《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》72・私の存在価値
翌朝。
「あの方が城にいるかと思ったら、なんだか落ち著かないですね……」
私はラルフちゃんにご飯をあげるため、中庭までの廊下を歩いていた。
あの方……というのはもちろんヴィンセント公爵のこと。
氷の公爵。
ナイジェルと學院時代の同級生で、領主としてとても優秀な方らしい。
彼もアビーさんも、ヴィンセント様のことを「良い人」と稱していたが、私だけはどうしても警戒心が取れなかった。
「私の考えすぎでしょうか?」
「なにをぶつぶつ呟いている」
「——っ!?」
後ろから聲をかけられ、咄嗟に振り返る。
すると……。
「ヴィ、ヴィンセント様!?」
「どうしてそんなに驚いているんだ」
ヴィンセント様のお顔があった。
彼は私を見ても、ニコリとも笑わない。
先ほどの私の呟き、聞かれていたでしょうか!?
心臓の鼓が激しくなっていくのをじていると、
「まあいい。今日はお前に聞きたいことがあってな」
とヴィンセント様は私に近付いた。
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「お前はあ(・)の(・)ナイジェルの婚約者らしいな」
「……!」
それを聞かれて、私はすぐに二の句が継げない。
ど、どうしてそのことを知っているんですか!?
ナイジェルに聞いたんだろうけれど……彼、そんな簡単に大事なことを喋らないでしい。
しかも相手は氷の公爵!
なにを言われるか分かったものじゃありません!
「な、なにかご不満でも?」
やっとのことで、私は口を開く。
するとヴィンセント様は「ふっ」と不敵に笑い、
「不満などない。しかしあいつはしばらくに興味がなかった。學院時代も令嬢共があいつに取りろうとしていたが、躱(かわ)していたしな。そんな樸念仁が婚約者が出來たというものだから、どんなか気になっただけだ」
とさらに私との距離をめる。
ナイジェルがヴィンセント様にこのことを打ち明けたことは、百歩譲って良いとしましょう。
だけどわざわざどうして二人きりの場面で、そんなことを問い詰めてくるんでしょうか?
目がぐるぐる回って戸っている私の一方、ヴィンセント様は余裕の態度でこう告げる。
「果たして、お前にナイジェルの婚約者が務まるかな?」
「はい?」
唐突にそんなことを言われるから、つい聞き返してしまう。
「すまんな。別に他意はないんだ。大のことはナイジェルから聞いている。今まで治癒士として働いていたらしいな。貴族の出とかでもない」
——すまんな。
そう口では謝っているものの、ヴィンセント様から謝罪の気持ちがじられません。
「ナ、ナイジェルの婚約者になるためには、最低でも貴族でなければいけないと?」
「そうも言っていない。しかしいくら優秀な治癒士だからといって、世(・)間(・)知(・)ら(・)ず(・)のお前とナイジェルとでは釣り合うのだろうか……と他の者が考える可能があるということだ」
回りくどい言い方をする。
だけどヴィンセント様の言いたいことが、私には痛いほど伝わってきた。
お前はナイジェルの婚約者にふさわしくない……と言いたいんでしょう。
確かに私は世間知らずかもしれない。
貴族でもないし、そんな私がナイジェルと婚約者だなんて……周りから見ても変に見えるかもしれない。
しかし私のナイジェルへの気持ちは本のものだし、それをわざわざ外からやあやあ言われる筋合いはない。
そんな気持ちが出てしまったからでしょうか。
つい強くヴィンセント様を睨み返してしまうと、
「ほお……なかなか気が強いだ。だが、そういうは嫌いではない」
とヴィンセント様はさらに私と距離を詰める。
私は彼から離れるため、ふらふらと後退するけれど……背中が壁に當たってしまう。
右に逃げようとした私を塞ぐように、ヴィンセント様が壁に腕をつく。
「その度は褒めてやろう。しかし……お前はだ。あまり油斷していては、悪い男に食べられてしまうぞ」
ヴィンセント様の鼻筋の通った顔が、すぐ目の前にある。
は病的なまでに白い。見ていると寒気すらした。
すぐに彼のを押して逃げればいいんだけれど……まるでが凍ったようにかなくなってしまう。
悪い男に食べられちゃう……?
一この方はなにをされるおつもりなんでしょうか。
「ど、どいてください。それににそんなことをするのは、あまり褒められた行為ではありません」
「くくく、やはり気が強いな。ますます気にったぞ」
気にらなくて結構です!
ヴィンセント様の悪い笑み。
まるで蛇に睨まれているよう。
私が心ビクビクしていると……。
「おい、そこでなにをしている」
私とヴィンセント様が聲のする方を向く。
「ド、ドグラス!」
「今日はなかなか中庭に來ないかと思って、見に來てみれば……逢い引きの最中だったか?」
ドグラスを見てにかけられていた魔法が解けたように、ようやくがく。
私はを屈めてヴィンセント様から離れ、ドグラスのもとへ駆け寄った。
「あ、逢い引きではありません! 誤解されるようなことを言わないでください!」
「おお、そうだったな。汝にはナイジェルがいた」
ニヤリとドグラスが口角を上げる。
いつもはこういうところに困っているが、なんだか今日の彼はいつもより頼りがいがある。
「ふむ……赤髪、淺黒の……そうか、お前がナイジェルの言っていた例の男(・)か」
ヴィンセント様は怯まず、ドグラスを興味深げに眺めていた。
「まあいい。今日のところはこれくらいにしておいてやる」
背を向けるヴィンセント様。
「しかし忘れるな。世間知らずの小娘であるお前が、ナイジェルと隣り合うというのはどういう意味であるかを。皆がお前の存在価値を認めるな(・)に(・)か(・)があれば別かもしれないがな」
最後にそう言い殘して、ヴィンセント様は私達の前から去ってしまった。
彼の姿が見えなくなった瞬間、私の肩にどっと疲れがしかかる。
「ふう……ドグラス。ありがとうございました」
「どうして謝されるのか分からないが、どういたしましてだぞ」
ドグラスはきょとんとした表をしている。
「あいつが前に言っていた氷の公爵とやらか。うむ、ナイジェルとはまた違った種類の男だな。それにしても一なにが……?」
「き、聞いてください!」
私はドグラスに先ほど起こったことを、洗いざらいぶちまけた。
すると彼は優しく私の背中をポンポンして。
「なかなか大変だったようだな。あの偉そうな男と喋るのは気を遣っただろう。我には汝の気持ちがよく分かるぞ」
「で、でしょう!? 本當にあの方……酷くて……」
「だが、酷いというのはどうだろうか? 我にはあいつがエリアーヌのことを心配しているように見えたぞ」
「し、心配? どこをどう見えていたんですか!」
「それに人間にしてはなかなか積極的な男だと思ったが、そもそもドラゴンなら——」
いきなりドグラスが『ドラゴン』のことを語り出したが、そういうことはどうでもいい。
それにしても……ヴィンセント様、私のことが嫌いなんでしょうか?
『お前はナイジェルの婚約者にふさわしくない』『世間知らず』
と散々なことを言われましたし……。
なにかあのお方に認められるようなことを示せばいいんでしょうか?
まさか元聖だったと打ち明けるわけにはいきませんし……どうすればいいでしょう。
「どうした、エリアーヌ。なにか不満顔だが」
「もう知りません!」
腹が立った私はぷいっと視線をドグラスから逸らした。
今思えば……ヴィンセント様の小言なんて聞き流せばよかっただけかもしれない。
しかし丁度ナイジェルとの関係に悩んでいた私にとって、彼の言葉は痛いほどよく突き刺さった。
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