《【完結】「死んでみろ」と言われたので死にました。【書籍化・コミカライズ】》81
(もう、痛く――ない……?)
風の音が靜まり、気が付けば――全にあった熱や痛みがなくなっていた。おそるおそるナタリーは目を開くと。
「あら……?」
まず目に見えたのはユリウスの顔――ではなく、辺り一面に漂う水蒸気に似た薄い霧、そして白で統一された広く大きな床だった。
黒いよどみが一切なくなり、息苦しさもない空間からわかるのは――魔力暴走がようやっとおさまったのだ、ということだった。
そして自の手が握りしめる方へ、溫度をじちらりと目を向ける。すると白いシャツ越しに、逞しいの溫もりがあって。
どうやらナタリーは、癒しの魔法をかけるのに必死になったためか……向かい合わせからユリウスを強く抱きしめる勢に変化していたようだ。自分の顔の隣に彼の橫顔が見え――。
「っ! ユリウス様……っ!」
「……ぅ」
「だ、大丈夫ですか……⁉」
辺りに、黒いよどみは見えない。しかし癒しの魔法をかけていた時に、魔力の反発をあれだけ起こしていたのだ。まだ痛みや――前にもあったような副反応が起きていたり……そう、不安に思ったナタリーは、ユリウスの様子を確認する。
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そんな中、ユリウスは閉じていた目をゆっくりと開き――。
「ん……?」
「気づかれましたか?痛みなどは――」
「あ、ああ。痛みはない……いや、それより君こそ……」
赤いルビーの瞳は、ナタリーを見て――數度確認するように、ぱちぱちと瞬きをする。そして何かに気づいたようで、眉を八の字にしてナタリーを見つめると。
「君、君の魔力の反応が――」
「あら?そういえば、なんだかが軽いですわ」
「……っ。すまない――」
ナタリーはユリウスに言われて、自分が今までに持っていた魔力が――まるっとじなくなっていることを確認する。
そして同時にユリウスがナタリーを支えていた腕の力を緩め、懺悔をするような表になったことにも気が付いた。
その様子を見て、ナタリーは息を整えてから――俯きはじめた彼の両頬に自分の両手を添えて、軽い力をれる。
――ぷに。
「これは私の証ですの!」
そう力強く言いながら、彼の頬を軽くつねる。人の頬をこんなにったことがなかったので、初めてのだが――意外とユリウスの頬がらかいことに、新たな発見だと面白みをナタリーはじた。
そして、ナタリーにされるがままのユリウスは何が起こっているのか分かっていない様子で、きょとんとしている。
「あ、あかし……?」
「ええ、私の意思を貫いた――後悔がないという証ですわ」
「それは――」
「ユリウス様は、私をお疑いになっていますの?」
ナタリーの言葉にユリウスはまだ納得をしていないのか、暗い表になる。しかし、彼は疑う様子ではないことを伝えるために――そしてナタリーを気遣うように「い、いや」と焦りながら返事をした。
そんな様子のユリウスに、ナタリーはふっと小さく笑みを浮かべる。
「生きることって難しいですわよね」
「え?」
「良いことばかりじゃありませんし、辛いことも、痛いこともございますわ」
「……」
「でも、ユリウス様とお話をして――自分でここに來て……私は生きているって覚がしましたの」
ナタリーはユリウスの頬から手を放し――彼の赤い瞳と目を合わせる。そして、再確認するように一度まぶたを閉じてから再び、開いて。
「私、自分のために生きているって――そう強く思いましたの」
「……っ」
「しかも、あなたの顔を見るとなぜだか溫かい気持ちもじるんです――ふふ、おかしいかしら?」
「だが、だがっ……本當に俺が、君と――俺は自分をゆるせな――」
「もうっ!」
ユリウスの聲に、ナタリーはぷくっと頬を膨らます。この騎士団長、なかなかの後ろ向きである。本人が大丈夫だと言っているのに、自責の念がすぐ彼の心を埋め盡くしてしまっているのかもしれない。
(本當に不用なんだから……)
そして眉を八の字にして、悲し気にしている彼の様子から――大型犬を思い起こさせるのはなぜだろう。しょぼんとした彼の頭にそっと手を向け、そのまま夜を想起させるほど、艶やかな髪を優しくでた。
するとそんなナタリーの行に驚いたのか、おどおどと忙しなく表を変化させているのを見ながら――ゆっくりと彼に語り掛ける。
「人生に痛みはつきものなんです」
「……」
「それに――ユリウス様が抱えているものは……簡単に、なくせるものでもないでしょう?」
「そう、だな」
ユリウスが落ち著きを取り戻し始めたのを見て、ナタリーはでるのを止め――彼の心に屆きますようにと言葉を紡ぐ。
「生きていくうえで、痛みをなくせないのなら――それと付き合うしかないと、そう思いませんか?」
「……」
「痛いと思いながらも、自分のしたいこと、やりたいことをするんです」
おずおずと、窺うように彼がナタリーに視線を向けてくる。そんな彼の姿は、相変わらずの貌はそのままだが――社界で噂になっている月のような靜けさや……高嶺の存在といったクールな印象はなりを潛めてしまっている。
