《【完結】「死んでみろ」と言われたので死にました。【書籍化・コミカライズ】》37

彼の服に、自分の涙が付いてしまうことより――。

ナタリーは、ユリウスの元に顔をうずめていることに。そしてまた…彼の服を摑んでしまっていることに。頭が追い付かなくなってしまう。相変わらず、制が利かなくなった涙は止まらないのだが。それ以上に。

ユリウスの心音、彼の溫かいから――“生きている”溫もりがあって。自分の記憶にある冷たかったまなざしなんて、塗り替えるような。

そんな熱がそこにあって。

「だ、大丈夫か…?」

ユリウスは、ナタリーがしっかりと立っているのを確認してから。抱きとめるように、支えていた腕をゆるゆると解いていく。話している聲からも、どうやら戸っているみたいで。

いや、それよりも。

よろけそうになったところを助けてくれたことに、謝だったり。服を汚してしまったことに対しての、謝罪だったり。

しなくては、と…ナタリーの頭はぐるぐるになってしまい。追いつかない思考で混していく。

そのせいで、自分の心臓が早くいている気がする。そして、ユリウスのから聞こえる心音も。自分と同じく早くなっているような…。

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そうしたことに気を取られているうちに。

ナタリーは、ユリウスから離れるタイミングを見失い、固まってしまったのだ――。

「そ、その…」

「……あ、ああ」

「あ、あり…が…」

自分の今の姿を、認識すればするほど。ナタリーの顔は熱を持ってしまったのか、赤くなるばかりで。とてもじゃないが、恥ずかしくて…ユリウスに顔を見せられないと思ってしまう。

それに伴って、口から出る言葉も…おぼつかなくなってしまって。ユリウスは、ナタリーの焦りにどう思ったのか。

彼自は、ナタリーにれず。ナタリーのしたいように、そのままにしながら。

「…ご令嬢」

「えっ?ど、どうし、ました…?」

「本當に、気にしなくていい、のだ」

ユリウスの言葉が耳にってきた。彼の言う「気にしなくていい」とは、自分が木だから…という意味なのだろうか。

だから、ナタリーがどんなことをしても大丈夫と。

「…全部、俺がしたくてやっていること…なんだ」

「………」

「それが、君にとって不都合になっていたら…すまない。それを…伝えたくて」

ユリウスはナタリーから、謝や謝罪を強制したいわけではないらしく。いつも寡黙な彼が口にする言葉は、どこまでも不用にじる。

そもそも、彼の言葉で。

ナタリーにとって、不都合かどうかと言われれば…とても不都合なのだ。

彼の気遣いによって、素直にけ止められない気持ちが生まれるし。なにより、返事をするのにも…頭が混してしまう。

(…前みたいに、むすっとして怒ればいいのに)

公爵家にいた時は、ずっとそうだった。彼がこうして、気遣いをするなんて…ありえないことで。

だから、ナタリーが問い詰めた時に、言い返したり…怒ってほしかった。

そうすれば、きっぱりと突き放せていた…それなのに、そんな時はやってこなくて。

(むしろ…このまま、彼の変化に見ないふりをするのは…もう、難しいわ)

ナタリーはユリウスと接していく中で…なんとなく分かっていた。今、目の前にいるユリウスが以前とは違うこと。

たとえ、記憶があったとしても。何かがきっかけで…彼自、変わったのかもしれない、と。

ーーでも。

でも、彼が変わったからといって。公爵家での行いをきれいさっぱり、水に流すことは…できないと思ってしまう。それゆえに、ナタリーは頑なになるのだが…。

ただ…助けてくれた事実を無視するのは――ナタリーの分的にも辛くて。ぐるぐると考えながらも、心の中で葛藤をしていれば。ふと、長いこと考え込んでしまっていたことに気がつく。

ユリウスもあれから喋らないので。ナタリーだけが…ずっと無言で待たせてしまっているのでは、と思い。

ユリウスに言葉をかけるべく…恐る恐る、彼の顔の方へ。ユリウスの元から顔をゆっくりと、あげれば。

(――…え?)

