《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》黒太子ジュリアス・クラフト 3
目の傷はたっぷり泡を立てて丁寧に洗った。
痛そうな顔はしていなかったジュリアスさんだけれど、煩わしそうな顔はしていた。嫌そうな顔をしたとしても容赦はしません。不衛生とは心の不健康を生みますので。
私特製の義眼を嵌めるためにも、患部は綺麗にしておかないと。
「義眼は何が良いでしょうか、ジュリアスさん。反対側の目が青だから、あえてを変えるとかどうでしょう。左右で違うの目とか、心がくすぐられません?」
「別に」
「青ですからねぇ、ここは思い切って赤とかどうですか。わくわくしちゃいますねぇ、ジュリアスさん。んな能力つけ放題ですよ。なんせ私は巷で噂の錬金師。私の義眼とか超貴重なので、もっと喜んでくださいよぅ、ジュリアスさん」
「金にならないことはしないんじゃなかったのか、クロエ」
ちゃんと名前を呼ばれたので、私は吃驚して一度手を止めた。
それから虛のある目をシャワーでじゃぶじゃぶ流した。溢れたお湯が排水へと消えていく。私の足元もお湯であたたかい。ジュリアスさんが出たら私もお風呂にっちゃおうかしら。
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服が濡れてしまったし、それが良いもしれないわね。
「義眼はただです。お洋服も、お食事もただです。ジュリアスさんは私のものになりましたので、これはご主人様としての義務なのですよ。そのかわりジュリアスさんには」
「馬車馬のように働け、と言っていたな」
「そうです。そうそう。ジュリアスさんって強いんでしょう? 奴隷闘技場でもかなりの活躍だったと聞きましたよ。先の戦爭でもかなりの活躍だったことは知っていますけど。まぁ、そんなに詳しくもないんですけど」
ジュリアスさんは隣國の將軍だった。
黒太子ジュリアスと聞けば、アストリア王國の者はみな震えあがったものである。
私は震えてないけど。
隣國、ディスティアナ皇國は広大な國だ。アストリア王國含めた小國連合は長らく侵略の憂き目に曬されていた。
けれど、ジュリアスさんが自國に裏切られてアストリア國に売られた三年前、ディスティアナ皇國は侵略を終わらせた。
その頃は私も々大変だったので、後から噂を聞いて知ったことなのだけれど。
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「金髪の丈夫なのに黒太子なのは、黒い鎧を著て黒い飛竜に乗っていたから、でしたっけ。ディスティアナ皇國の、クラフト公爵家を若くして継いだんですよね。でも、アストリア王國に売られて、奴隷闘技場に。お揃いですね、ジュリアスさん」
「誰と誰が、お揃いだと?」
「私とジュリアスさん。ついてないところが似てます」
「そんな理由で買い上げたのか? 同か?」
ジュリアスさんは吐き捨てるように言った。
綺麗に洗ったからだろう、やつれてはいるけれどジュリアスさんは本來のしさを取り戻しはじめている。
しい金の髪と、白い。長いまつに高い鼻梁、薄い。目つきはやや鋭くて、瞳のはくすんでいるけれど、噂通りの人さんである。
「そんなわけないじゃないですか。強いから買ったんですよ。強い人がしかったんです、それも並大抵じゃなく強い人。良いですかジュリアスさん。錬金の素材集めって危険なんですよ?」
「くだらない」
「くだらなくありません。私もジュリアスさんももう貴族じゃないんですから、ぼうっとしてたらあっという間に無一文ですよ。私が稼ぎますので、さくさくっと魔討伐してくださいね! 期待してますよ」
「どのみち、首がある限りお前に従うしかない」
ジュリアスさんは投げやりに言った。
それから浴槽にゆったりとを沈めると目を閉じる。
ジュリアスさんの髪のにトリートメントをしている私の方が、ご主人様の筈なのにジュリアスさんの奴隷っぽかった。
お風呂からあがったジュリアスさんをふかふかのタオルに包んで、部屋まで連れて行く。
それからジュリアスさんを一人がけの丸椅子に座らせた。
私は濡れてしまったエプロンドレスをいでさっさと著替えた。
お風呂はあとでろう。ジュリアスさん、全だし。そのままというわけにもいかない。
黒と白のエプロンドレスをクローゼットから取り出してざっくり著た私は、ジュリアスさんの元へ戻った。
濡れそぼった金の髪を溫風魔法で乾かす。髪を乾かすための錬金を考えたこともあったけど、溫風魔法の方が楽だし、ということでまだ開発はしていない。
ぶわっと両手から吹き出る溫風で、ジュリアスさんの髪は一気に乾いた。
「おぉ……! ジュリアスさん、人じゃないですか! 薄汚れていたせいで余計に綺麗に見えますね」
曇り空に差し込むのようにきらきらした金の髪は、艶やかさを取り戻している。癖がなくまっすぐだけれど、ばらばらと切られている。長いところは肩口まであって、短いところは首ぐらい。
