《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》飛竜好家ジュリアスさんと妻ヘリオス君 1

馬車馬のように働かせるつもりで買ってきたジュリアスさんに馬車馬のように働かされている。

おかしいわね。

こんな予定じゃなかったのに。

私は新しい錬金構築を頭の中に思い浮かべながら、カウンターの上に材料を並べていた。

ジュリアスさんは錬金部屋の椅子にゆったり座って私を見張っている。

ちなみにジュリアスさんは、せっかくお洋服を買ってあげたのにまだ著替えていない。つまりまだ下著を穿いていない。下著を穿いていないジュリアスさんのくせに、一人掛け用の赤いビロード張りの私の椅子に座っている。なんかちょっと嫌だ。

「錬金で飛竜をつくるのか?」

ジュリアスさんが私を監視しながら言った。

暇そうだから、お風呂でもってくれば良いのに。

「飛竜なんて巨大なのが、可らしい私の錬金釜から出てくると思います? 質量保存の法則ってのがありまして、材料の総積より巨大なものは作れないんですよ」

託は良い。はやくしろ」

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「ジュリアスさんが聞いてきたんじゃないですか」

あいかわらず自由なジュリアスさんだ。

これでは將軍時代さぞ部下の皆様は苦労したことだろう。

「なにか文句があるのか?」

「ないですぅ」

気づかれたわ。私がジュリアスさんをめんどくさい男って思っていることに気づかれたわ。

私は誤魔化した。めんどくさいので。

「どうしようかなぁ。……首飾りは、魔法錠がありますもんね」

ジュリアスさんの首には黒いっかと、小さな錠前の首飾りが既にある。正確には首飾りではないけれど、見た目は首飾りにしか見えない。

「ピアスだと呼び出す時痛そうだから、指にしましょうか。うん、それが良いです」

「指?」

「竜の角笛と、飛竜の逆鱗、カミーラの指と、天翔ける呼び聲、極小なる貴石、それと……、ジュリアスさん、ヘリオス君とは長い付き合いなんですよね?」

「飛竜の卵から、俺が育てた」

「それはすごい。ジュリアスさん、……髪の、髪のください」

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「仕方ない」

「嫌そうな顔しないでくださいよ。どうせばらばらにびてるんだから、切ってもわかりませんよ」

私はナイフを持っていって、ジュリアスさんの後ろ髪のびてる場所をひとふさ切った。

ジュリアスさんに無闇に睨まれたけれど無視した。無闇に人を睨むのはやめた方が良いと思う。

錬金釜にさっきの材料を放り込む。最後にジュリアスさんの髪をれて、錬金釜に魔力を注ぐ。

全ての材料をバラバラに分解し、分を再構築するイメージである。難しいことをしているようだけれど、質に対する理解力とイメージ力がモノを言うのが錬金だ。

私の師匠もそう言っていたので間違いない。

つくりたいものの難易度で魔力の消費量もあがる。途中で魔力切れを起こした場合は、二、三日にわけて錬金する場合もある。

私は魔力量が多い方じゃないので、作りたいものがすぐに作れないのは厄介だなと常々思っている。

魔力量は生まれつきに左右されるので、仕方ないのだけど。

「なにを作っている?」

ジュリアスさんが何か言っている。今集中してるので放っておいてしい。

私が無言でいると、何かを察したのかジュリアスさんも黙った。

やがて錬金釜の中の製水が虹に輝きはじめる。私の魔力も底を盡きそうだ。頭がくらくらしてきた。

ジュリアスさんに死ぬ気でやれと言われたので、意地でも今日中に作り上げてやる。ジュリアスさんは私を天才錬金師クロエ様と崇め奉るが良い。

製水に、ぷかりと小さな指が浮かんだ。

ジュリアスさんのくすんだ青の瞳と同じ、青い寶石のついた指だ。指は銀をしていて、竜の鱗のような紋様が刻まれている。

私は指を取り出した。虹製水は、元の明なに戻った。

「できたー、良い出來だわ。まさに、會心の出來。ちゃんと、竜の呼び笛の効果と、生命固定の効果がついてる。天才だわ。まさに天才。天才クロエちゃん」

「……できたのか。寄越せ」

ジュリアスさんが當然のように手を出してくるので、私は出來上がった『飛竜の指』を両手に隠した。

良い名前が思いつかないので、安易だけれどそのままである。

「なんでもかんでも貰えると思ったら大間違いなんですよ。材料費高いんですからね! ジュリアスさん三人分ぐらいするんですよ、総額で!」

錬金のための材料は、魔討伐で集めるので基本的には無料である。でも売ったら高い。なので、高いというのは噓じゃない。

「その指の効果を俺は知らない。だから価値もわからない」

「聞きたいですか?」

「あぁ。聞かせてくれ、ご主人様」

余程指が気になるのか、ジュリアスさんは私にびた。

私も本當は話したくて仕方なかったので、教えてあげることにした。

「これは、飛竜の指です。竜の角笛は飛竜を呼び寄せるための錬金ですが改良して、指にしました。ジュリアスさんとヘリオス君には絆があるようなので、この指はジュリアスさん専用です」

「それなら、はやく寄越せ」

「せっかちですねぇ。最後まで聞いてくださいよ。この指があれば、ヘリオス君が生きていれば、ですけれど、ヘリオス君を呼び出せます。で、うちでは飛竜は飼えないので、指に仕込んだ生命固定の効果によって、指の中にヘリオス君を収納できます」