あまりの乖離したイメージに、くすりとナタリーは笑いながら。
「ふふっ、仕方ありませんね。もう一度、聞きますよ?」
「え?」
「ユリウス様、今のあなたの気持ちを知りたいのです――教えてくれませんか?」
「……っ!」
ユリウスが息を呑んだ気配をじる。言葉が詰まってしまったかのように、目をぱちくりとさせ――しかし、意を決したように呼吸を整えてから。
「お、俺は――……」
「はい」
「君がおしく、どんなことがあろうと……君を守りたいと思う」
「……」
「そして――ナタリー、君と共に生きたい……」
言葉を紡ぐユリウスの瞳はまっすぐと、ナタリーを見つめていた。そして、その言葉へ返事をするようにナタリーは口を開き――。
「ユリウス様」
「あ、ああ」
「私も、あなたと共に生きたいと思っています。だから――」
ナタリーは花が咲いたような笑みを浮かべて。
「一緒に、前を歩きましょう」
そう聲をかけながら、ずっと下げたままな彼の手を持ち上げて、ぎゅっと握る。しでも、自分が今じている溫もりが彼に屆きますように、と祈りを込めて――すると、そんなナタリーの様子にユリウスはし驚きを表しつつも。
すぐに目じりが緩んでいき――いつかに見た、あの時よりもほころんだ笑顔を浮かべて。
「ああ、君と共に――歩こう」
ナタリーはユリウスの笑顔に目を大きくする。そしてその笑顔を見た時に、自分の心臓あたりがじんわりと、またさらに溫かくなった気がした。
そして彼の言葉を聞いたナタリーは早速というように、彼の手を握り続けながら。
「では、歩きましょうか!」
「ん?」
なにやら狀況が飲み込めていない、ユリウスにナタリーは聲をかける。
「檻の外へ、行きましょう!」
ナタリーが來た道の方へ視線を向ければ――うすぼんやりとした霧の向こうに、ってきたがあることに気が付く。ぎゅっと手を握りながら、ユリウスと共に立ち上がったのち。
片方だけで手をつなぎ、の方へ――檻の外へと近づいていく。らかそうなに、來た時と同じくをつぷり……と沈めていけば。
ナタリーと同じく、ユリウスもの中へが吸い込まれていき――った瞬間に閉じたまぶたを再び、開くと。
「ほっほっほ。どうやら――無事、帰って來れたようじゃのう?」
「フランツ様……っ!」
「フランツ……」
目に映りこんだのは、封の間の通路に立って――嬉しそうに目じりに皺をつけてほほ笑むフランツの姿だった。そして手には自分より大きな手のがある。そこに、ユリウスの溫もりがしっかりとあるのを確認し、ホッとした……のと同時に、明るく調子のいい聲が響く。
「ゆ、ユリウスっ! ナタリー様……!」
「ま、マルク様!」
「ふぅ……」
「あ!ユリウス~~!どうして、手を額に置くんだよ!の再會だろ~~!」
「そうだな……」
「ううっ、ナタリー様と手をつなげているの……めっちゃ羨ましい……あっ、ちが、ちゃんと帰って來れて本當によかった~~!」
封の間で、フランツとマルクが出迎えてくれていたのだ。フランツがどうしてここに……?と疑問はじるものの。
きっとエドワードと仲がいいマルクの祖父だから、家族のよしみの待遇なのだろうと、しズレた結論をナタリーは出していた。
なにより、マルクの聲を聞いたことで――自分のから力が抜けてしまったかのように……ユリウスの手を放して床へ座り込みそうになった瞬間。
「大丈夫か⁉」
「――え?」
ユリウスの聲と共に、ふわっと自分のが浮く覚を覚えた。
力して、堅い床に座り込むのだと思っていたのに――と思えば、にじるのはユリウスの逞しい腕の。そして、近くにいるマルクからは「ヒュ~」という口笛が聞こえてきて。
狀況を確認すると、ユリウスが素早くナタリーに手を差しべ――両手でを持ち上げているようだった。
つまり、ナタリーはユリウスにお姫様抱っこをされている姿勢になっていて――。
「ほっほっほ。に力がらんのも、無理ないのう。一日中あんなところにおったら、疲れてしまうわい」
「そうそう……ユリウスは――また別次元、だけどね」
心配そうにフランツとマルクに聲をかけられながら、自分の勢を意識してしまい、ナタリーはカーッと顔に熱が集まる。しかし、そんなことになりながらもフランツの「一日中」という言葉にハッとなり。
「い、一日も中に――?」
「うむ、日差しがってこん場所じゃからな……気づかぬうちに、時間が経っていたんじゃろう」
そんな狀況になっていたのかと、ナタリーが驚きを隠せない中、フランツはにっこりと笑みを浮かべながら――有無を言わせないといった様子で。
「だから、二人とも靜養が必要じゃ!フリックシュタイン城で、部屋を用意してもらっておるから――ゆくぞ!」
「そうだな……ナタリー、君はを休めてほしい」
「ちょっと~、ユリウスもだからね~!」
「え……⁉ えっ⁉」
あれよあれよという間に、ナタリーはユリウスに抱きかかえられながら――フランツに呼ばれた案人によって、王城の部屋へと運ばれていくのであった。
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