《【書籍化】捨てられ令嬢は錬金師になりました。稼いだお金で元敵國の將を購します。》納品と違和

王都の東地區にあるコールドマン商會は、隣國との貿易や鉱山の採掘、寶石の売買によって大きくなった王國で一番大きな大商會である。主人であるマイケル・コールドマンさんは寶石王とも呼ばれていて、王都に流通する寶石の大多數はコールドマン商會によって売買されている。

貴族や王家にも裝飾品を多く売っているので、私がセイグリット公爵家にいた時からその名前だけは知っていた。

最近は寶石だけでなく絵畫や品も扱い始めたので、真実のモノクルがしいという依頼だった。

下級貴族の屋敷よりもずっと大きい敷地の奧に聳え立っている、コールドマンさんの屋敷を訪れた私とジュリアスさんは、使用人の方の案で中に通された。

大きなホールを抜けて、一階の奧の部屋に通される。

コールドマンさんの執務室のようだった。大きな機と、ソファセット。寶石王の名にふさわしく、硝子ケースには金や寶石で作られた豪奢な首飾りやティアラなどが飾られている。

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コールドマンさんは商人らしい笑顔と想の良さで私たちを出迎えてくれた。

大商人故に報通なコールドマンさんはジュリアスさんのことは知っているのだろう、私の背後で靜かにしているジュリアスさんをチラリと一瞥したけれど特に何も言わなかった。

私のお父様と同じ年齢ぐらいに見える恰幅の良い紳士であるコールドマンさんに、私は依頼の品を渡した。

し遅くなってしまいました。材料を手にれるのが困難で。真実のモノクルは眼鏡のようにかけていただいて、対象の商品を見るとそれが贋作だった場合、絵畫は破れ、陶は破損し、寶石は石ころの姿で見えます。例えばこちら、お持ちしたダイヤモンドを模したただの硝子の指ですが、見てみてください」

コールドマンさんに、私は錬金の使い方を説明する。

眼鏡をかけていただいて、持參した硝子の指を見てもらう。コールドマンさんは「おぉ」と嘆の溜息をついた。

おそらく石ころのついた指に見えているのだろう。

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「流石は腕利きだと評判の錬金師、クロエさんだ。かつてセイグリット家の令嬢だった時代は、あまり目立たず地味で大人しい方だという印象でしたが、今の方がずっと溌剌としていてしい。私の息子の嫁にしいぐらいですな。隨分とご苦労をされましたね」

コールドマンさんはセイグリット家にも出りしていたのだろう。

継母やアリザが來てからの私は、もともとあまり活発な方ではなかったのだけれど、尚更目立たないように大人しくしていた。誰にも邪魔だと思われないように、息を潛めて生きていた。

コールドマンさんの私への印象は正しいけれど、ちくりとが痛んだ。

私は商売をしにきたのであって昔話をしに來た訳では無いので、顔にお仕事用の笑顔をり付ける。

「コールドマンさんの息子さんはもうご結婚をされているでしょう? 商會を継ぐ次期當主として有だと街では評判ですよ。商売の役に立つ道もご依頼があればお作りしますので、何かあればまたよろしくお願いします」

