《【完結】「死んでみろ」と言われたので死にました。【書籍化・コミカライズ】》3

夫にいきなり呼び出され、向かえば。

あびせられたのは…冷たい聲だった。

「ついに、居候では飽き足らず…家の資金にまで手をつけたのか」

「…え?」

「とぼけるな、寶石やアクセサリーを買い漁ったのだろう。執事や使用人たちから聞き及んでいる」

「わ、わたしは、まったく…」

「言い訳をするなっ!はぁ、母上。申し訳ございませんが、これからは金庫の管理を」

まさに針のむしろ狀態だった。決してナタリーは、ユリウスの資産に手をつけてはいなかったが、誰もそれを証明するものは現れない。やつれたナタリーの様子に、わざと悲しげに演じるユリウスの母が「まったく…主人がしっかりしないといけないのに…。あたくしが今後しっかりしますからね」と堂々と言う。

ひと目見れば寶石をつけておらず、化粧すらしていないナタリーを疑うなんてあるはずもなかったのに。

しかし、この事件があった以降。たびたび資金がなくなる騒が起きれば、ナタリーに疑いが向くことになった。

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◆◇◆

そうして月日が流れ、1年経ち――ナタリーに月のものがこなくなった。

「…おめでとうございます。ご懐妊ですな」

「そう…ですか」

何度も痛みを耐えた賜なのだろう。公爵家付きの醫者が診斷してくれた。

「しかし…奧様、どうしてこんなボロ屋みたいな部屋に…」

「どうして…なの…でしょう」

醫者は哀れみの視線をナタリーに向けた。しかし、ナタリーにも醫者にもこの狀況をどうにかするはなかった。また、この報せをユリウスは聞いたのだろうか…出産するまでナタリーの元へ彼が來ることはなかった。

◆◇◆

出産は苦痛、大変さを極めた。

尋常じゃない汗と痛みは、なんども醫者に「殺してください」とつい口に出してしまう程だった。しかし、醫者と使用人一人に見守られながら…元気な男の子をナタリーは産んだ。

「男の子ですぞ!出産ご苦労様でした、奧様」

「ありがとう…この子が…」

しわくちゃながらも、立派な産聲をあげる我が子の姿に涙が止まらなかった。そのまま疲労のためか、ナタリーは瞼を閉じ寢息を立てる。

まさか、その姿を最後に我が子と會えなくなるなんてナタリーは思ってなかったのだ。

翌日、力も回復して使用人に我が子のことを聞けば「別室におります」と伝えられた。

(さすがに公爵家の跡取りだから、きっと良くしてくれるわ。ああ、なんて名前を)

そんなふうに、一人我が子の名前にうきうきしていたら、ナタリーの部屋がガチャっと不作法に開けられた。

「ふんっ、ちょっといいかしら?」

「お、お母さ」

「あなたに母と呼ばれる筋合いはありません」

扉からってきたのは、ユリウスの母親だった。そして彼の腕の中には、我が子の姿があり、ナタリーは目を見張る。

「その、腕の中には…」

「ええ、やっと義務を果たしてくれましたので、あたくしがこの子を立派に育てますわ…だから、お前はこの子に近づかないように」

「…そ、そんな…」

出産後のだったため、ナタリーが抵抗することもできず…そのまま我が子とは離れ離れになった。ここから、ナタリーの神はますます耗していくことになる。

◆◇◆

「のう…奧様、旦那様に相談されては…」

「ごほっごほっ、お醫者様…いいの。もうどうにも…」

「…老いぼれは…薬を処方することしかできず…」

「いつも…ごほっ、ありがとうございます」

「きっとこのお部屋にいることが、病を長引かせておりますから…たまには散歩してみてはいかがですかのぅ」

ナタリーは出産後の立ちが悪かった。調が回復せず、薬を飲んでも治らない咳すら患ってしまっていた。病にふせっているうちに、あっという間に4年という時が経っていた。

「そうね…久しぶりに歩こうかしら」

「ええ、ええそれがいいです。また診療日に來ますな」

「どうもありがとうございます」

長年の友にもなりつつあった醫者の勧めで、ナタリーは部屋から出ることに決めた。散歩でもすれば、気分が良くなるだろうと…。それが悲劇に繋がるとは知らずに。

◆◇◆

「あ、悪い奴だ!」

散歩のため、部屋から出たばっかりに出くわしてしまった。ユリウスに似た髪に…彼よりは薄い瞳の赤がこちらを睨む視線。

敵と言わんばかりに、見ていてーーその後ろには、ユリウスの母親の姿。

「えっ…と…」

「ふふふ、やんちゃでございますことで…教えましたでしょう?アレは、仮にもあなたのお母様なのですよ…」

「でも〜僕、あんなの…」

小さなユリウスは、きっとナタリーを悪とする教育をけているのだろう。勝ち誇った義母の瞳は雄弁に語っていて…。

子どもに罪はないってことは重々わかっていた。わかっていたが、自の子どもから悪意を向けられたことにーーナタリーの中で今までの忍耐の積み重ねが、バラバラと崩れる音がしたのだ。

「そう…」

反論も、抵抗心も湧かなかった。きっとこの頃の自分は、何もかもを諦め始めていた。夫に縋ることも。子どもを取り返そうとすることも。無理だと…そう思ってしまった。

ナタリーがこの機會を最後に、自分の部屋から出ることは…あの夫に離縁を言いに行くまで全くなかった。

なにより、「笑う」ことすら彼の中から消えてしまう程のダメージで。再起不能になりつつあったナタリーを突きかしたのは、彼の両親だった。

それは、幾ばくかの年月が経った…秋も深まった頃―――。

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