「話が長い」

「ジュリアスさんちゃんと聞いちゃうタイプですよね。知ってますよ」

育ちが良いので不機嫌な顔をしながらも聞いちゃうのだ、ジュリアスさんは。微笑ましいわね。

私がにやにやしながら言うと、舌打ちをされた。舌打ち慣れしている。打ち方が上手。

「だいたい理解できた。それで、お前は俺にどうしてしいんだ」

「お禮を言ってください」

親しき中にも禮儀ありというものなので。

ジュリアスさんと私はまだそんなに親しくないけれど、禮儀は大切よね。

私はまだ一度もジュリアスさんにお禮を言ってもらってない。ジュリアスさんは大人なので、その辺はきちんとしてしい。

「ありがとう、クロエ。俺のために、謝している」

ジュリアスさんはし考えたあと、そう言った。

いつもより優しげな甘ったるい聲だった。

「やだ、気持ち悪い」

私はつい本音を言ってしまった。

ジュリアスさんが立ち上がって、指を握りしめている私の手をそっと握った。

私よりもひとまわり大きい無骨な手がれる。案外あたたかい。そして、その手は徐に私の指をぎりぎりと開かせようとした。

私は抵抗した。必死だ。

「禮を言ったぞ、それを寄越せ」

「痛い痛い。子供ですかジュリアスさん。どんだけヘリオス君に會いたいんですか。今渡したら部屋で使いそうだから嫌ですよ。窓から飛竜飛び込んできちゃうじゃないですか。大慘事ですよ」

「どこなら良いんだ」

やる気だったわね。渡さなくて良かった。本當に良かった。

「飛竜の翼の風圧強いですし、こんな閑靜な住宅地に飛竜が急降下して來たらご近所迷ですし、呼ぶとしたら王都の外ですよ」

「いくぞ、クロエ」

「嫌ですよぅ。今私全部の魔力を使い果たして疲れ果ててるんです。食堂でご飯も食べられなかったし。もうすぐ夜だし。今日はもう嫌ですよ」

「仕方ない、抱えてやる」

「ちょ、ちょっと、荷みたいに小脇に抱えようとしないでください! ジュリアスさんの変態! やだ、変態!」

ジュリアスさんが私の脇腹を抱えようとしてくるので、私は逃げた。きゃあきゃあ言いながら逃げた。

なんか凄くじゃれあってるみたいになっているけれど、お互い必死だ。特にジュリアスさんは、今にも私を殺すぐらいの勢いで睨んでいる。

なんて無邪気なのかしら、飛竜については本気だわ、ジュリアスさん。大人なのに。

「クロエ……、いい加減にしろ」

「いい加減にしてほしいのはこっちですよ。もう暗くなっちゃいますよ。ヘリオス君がいまも隣國のディスティアナ皇國にいるとしたら、ここまで來るのに一時間ぐらいかかると思いますし、そうしたら夜ですし、迷子になっちゃうかもしれないじゃないですか。飼い主として可哀想だと思いませんか、ジュリアスさん」

「……くそ」

ジュリアスさんは私を抱え上げようとしていた手を止めた。

的な能力はジュリアスさんの方が私よりも斷然上なので、私はジュリアスさんに簡単に捕まってしまい、今まさに抱え上げられそうになっていた。お姫様抱っこなんて生易しいものではない。肩に擔ごうとしている。米俵のように。

ジュリアスさん、元公爵様のくせにお姫様抱っこもできないとか何事なの。

貴族の男を軽々とお姫様抱っこするものと相場が決まっているのに。別にジュリアスさんにお姫様抱っこされたい訳じゃないけど、見た目が綺麗で元貴族なのに、ジュリアスさんってば殘念すぎやしないかしら。別にどうでも良いけど。

「今日中にさくさくっと準備しといてあげますから、明日ヘリオス君を呼びだしたら、北の魔の山まで飛んでください。ちょうど倒してしい魔がいるんですよ。材料を集めたら、ジュリアスさん半人分ぐらいは稼げる案件が來てまして。その魔がやっかいなんですよ。だから、よろしくお願いしますね」

「……仕方ない。……おい、クロエ。もしヘリオスが死んでいたら、どうなるんだ」

ジュリアスさんは文字通り私を床に放り棄てた。

持ち上げた癖に放り棄てるとか何事なのかしら。不法投棄は怒られるのよ。ジュリアスさんめ。

私は魔力不足でふらついていて、上手くが取れずにべちゃっと床に倒れた。本當にべちゃっと倒れたので、面白かったらしくジュリアスさんが凄い小馬鹿にした表で笑った。

なんて格が悪いの。思っていた方向と違う格の悪さだわ。

私は腰をりながら、よいしょ、と起き上がる。

「ジュリアスさんは、ヘリオス君が死んでると思うんですか?」

「思わないが」

「じゃあ大丈夫ですよ。さぁ、ジュリアスさん。夕ご飯食べてお風呂にって寢ましょ。明日から沢山働いてもらいますからね」

私は両手に抱えていた指を、ジュリアスさんに渡した。

多分大丈夫だろう。ジュリアスさんはヘリオス君を大切にしているようだから、夜に呼びだそうとはしないはずだ。

ジュリアスさんはじっと指を見ていた。

それから、左手の薬指にそれを嵌めた。その位置で良いのかしらと思ったけれど、深い意味はなさそうだったので私は何も言わなかった。

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