《傭兵と壊れた世界》第九十五話:ルートヴィア解放戦線

シザーランドから亡國ルートヴィアまでの距離は遠い。大峽谷(だいきょうこく)を出て北東に進み、中立國をぐるりと迂回しながらさらに北上。忘れ名荒野にってからは砂に足を取られないように注意しながら機船を走らせる。

一ヶ月以上かかる船旅だ。おまけに今回の任務は第二〇(にーまる)小隊以外の傭兵も多く雇われているため、他の小隊と足並みを揃えながら進まなければいけない。

「私たちだけならもっと早く著くのにね。人數が多いときづらいわ」

「それだけ大規模な戦いになるんだろう。名のある傭兵が勢揃いだ。もちろんエイダン達もいる」

「まさにルーロ戦爭の再來だよ」

名簿の中には第二〇小隊や第三六(さぶろく)小隊だけでなく、ダンとアンナのバカップルや狩人見習いのナナトも參加するようだ。

「ルーロの妄執は消えないね。戦ってばかりいると、そのうちルートヴィアも忘れ名荒野みたいな砂地になっちゃうわ」

「空が広くなるな。星がよく見えそうだ」

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「広くなっても意味がないよ。誰も空を見上げない。立ち止まる余裕がない人ばかりだから戦いが起こるの」

「平和の星は戦場の空か。世の中は理屈じゃないものが多すぎる」

「合理的じゃないってこと?」

「ああ、合理的じゃない」

窓から外の景を眺めていると、別の機船の甲板に人影が見えた。手すりに仁王立ちをして何かをんでいる。第三六小隊の偏卿・ヌラだろう。きっと落ちないようにで手すりに固定しているのだ。極めて無駄な使い方である。

「仕方がないよ、不自由な世界だもん。生きるのだって一杯なのに夢をみようとしたら、そりゃ戦いにもなるよ」

「夢を見るのも高みか?」

「夢があるだけ幸せだからね」

すきま風が吹いた。ソファで丸まっていたミシャがもぞもぞとく。移中の機船でよく眠れるものだ。これも慣れの一つなのだろう。

「私たちは遊撃隊だから他の傭兵とは別行だっけ?」

「そうだ。解放戦線とは別にいてローレンシア軍のきを阻害しつつ、折を見て戦線を離。首都ラスクに潛する」

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「除け者みたいでし殘念だわ」

「むしろよかったさ。ミシャやソロモンが他の奴らと足並みを揃えると思うか?」

「たしかに」

船に揺られては進む。未だ冷めやらぬルーロの戦場へ。

ルートヴィア自治區はローレンシア國の西側に位置し、ルートヴィアが滅びる前の街並みがそのまま殘っている。そのためローレンシア特有の巨大な塔は建てられておらず、窪地のような地形に住居が集していた。

「外壁はパルグリムと同じなのに、材料はローレンシアの耐結晶材が使われているのね」

「ルートヴィアは商業國の屬國だった時代と、大國の領土になっている時代があるからな。街の基盤はパルグリムの技に近いが、新しい場所ほどローレンシアのが強くなる」

解放戦線が武裝蜂起をした結果、街の空気がひりついている。住民の姿がほとんどなく、代わりに銃を攜えた兵士崩れのような者達が傭兵団をじろじろと睨んだ。負けじとベルノアが睨み返す。

「解放戦線ってことはラチェッタがいるのか……おいイヴァン、ちょいと用事を思い出したから抜けていいか?」

「いいわけあるか。これから先方と顔合わせだ」

「カァーッこの石頭! 俺がいたって何も変わらないだろ!」

「ああ、たしかに変わらんな」

「否定しろ頑固者!」

イヴァンが蹴りを放った。されどベルノアには屆かない。

「そんな蹴りじゃあ俺様には屆かねえよ! なんたって天才だからな! 凡人がれるにゃあ恐れ多いって――」

「うるさいので黙らせましょうか?」

「いてっ、いててっ」

聲の大きな馬鹿をソロモンが抑えると、今度はミシャがおずおずと口を開いた。

「……イヴァン」

「駄目だ」

「……まだ何も言ってない。私も抜けていい?」

「雇い主との顔合わせに全員が揃わないでどうするつもりだ。俺たちは全員參加。諦めろ」

ミシャはしょんぼりとした。ベルノアはともかく、ミシャが言い出すのは珍しい。

はた、とナターシャは思いついた。この流れ。よく分からないが、自分も乗るべきではないか。の悪戯心が顔を出す。

「ねえ」

「駄目だ」

顔を向けた瞬間に否定された。流石はイヴァン。あまりにも早い返答である。ナターシャは満足げに頷いた。

やがて傭兵の一団は大きな建に通された。一見すればただの執務館のようだ。だが隠し扉から地下にった途端、鉄錆の匂いと共に広大な地下世界が広がった。

吹き抜けの広場を中心にして幾つもの足場が折り重なり、その一つ一つに住居が建てられ、天井からぶら下がる封晶ランプが歪な影を落とす。ここがルートヴィア解放戦線の本拠地だ。

