爵か。うむ、我と気が合いそうだな。我もそいつの行には賛だ。その反抗勢力とやらがどれほどのものかは知らぬが、敵はすべからく殲滅すべきだ。もし我なら八つ裂きにしてやって……」
ドグラスは騒なことを宣っているが、私は気が重い。
そんな怖そうな方と上手く會話をすることが出來るでしょうか?
ちょっと失禮な態度を取ったら、斬られたりなんかして!
いや……ナイジェルもいることだし、そんなことは絶対にないと思うけれど。
だけどヴィンセント様のことを考えていると、胃のところがキリキリと痛くなってくる。
「お、ヴィンセント様が來られたぞ」
誰かがそう言った。
私が視線を上げると、とある五・六人の一団が玉座の間にろうとしているところであった。
その中央にいる一際高そうな服をまとっている人。
あの方がヴィンセント様でしょうか?
「キレイなお方……」
私はヴィンセント様らしき男を見て、思わずそう小さく聲をらしてしまった。
切れ長の瞳。
髪とは真っ白で、見る者に冷たい印象を與える。
ぞっとしてしまうほどの貌だ。
私が思わず彼に視線を奪われていると、不意に顔がこちらを向いた。
ギロリッ。
その方の視線が向けられて、私が背筋が凍る思いをする。
——な、なんで私をそんなに見るんですか!?
やがて男は視線を逸らし、國王陛下とナイジェルが座っている玉座の前で膝をついた。
「ご無沙汰しています。國王陛下、ナイジェル殿下」
「うむ、久しぶりだな——ヴィンセント公爵よ。まあそう固くならなくてもよい。顔を上げよ」
「はっ」
男は國王に言われて顔を上げる。
どうやらあの方がヴィンセントで間違いなさそう。
「聞いておるぞ。その歳でありながら、立派に領民達をまとめていると。他國からの侵攻も決して許さぬ。亡くなってしまった先代から領地をけ継ぎ、よくぞここまで発展させた。あとで褒を與える」
「有り難きお言葉」
「ふむ……それからだが……」
國王陛下とヴィンセント様がいくつか言葉をわす。
その間、今すぐにでも逃げ出したかったが、國王陛下の前でそんな真似は出來ないので我慢してじっとしていた。
ヴィンセント様は今、私に背中を向けている。
だが、まるで背中に目があるような錯覚を覚えてしまって、こうしている間にも彼に睨まれているようだった。
私、なにか嫌われることをしたでしょうか?
ただここで立っていただけなのに!?
正直、生きた心地がしない。
「よし、殘りの話は明日にでも大臣をえてしよう。長旅だっただろう。部屋も用意している。今日はゆっくりと休むがいい」
「承知いたしました」
ヴィンセント様が短く返事をする。
「陛下……」
「おお、ナイジェル。そういえばそなたはヴィンセントと學院時代からの友であったな。積もる話もあるだろう。あとは二人でゆっくり話しなさい」
「ありがとうございます」
ナイジェルと國王がそんなやり取りをする。
ふう……でもこれで終わったようです。
怖かった……いや、私はなにもしていないけれど。
ひとまず解散となったので、急いで自室に逃げようとすると……。
「エリアーヌ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
ナイジェルに後ろから聲をかけられる。
「今からヴィンセントと話すんだけど、是非エリアーヌにも同席してもらいたい。いいかな?」
「だ、大丈夫ですが……ちょっと気が引けるといいますか」
「なにを言ってるのさ。じゃあ行こうか」
ドグラス、助けて!
……ん?
隣に立っていたはずのドグラスに手をばそうとすると、いつの間にか彼はいなくなっていた。
に、逃げた!?
そういえば謁見の途中で「つまらぬ」とぼやいていたが、國王とヴィンセント様の対面が終わるなり、そそくさと自分の部屋に帰ったんですか!?
こ、この卑怯者ー!
私、無事で済むでしょうか……。
しかし私の心配は予想外の方向に突き抜けた。
「ヴィンス! 久しぶりだね!」
今。
ナイジェルはヴィンセント様の肩に腕を回して、仲良さそうに喋っている。
「ナイジェル、暑苦しいぞ。お前は相変わらずだな」
そんな彼に対して、ヴィンセント様はしかめっ面だ。
目まぐるしくく狀況に、私は目が回りそうになった。
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