片目を隠すようにびた前髪の隙間から、金のまつに縁取られた吊り上がり気味の綺麗な瞳がのぞいている。
背が高く、筋質。中に古傷があるのが、かえってそのしさを際立たせているようだ。
かなり年上に見えたけれど、多く見積もっても二十代後半か、私よりもし年上程度に見える。
私の婚約者だったシリル様も、まぁ人だったけれど、ジュリアスさんと比べてしまえば々足りなさをじる。
「お前はごく普通だな、クロエ」
「うるさいですよ。これでも昔はちょっとした人って評判だったんですからね。今も錬金師ですけれど!」
「それは、なによりだ」
「今小馬鹿にしましたね、小馬鹿に……! まぁ、良いですよ。優しいクロエちゃんは、ジュリアスさんのためにお洋服も支度済みです。といっても、サイズわからないから、誰でも著られるフリーサイズのローブですけど」
私はいそいそとクローゼットから黒いローブを取り出してきた。
一番大きいサイズにしたので、ただのローブなのにずっしり重たい。
大は小を兼ねるというし、実際ジュリアスさんは大きいので大丈夫だろう。
私はジュリアスさんの頭からローブをばさりと被せた。
フードがついていて頭から被るタイプの袖付きローブは、ジュリアスさんの足元までをちゃんと隠してくれた。
巻いていたタオルをけ取って、お風呂の所へと放り込む。
所から戻ってきた私が見たのは、私のベッドで堂々と橫になっているジュリアスさんだった。
天蓋もなにもついていない、簡素なダブルベッドにはその辺で買った小花柄の可らしいシーツが敷いてある。
真っ黒いローブを著た背の高いジュリアスさんが橫になっても多の余裕はあるものの、なんせ似合わない。
私はつかつかと側に行ってジュリアスさんのローブを引っ張った。
「何寢てるんですか。私のベッドですけど」
「風呂にって爽快になった。晝寢がしたい」
「自由ですか。ちょっと、起きてくださいよ。まだやることがあるんですから。ジュリアスさんのお洋服のお買いとか、武のお買いとか、々あるんですよ」
「適當で良い。剣と槍があれば良い。なまくらで構わない」
「そんな重たいもの持てませんし、ジュリアスさんは私の奴隷ですし、側を離れられませんし」
「じゃあ明日にしろ」
「駄々っ子ですか。それ私のベッドですよ、どいてください」
ジュリアスさんは寢転びながら、し楽しそうに私を見上げた。
「聲の屆くところにいる制約だ。つまり、同じ部屋で寢ろという意味だろう。嫌がることはしない制約だが、違反の懲罰は発しない。つまり、お前は嫌がっていない」
「探偵ですか、ジュリアスさん。推理しないでくださいよ。もう……、……疲れてます?」
「寢首をかかれないか警戒する毎日だったからな。阿呆みたいなお前と話していたら、気が抜けた」
ジュリアスさんは軽く欠をした。
本當に眠そうに見えた。
「仕方ありませんね。じゃあ、私は義眼作ってくるので、寢ててください。破格の高待遇ですよ、ジュリアスさん。謝してくださいね」
「それは、どうも」
軽々しい返事の後にジュリアスさんは目を閉じた。
すぐに寢息が聞こえてくる。
苦労したのだろう、私と一緒で。
私は靜かに部屋を出た。寢かせてあげよう。急ぐ依頼も今はないのだし。
寢ているジュリアスさんから離れて、私はお風呂にって支度を整えた。
私がお風呂から出てもジュリアスさんはまだ寢ていた。すやすや眠る姿を確認する。閉じられた瞼からびる長い金の睫が、頬に影を作っている。
綺麗な顔に場違いに空いた目の虛を、埋めてあげたいなと思う。皮が引き攣れている。義眼をれて治癒魔法をかければかなり綺麗になりそうだ。
一階に降りた私は、錬金釜の前に立った。
「義眼の材料は、イビルアイの目玉と、見果てぬ水晶。輝く聖水。赤にしたいから、ルビーをれて、能力はどうしようかなぁ。真実の眼鏡でもつけとこうかな」
私は無限収納トランクから材料を取り出して、私の両手を広げたよりも大きい黒い錬金釜に突っ込んだ。
材料が、釜の中にたっぷりれられた製水にとけていく。
両手を翳して、材料の組み合わせと出來上がりを頭の中で組み立てながら、魔力を釜へと注ぎ込む。
製水が虹にり、ぷかりと義眼が浮かんできた。
まんまるい眼球を私は指でつまむ。
白の眼球の中央に、赤い虹彩がある。
「よくできたわね。えっと、効果は、真実のアナグラム。ちゃんと発現してるわね。さすが私、天才錬金師クロエちゃん」
私は義眼を機の上にあったシャーレへと置いた。
赤い瞳の部分に、六芒星の紋様がある。
なかなか良い効果だ、きっとジュリアスさんも満足するに違いない。
私は眼球を持って、部屋に戻った。
日がり始めた部屋のベッドで、ジュリアスさんはまだ眠っているようだった。
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