《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》80・バルドゥルの企み
一方の王國。
王國を支配した魔族軍団のリーダー格であるバルドゥル。
本來の國王に代わって玉座に悠々と座り、バルドゥルは部下達とこれからのことについて話し合っていた。
「王國というものも大したことがないわねー」
バルドゥルの言葉に、部下の魔族は首を縦に振る。
二足歩行する牛に翼を生やしたような外見だ。
彼は生者の魂を喰らうデーモンである。バルドゥルの軍は、このような生者と死者の狹間のような——所謂アンデッド形態の魔族が幅を利かせている。
そのため王國ご自慢の軍隊でも、バルドゥルの軍団になすがなかった。
「その通りです。バルドゥル様の手腕にかかれば、王國ごときを支配するのは容易い」
「ふふん、あんたも分かってるじゃないのー。こんなに人間は弱っちいのに、どうして今まで魔族は侵攻してこなかったのかしら?」
「さあ。臆病なジジイ共の考えていることは分かりません。なんでも『人間にも強大な力を持った者がいる』と言っていましたが?」
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「それは聖のことかしら」
「かもしれませんね」
確かに……聖は厄介な人間である。
王國という広大な範囲に完璧な結界を張り、さらには相手が死んでいなければどんな傷でも一瞬で癒してしまう。
そのためバルドゥルは今まで何度も王國に侵攻しようと思っていたが、実行に移すことが出來ないでいた。
しかし。
「王國もバカね。聖を追放してしまうんて。それが自殺に等しい行為だと、どうして気付かなかったのかしらー」
「全くです」
とはいえ、聖をわざわざ追放してくれて助かった。
「計畫は順調に進んでいるわ」
バルドゥルは舌で自分のを舐める。
王國を支配してなお、バルドゥルは満足していなかった。
そもそもバルドゥルの目的は『この世界の覇者となる』ことである。人間界も一枚巖ではない。王國は世界屈指の大國であるが、だからといってここを支配したからといって、この世界全てを手中におさめることにはならないのだ。
とはいえ——魔族が王國を支配するというのは大きな意(・)味(・)を持った。
しかしそれをするためにはまだ準備と時間が足りていない。
今でも著々と計畫を進めてはいるが、このままでは就には至らない。
(あ(・)れ(・)のために、この國のバカな民達は生かしているけど……本當なら今すぐにでも皆殺しにしたいくらい。ああ……人間がこんなに近くにたくさんいるなんて、耐えられないわー)
せめて計畫を急進させてくるような膨大な魔力の持ち主がいれば別だが——。
バルドゥルが考えていると、部下がこう口を開いた。
「そういえばバルドゥル様。霊共のことですが……」
「ああ、そのことね。王國を支配するごたごたで対応が遅れたけど、あいつ等への仕(・)掛(・)け(・)がなくなったんだっけ」
「はい」
霊共への仕掛け。
バルドゥルは王國に侵攻を仕掛ける前に、まずは霊共を支配するつもりであった。
霊共が住む森に瘴気を発生させ、じわじわと弱らせるつもりだったのだ。
もっとも、それをしている最中に王國を覆っていた結界が消失したことをけ、こちらに目が向くことになったが……。
「霊共も頑固だからね。正直、王國を支配するより何倍も厄介。場所は分かっているから、無理矢理侵攻してもよかったけど……村に張られている結界がホントに邪魔」
あの結界は聖が張るものと遜のないものであった。
ゆえにさすがのバルドゥルであろうと、村の前に張られている結界を突破することは至難。
仮に突破出來たとしても、それに隨分戦力が削がれてしまう。その狀態で霊達と戦うことはリスクが高かった。
「だからまずは森を瘴気で覆って、引きこもりのあいつ等を無理矢理外に出させるつもりだったんだけどねー」
「まずは外堀から埋めていくとことですね。バルドゥル様の計畫は完璧でした。ですが……」
「何故だか瘴気が消滅してしまった。霊共にそんな真似は不可能。ということは……」
「ええ。調べがつきました。どうやらこの國にいた聖は隣國にいて、さらには霊共の味方に付いているらしいです」
「やはりね」
バルドゥルは一瞬顔を歪ませる。
聖——つくづく忌まわしい存在だ。
(どうしてあの子は、あたしの邪魔ばっかりしてくれるのかしら?)
聖の力であれば、森を覆っていた瘴気も消すことが出來るだろう。それが唯一の懸念事項であった。
しかし聖は王國に閉じ込められていると聞いていた。
ゆえに霊共の瘴気をなくすことは、実質不可能と踏んでいたが……まさか國外追放がこのように働いてしまうとは。
まあそのおかげで一番の懸念事項であった王國の支配が遂行出來たので、結果オーライとも言える。
「でも聖の居場所が分かったとなれば、話は早い。瘴気を消してくれた聖は霊共にとって、命の恩人でしょうしね」
「その通りですが……なにをお考えで?」
「あんたもバカね。つまり聖さえ封じてしまえば、霊共に攻撃を仕掛けられるということじゃない」
口角を吊り上げるバルドゥル。
その表は他者のを狡猾に狙う毒蛇を思わせた。
「全てが好都合だわー。霊と聖を手にれることが出來れば、計畫も一気に進められるでしょうしね」
バルドゥルは立ち上がる。
「まずは聖。あいつを捕らえなさい」
「仰せのままに」
聖と霊が繋がっている。
一見、それは兇報のようにも思えたが、バルドゥルはそう考えない。
(そう……これは吉報。今まで隙のなかった霊に、やっと隙が出來たんだから)
今からさらに忙しくなる——バルドゥルはそう思った。
(ああ、そうそう。あの極上のバカはなにをしているかしらー)
バルドゥルは不意に手をかざす。
すると目の前のなにもなかった空間に映像が映し出された。
『は、早くここから出せ! お前等、ボクにこんなことをしてタダで済むと思うな!』
『う、う……クロード。わたし……わたしの顔がぁ』
そこには二人の男が地下の牢獄に閉じ込められていた。
クロード王子と、この國の毒蟲——レティシアである。
今まで溫室育ちの彼にとって、ベッドも固く最低限の食事しか與えられていない今の狀況は堪え難いものなのであろう。
(ほーんと、バカな男。生きているだけでも謝しなくちゃいけないのに)
本來ならすぐに処刑してもよかったが、王子という立場上、なにか利用価値があるかもしれない。
生殺與奪の権をバルドゥルに握られていることを、クロード達は理解していないのだろうか。
「これ以上騒ぐなら、バカ王子のを焼いて聲を出せないようにしなさい。耳障りすぎるから」
「承知いたしました」
クロードのことは部下に任せておけばいいだろう。
今はもっと良い玩を見つけた。
(さあて……どう料理しようかしら)
バルドゥルの目には人間界——そして霊共も支配し、魔族が世界の覇権を取る未來が映っていた。
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