「これ、金融都市と同じ階層構造だわ。パルグリムが支援をしているって話もいよいよ現実味を帯びてきたわね」

「武も商業國から流れたものだろう。それにうちだけじゃないな。同業者がちらほらいる」

「商売敵が俺らの仕事を奪いに來たってか! 負けてられねえな!」

「聲を抑えてくださいベルノア、彼らに聞こえます。それに味方は多いほうが楽ですよ。我々がきやすくなりますから」

「……彼らを囮にするつもりだ。ソロモンは腹黒」

ちなみにガヤガヤと騒いでいるのは第二〇小隊ぐらいなもので、他の小隊は、解放戦線が放つ発直前の火薬庫みたいな雰囲気に押し黙っていた。もちろん偏卿のような一部の例外を除いての話だ。

ナターシャ達の聲が聞こえたのだろう、前方を案していた痩せ気味の男が近寄ってきた。

「おやおや、詳しいですねお嬢さん方。そして第二〇小隊の皆さん。おっと、そんなに警戒しないで下さいよ。解放戦線で第二〇小隊を知らない者はいませんから!」

口が軽くて面倒そうな男だ。この手の輩はイヴァンに任せるのがいいだろう。ナターシャはごく自然な足取りで隊長の後ろに下がった。

「何の用だ?」

「ぜひお目にかかりたいと思いまして。なんたってあなた方はルーロ戦爭の英雄だ。最後までローレンシアに抗った不屈の傭兵部隊に會えるとなりゃあ誰だって足を運びますさ。どうです旦那。俺を雇ってくれませんかね。荷持ちでも何でもしますよ。ええ、俺ほど便利な男はいませんとも」

イヴァンが「英雄、ね」と冷めた視線を周囲に走らせた。第二〇小隊を英雄だと考えるような人間がどれほどいるか。分かりきったお世辭である。

「仕事がしいなら他をあたれ」

「まあまあ、そう言わずに。ものは試しですから――」

イヴァンが拳銃に手をばすと、男は「ひええ騒な、英雄様のご心だー!」と大袈裟にんだ。だが立ち去るかと思えば何を考えたか、イヴァンの後ろにいるナターシャに聲をかけようとする。

「へへ、嬢ちゃんからも言ってくれよ。あんたは幾らで買われたんだ? ひひ、英雄はを好むといいますが、旦那も中々の――ぶへっ」

「あっ」

気付けば男の頬を叩いていた。無意識というやつだ。ナターシャは「汚いものをっちゃった」と呟きながら、イヴァンの外套(がいとう)で手をごしごしと拭く。

「あの男、私を娼婦と勘違いしたのね。私だって傭兵なのに失禮しちゃうわ」

「一番失禮なのはお前だ馬鹿やろう。俺の隊服を何だと思っている」

「痛い! イヴァンが私を叩いた! 本當の英雄様は味方に暴力を振るわないの。強権主義者だってには優しくしたわ」

「鉄と結晶の時代に英雄などいない。さっさと行くぞ」

失禮な男はソロモンによって追い払われた。

彼らは中央の広場に向かった。ここでイヴァンは一つのミスをする。第三六小隊に先頭をいかせて、自分達は日者のように隅っこで固まっておけば良かったのだ。軽い騒ぎを起こしたせいで他の傭兵に距離を取られており、第二〇小隊の周囲だけが空いたように目立っていた。

「待て……!」

赤茶の髪をしたに呼び止められた。歳はベルノアと同じぐらいだろう。解放戦線の戦士服を著ており、いかにも好戦的な鋭い目をしている。

イヴァンは「しまった」と言いたげに頭を抱えた。どうやら面倒な相手が現れたようだ。

「よくも堂々と現れたな裏切り者! どの面を下げて戻ってきた。今度はどこに尾を振る気だ。パルグリムか、それともローレンシアか?」

猛烈な剣幕で彼は詰めよった。自分達が非難されているとわかりつつも、ナターシャは怒りよりも先に困が浮かぶ。

(裏切り者?)

見れば皆が微妙な表を浮かべている。裏切り者とけなされたのに怒るでもなく、かといって申し訳なさそうな表でもなく、しいていうならば、現実をれられない子供を哀れむような顔だった。

「うるせえよラチェッタ。幾つになってもガキみたいに騒ぎやがって。どの面下げて戻ってきた、だ? 解放戦線が雇ったからに決まってんだろ。お前こそルーロ戦爭は終わったのに何でここにいるんだよ」

「ルーロ戦爭が終わった? 相変わらず研究以外には頭が回らない男ねベルノア。ルーロ戦爭は続いている。解放戦線は名前を変えただけ。あたしたちは負けていない!」

「はあ……ほんとにお前は……」

ナターシャは驚くべきものを見た。短気なベルノアが言い返すのを我慢しているのだ。ラチェッタと呼ばれたは言葉を続けた。

「解放戦線が求めているのは崇高なる戦士だ。誇りを捨てた者など必要ない! 亡霊と呼ばれたままルーロの灰に沈めば良かったものを、なぜ戻ってきた小娘!」

聲を荒げ、赤茶の髪を振りしながら、ラチェッタは明確な嫌悪と敵意を込めてナイフを抜いた。その瞳には涙が浮かぶほどの憎悪がこもる。解放戦線の若き戦乙。第二〇小隊の過去を知る者。

切っ先を向けられたのはミシャである。

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