《真の聖である私は追放されました。だからこの國はもう終わりです【書籍化】》92・王國に忘れてきたもの

深夜。

「おにぎりを握っていたら、こんな時間になってしまいましたね……」

私は城のルーフバルコニーに出て、月を眺めていた。

満月がぽっかりと夜空に浮かぶ。

なんだかこうしていると昔のことを思い出してしまいます。

「確か最初、ナイジェルに私が聖じゃないかと問い詰められた場所はここでしたね」

つい最近のことのように懐かしい。

『君ともっと一緒にいたい』

私の肩を持って、そう熱的に説き伏せる彼の顔が頭に思い浮かんだ。

——今思えば。

ナイジェルみたいな素敵な男が、私の婚約者になってくれるなんて、夢にも思っていなかった。

最初の頃はナイジェルの婚約者である事実をけ止めきれず、一人悩んでいたこともあった。

「昔の自分だったら、ナイジェルにろくに相談もせずに王都に向かっていたかもしれません」

一人で苦笑いをする。

でも王國を救うためには、私一人の力だけでは足りない。

きっと自分一人で突っ走って、なにも解決することも出來ないまま、ナイジェル達に迷をかけていたに違いありません。

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「私も長したんでしょうか?」

……分からない。

けれど王國にいた頃を思い出すと、自分の考え方やものの見方が隨分変わったように思える。

そもそも王國を救おうなんてことを、考えなかったかもしれない。

「ふふふ。私としたことが、なにを傷に浸っているのでしょうか。明日もありますし、そろそろ寢なくては……」

そう踵を返そうとした時だった。

「エリアーヌ?」

背中から聲。

振り返ると、そこにはナイジェルの姿があった。

「ナイジェル。どうしたんですか、こんな時間に。明日は早いですよ」

「それは僕の臺詞だよ。隣……いいかな?」

「もちろんです」

ナイジェルが私の隣に立ち、バルコニーの柵に両腕を置いた。

「明日の準備に今まで時間がかかっていてね。気分も高ぶっているせいか、このままじゃ寢られそうにない。だから落ち著くまで、ここで月を眺めていようとでも思っていたけど……」

「あら、奇遇ですね。私も同じです。なんだか寢られなくて……」

「はは、エリアーヌらしいね」

「あなたこそ」

二人で笑い合う。

「こうしていると、なんだか昔に戻ったみたいだね」

「ええ。あの時も確か満月でした。ナイジェルの婚約者の申し出をけた時も夜でしたし、このお月さんはいつも私達を見守ってくれていますね」

「全くだ」

ナイジェルとこうして言葉をわしているだけでも、心地よさをじる。

波長が合う……と言うんでしょうか?

なにも考えていなくても、すらすらと口から言葉が飛び出してくる。

こんなことは——クロード王子の時はなかったのに。

一瞬クロードの顔が思い浮かんだ。

「ねえ、エリアーヌ。もしかして君、王國に行くのが嫌なんじゃないかな?」

「へぇ?」

変な聲を上げて聞き返してしまう。

「どうしていきなりそんなことを?」

「いや……エリアーヌの表を見ていたら、なんだかそう思えてきてね。王國は君を追放した。今更帰るのも嫌なんじゃ?」

「そうですね……」

私は口元に指を付けて、一頻り考える。

「確かに……あまり王國に帰るのは嫌です。あの時の辛い思い出が蘇るようですから」

「當然だね。王國は君に酷いことをした」

「それに今更クロードと顔を合わせるのも気まずいです。一なにを喋ればいいんだか……」

肩をすくめる。

「それなのに、どうしてエリアーヌは王國を救おうと考えたのかな? 理由は説明してくれたけど、僕としてはあまりしっくりくるものではなかったというか……」

「うーん」

魔王復活のことはあるけれど、それはフィリップに聞かされて初めて知ったこと。

それ以外の理由……。

——王國に住む人達が魔族に躙されている景を思い浮かべたらが痛む。

——聖を名乗っている以上、王國の終(・)わ(・)り(・)を放置しておくことが果たして良いことなのか? 疑問をじた。

當たり障りのない理由はいくらでも思い付く。

だけど。

「……もしかしたら、そんなものはないかもしれません。私もよく分からないんです。しかしこのままじゃいけないって思っていることも確かです」

「そうかい。うん、まあエリアーヌらしい理由だね……でも、もしかしたら君は、王國でなにかを探そうとしているんじゃないかな?」

「なにかを?」

なんでしょう?

忘れはなにもないはずだけれど……。

私の心のを読んでか、ナイジェルはこう話を続ける。

「多分それは形あるものじゃない。でも、きっと君は王國になにかを忘れてきたんだ。それを探そうとしている」

「……そうかもしれませんね」

そうは言ってみるものの、ナイジェルの言葉にいまいちピンとこない。

そもそも王國にはなんの未練もなかったはず。

なのに今頃忘れだなんて……。

だけどナイジェルの言葉に、ハッとなる不思議な自分もいた。

「王國。まだ無事だったらいいね。崩壊していたら、君の探しも見つけられないかもしれないから」

「その通りです」

もし手遅れだったらと思うと……のところがきゅっと締め付けられるように苦しい。

ただフィリップから話を聞いていると、どうやらバルドゥルは王國民の命をも使って、魔王を復活させようとしていたのではないか……ということだった。

だったら國民の誰も、まだ命を落としていない可能が高い。

「……クロードとレティシアもいるんでしょうねえ」

『偽の聖であるお前はもう必要ない!』

そう言って私に國外追放&婚約破棄を叩き付けたクロード。

そんな彼の腕を抱いて、ニヤニヤと笑みを浮かべていたレティシア。

正直、悪い印象しかない。二度と會いたくない。

けれど王國に行くということは、必然的に二人とも顔を合わせることになるでしょう。

今更逃げるわけにはいけません。

「エリアーヌ、不安かい?」

「まあそりゃあ……なにを言われるか分かったものではありませんし」

『なんで助けに來た!』

……とか言われたらどうしましょう。あの男相手なら可能は十分にある。

んー、こう考えているとどんどん不安が大きくなってきました。

「エリアーヌ」

そう私が暗い顔をしていたからでしょうか。

突然、ナイジェルが両腕を広げて私のを強く抱きしめた。

「——っ!」

言葉を失ってしまう。

こうされていると、押し込めていた不安がなくなっていくようです。

「不安だったら、僕にいくらでも吐き出していいからね。迷なんてことはないんだから」

「は、はい。ありがとうございます」

夜も隨分涼しくなってきました。なにも上から羽織っていなかったら、寒さすらじるくらい。

だけどこうしてナイジェルに抱きしめられていると、心地良い溫かさがを包み、ずっとこうしていたくなる。

幸せな時間。

「……そろそろ寢ようか」

ナイジェルがを離す。

「王國から戻ってきたら、挙式の話もしよう。そろそろみんなもエリアーヌのことを認めているだろうし、もう話しても大丈夫なはずだ」

「え、ええ……ですが、ナイジェル。そういうことはあまり口にしない方が良いと思うのです」

「……? どうして?」

ナイジェルが頭をひねる。

結婚を約束した男が戦場に赴き、そのまま戻ってこなかった……なーんて話もありますからね。

でもセシリーちゃんにも約束した通り、私達は無事にリンチギハムに戻ってくる。

バッドエンドなんて絶対に許さない。

そう強く決心するのでした。

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