ナタリーの目に映ったのは、顔を真っ赤にして――ナタリーを見ないように、違う方向を見る彼だった。そして、耳まで赤く染まっている。

そんな彼の様子に、ナタリーは目を瞠る。

きっと、ナタリーが泣いているのが分かるから。その顔を見て…ナタリーに恥をかかせないため。違う方向を見つめているのだとしたら。

(…本當に、お互い…不用ね)

ユリウスの赤い顔を見ていると。なんだか、自分が空回りしているとじる。ユリウスの行すべてを拒否して、れまいと押しとどめて。

そもそも、彼自…本當に深い意図はなく。ただナタリーを、今回でいえば――よろけて倒れるところから助けてくれたのだ。

そうした彼の善意を無視するのは…おかしいだろう。もちろん、今までのことを…すべてを水に流すのは、無理だ。しかし、それは別として――今の彼の善意をれてもいいのではないか。

――いいじゃない、どんな思があったとしても。

もし、本當はユリウスの掌の上で転がされているだけだとしても。こんなに、顔を赤くしてまでナタリーに言葉をかけているのだ。

“赦さない”けど、今の彼と向き合う――。

「…閣下」

彼を見つめながら、呼びかける。気づけば、いつの間にか自分の涙は止まっていて――ナタリーの言葉で、ユリウスはナタリーの方を向き。二人の目が合った。

「ありがとうございます」

「……っ」

手は震えていないし、しっかりと言葉を口に出す。そして、力をれずに――両親やミーナと話すときの…いつもどおりの笑顔で。

「お父様を、ペティグリューを…そして、私を助けてくださって」

「……」

「本當に、ありがとうございます」

見つめていたユリウスの赤い目が、大きくなったかと思うと。彼は、口を開いて。

「そうか…俺も…」

「…え?」

「傷を治してくれて、ありがとう…」

夕日に照らされ映る彼の顔に、ナタリーは思わず目を奪われる。だって、こんなに屈託なく――嬉しそうに目元を緩めて笑うだなんて。こんなに眩しい笑顔ができるなんて、聞いていない。

心臓がおかしいくらいに、鼓を大きく打っている。そもそもこれは、驚きというか。ユリウスの笑顔に耐がなくて…つい心臓が跳ねてしまっているだけで。

そういえば…この聞こえている心音は、ナタリーだけなのだろうか。

(――あっ…!)

そこでナタリーは、今更ながら。ユリウスと至近距離にいることを思い出し――。

「あ、か、閣下…その、あ、あの…近くにいすぎていて、ご、ごめんなさい」

「…っ!あ、ああ。いや、むしろ、俺の方こそ…れてしまって」

「い、いえっ、ああっ、ふ、服も…」

急いでナタリーはユリウスから距離をとり。慌てながらも、謝罪を言えば。ユリウスも、謝罪を言ってきて。先ほどの笑顔から、打って変わって――二人とも、顔を真っ赤にしながら…。

まるで、やっと今の現狀を理解したかのように…焦りだす。

「ふ、服…?い、いや、気にしなくて大丈夫だ…」

「えっ、で、でも」

「お、俺は、木だから…き、気にしないでくれ」

ナタリーに言葉をかけるユリウスは、居た堪れないのか。手で顔を覆っていて。そんな雰囲気が、ナタリーにもうつってしまい。余計に、互いの顔に熱が集まっている気がする。

(や、屋敷に帰れば著替えくらい…あるわよね!)

ユリウスが気にるかは分からないが、お父様や兵などの新しい著替えくらい…備えているはずだろう。きっと、そうだ。

「そ、その…よければ。著替えも兼ねて…屋敷にか、帰りましょうか…」

「あ、ああ。そうだな…」

自分の顔が赤いのは、全部夕日のせいだと――そう無理にでも…自分を納得させれば。帰るための道を確認するべく、ペティグリューの街へ視線を向けた。

戦爭によって、甚大な被害がなかったペティグリュー領は。今日も住民たちの笑い聲や、溫かい雰囲気に包まれている。

もうすぐ、晩飯の時間なのか。家々の煙突からは、味しそうな匂いを出していて。そんなあたりまえな日常の――穏やかさに包まれながら。

ユリウスと一緒に、ナタリーは慣れた足取りで屋敷へと帰っていくのだった――。

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