私の背後でジュリアスさんが靜かに腕を組んで立っている。

あまり良い態度ではない。苛々しているのが背後から雰囲気で伝わってくる。

會話が長引くと尚更態度が悪くなりそうだったので、私は早々に話を切り上げた。

コールドマンさんは、一萬ゴールドを十ずつ分けた貨幣の束を、五束皮袋にれた。

商品を渡し、代金のった袋をけ取る。私は袋の中を確認し、布鞄にれた。きっちり五十萬ゴールドっている。問題はなさそうだ。

短い商談を終えてお金をけ取ったので、さて帰ろうかとした時のことだった。

部屋の扉が慌ただしく開いた。

「お父様! 街で評判の錬金師の方が來ているのだとか! まぁ、隨分と素敵な方ですのね、こんにちは!」

華やかな薄紅のドレスにを包んだ可らしいご令嬢が、部屋の中へとってくる。

コールドマンさんによく似たミルクティーの髪のはよく手れされていて、艶々と輝いている。手れを怠ってややパサついている私の髪とは大違いだ。

煌びやかな寶石があしらわれた繊細な金の頭飾りをつけていて、くたびにきらきらとった。

髪もも、爪の先までしく磨かれている、まさに令嬢といった様相のだった。

私よりもし年下だろうか。好奇心に見開かれた薄緑の瞳がらしい。ぷっくりと膨らんだには、桃の紅をさしている。そういえばお化粧もずっとしていないわね。

錬金師クロエちゃんは化粧なんてしなくても可いのだけれど、久々に本令嬢と會ってしまったせいかなんとなく気になった。

「私、エライザ・コールドマンですわ! 初めまして、素敵な方」

恐らくコールドマンさんの娘さんなのだろう。

エライザは私ではなく、ジュリアスさんに向かって挨拶した。

ジュリアスさんは見た目だけは良いので、若い娘さんが一目惚れしてしまっても無理はない。エライザはジュリアスさんに夢中のようだった。

する乙のように瞳が潤み、頬が紅している。

けれどきっとすぐにジュリアスさんに対して抱いてしまった心は儚く砕け散るに違いない。

罪深いジュリアスさんだわ。私を投げ飛ばしたり、阿呆だと罵ったり、飛竜にしかを抱けない人じゃ無ければ、素敵な人なのに。

「初めまして、しいお嬢さん」

ジュリアスさんが何か酷いことを言うのではないかとどきどきしながら見守っていた私の耳にってきたのは、信じられない言葉だった。

ジュリアスさんは綺麗な笑顔を浮かべて、紳士的にエライザに挨拶を返した。

しい、お嬢さん。

私の聞き間違えじゃなければ、ジュリアスさんはそう言った。どうしちゃったのかしら。

確かにエライザはしい令嬢だけれど。ジュリアスさんの厳しい審眼を満たしたのかしら。やっぱりドレスを著ているしきちんと手れをしているし。

「まぁ、ありがとうございます! 錬金師というのだから、おじいさんを想像していたのですけれど、こんな素敵な男だなんて思いませんでしたわ」

「エライザ、錬金師はこちらのクロエさんだよ。そちらは、……護衛の方かな」

コールドマンさんが娘を窘めるように言う。

それから私に確認するように続けた。

「そちらは奴隷闘技場にいた、ジュリアス君だね。売りに出されていたというから、我が商會で護衛騎士にでもなってもらおうと思って買いに行ったら、若いお嬢さんが先に買って行ったと言われてしまって。クロエさん、君が買ったんだね」

「ええ。こちらはジュリアスさんです。私が買いました。錬金をするための素材集めでは、強力な魔の討伐が不可欠ですから。真実のモノクルの素材集めも、ジュリアスさんがいてくれたからできたんですよ」

コールドマンさんはジュリアスさんのことを知っているので、隠す必要はないだろう。

私は正直に話した。

エライザはジュリアスさんの腕に自分の腕を絡めるようにしてくっついた。なかなか大膽で命知らずなお嬢さんだわ。ジュリアスさんは怒るかと思ったけれど、エライザを一瞥しただけで大人しくしていた。

「そうなんですの? クロエさんが先に買わなければ、ジュリアスさんは私の家の護衛になっていましたのね? 今からでも遅くはありませんわ、クロエさん、ジュリアスさんを売ってくださいまし」

「え、ええと……?」

エライザは真っ直ぐ私を見て、當然の権利を主張するかのように言った。

私はエライザとコールドマンさんの顔を順番に眺める。エライザは挑発的な眼差しを私に向けていて、コールドマンさんは娘の発言を咎める様子はない。

最後にジュリアスさんの顔を見上げると、何を考えているのかよくわからない靜かな瞳と目があった。

ジュリアスさんはコールドマン家の護衛騎士になりたいのかしら。

確かに私よりもお金持ちだし、敷地も広いしヘリオス君が放し飼いできそう。エライザも可いし、ゆくゆくはエライザと結婚するかもしれなくて、生活に不自由はなさそう。

よくわからないわ。私は、ジュリアスさんを売るべきなの?

「あの、でも、ジュリアスさんには総額一千萬ゴールドかかっているので……」

どうしよう、どうしようと思いながら、私は小さな聲で言った。

継母とアリザが公爵家に來た日、セイグリット家での私の居場所は無くなってしまった。ドレスも寶石も何もかも、アリザが「お姉様が可哀想だから買ってあげてくださいな」とお願いするから、私にもついでのように買い與えられるようになった。

學園でも、シリル様の側にはいつの間にかアリザがいた。お友達が私を妹に婚約者を取られてしまっているのに何もしない臆病者だと嘲っていたことを知っていたけれど、私は何も言わずにただ想笑いを浮かべていた。

嫌なことばかり思い出してしまう。

の奧がひりついた。ジュリアスさんを私は、お金で買ったというだけなのに、奪われようとしていることに対して激しい拒否じている。

ねぇ、クロエ。大切なのは、信じられるのはお金だけなのよ。

だから、人やに執著するのは良くないわ。

人は裏切るし、は奪われてしまうのだから。

「倍出しても良いよ、クロエさん。なにせ彼は黒太子ジュリアス。一人で一國を落とせるとまで謳われた、將なのだし、娘もたいそう気にったようだからね」

「……あの、でも」

「……商談は終わったんだろう。帰るぞ、クロエ」

なんと答えて良いのかわからずに困り果てていると、腕に絡みついていたエライザの手をそっと退けて、ジュリアスさんが私の腕を摑んだ。

エライザに対する扱いとはまるで違う、暴な仕草だった。

「は、はい、終わりましたので、これで……! ジュリアスさんはクロエ錬金店の商品ではないので、買うなら錬金でお願いします!」

私は痛いぐらいに腕を摑まれて我に返り、いつも通りの笑顔を浮かべてはきはきとご挨拶をすると、ジュリアスさんに引きずられるようにしてコールドマン家を後にした。

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