切っ先を向けられたミシャは「誰のこと？」とを左右に揺らした。ラチェッタの刃はしっかりとミシャを追っている。殘念ながらご指名のようだ。

「……ん、ごめんね？」

「悪く思っていないのに謝るな。あたしを馬鹿にしているのか？」

「……馬鹿にはしているかも。頭の悪そうな子」

煽ってどうする、とナターシャが首を振った。案の定、ラチェッタの顔が熱した鉄のように赤くなった。見ている分には面白い景だが、當事者であるため笑えない。し離れた場所で苦労人ネイルが「わあ、面倒事だー」と呑気に眺めている。

「やめなさいラチェッタ。彼の言うとおり、ルーロ戦爭は終わったよ。これは戦爭ではなくて革命だ」

解放戦線に似つかわしくないほど優しげな男が現れた。垂れ下がった目は戦士というよりも牧師のような印象を與える。

「久しぶりだね第二〇小隊。ルーロ戦爭以來の再會だ。君は初めましてかな。僕はルートヴィア解放戦線の旗頭、ユーリィだ」

ユーリィはちらりとナターシャの結晶銃に目を向けた。目敏い男だ、だと察したのだろう。

「こいつは新しい隊員のナターシャだ」

「やあイヴァン。足地を荒らしまわっているという噂は聞いているよ。本來ならば生還するだけでも奇跡みたいなものなのに、本當にしぶといね、君たちは」

「お前こそよくローレンシア軍に捕まらなかったな。ルートヴィア隨一の逃げ足は健在か」

「ローレンシア軍がノロマだからだよ。奴らが捕まえられるのはえた鼠ぐらいさ。結晶に怯えて図ばかり大きくするから僕たちに追いつけないんだ」

彼はラチェッタに顔を向けた。

「ラチェッタは下がっていなさい。君と第二〇小隊が絡むとろくな事が無いだろう」

「あたしは裏切り者を追い返そうとしただけだ！」

「僕が雇ったんだから追い返さないでくれよ」

彼は不服そうに一歩下がってミシャを睨む。ユーリィの言う「下がれ」は「どこかに行け」という意味だったのだが、ラチェッタは頑なに離れようとしなかった。

「仕方がないな。彼の態度は許してやってくれ。は優しい娘なのだ」

「は優しいだあ？　あいつが優しかったことなんてあるかよ。子供の頃から一緒だった俺が言うんだから間違いない。ラチェッタは優しいの子じゃねえよ」

「やめろベルノア。これ以上、隊長の俺に負擔をかけないでくれ」

「俺が悪いのか？　どう考えてたって口も頭も悪いラチェッタのせいだろ」

「ベルノア」

イヴァンの心労は増えるばかり。ナターシャは他人事のように同した。

◯

その後、簡単な挨拶をしてから各小隊の隊長が會議室に集められた。作戦について話し合うらしい。今回は旗頭ユーリィが総隊長となり、解放戦線は旗手と呼ばれる隊長格が、傭兵は各隊長によって小隊単位で指揮を取るのだとか。関係の無いナターシャはぶらぶらと解放戦線の基地を散策した。

「階層狀の窟都市か。シザーランドと金融都市を足して割ったみたいな場所ね」

「結晶風から逃げようとしたら自然と地下に街ができる。似たような街並みになるのも仕方がないことだ」

無事に合流したリンベルが隣を歩く。彼は武商人として解放戦線向けに商売をするらしく、大きな荷を小型の機船に積んで來た。商魂たくましいだ。

結晶が吹き始めてからはどこに行っても地下街ばかりである。ヌークポウのように高所からの景を楽しめる街のほうが珍しい。手すりから見下ろすと、下の方から白い蒸気が昇っているのが見える。

「解放戦線の基地は地熱で力を得ているらしいぜ。だから下に行くほど暑いんだ。場所によっては湯が湧いているんだってさ」

「相変わらず耳が早いね。さっき著いたばかりだってのに、いつの間に調べたんだか」

「ナターシャと違って友関係が広いのさ」

「噓つきね。リンベルは人と関わらないわ。一日中、店にこもってをいじっているもの」

どちらも事実。リンベルは漁り以外はほとんどの時間を家で過ごすのに、なぜか友関係が広い。

「まあいいわ。気になることがあるの。ラチェッタってが広場でんでいた言葉を覚えている？」

「ああ、ミシャを指差して裏切り者って言ってたな。周りの反応から察するに、エイダンのような一部の傭兵は裏切り者の意味を知っていそうだった」

「それと解放戦線の人達もね。エイダンに聞いてもいいんだけど、彼は忙しそうだし、ラチェッタに直接聞くのが早いと思うの」

「あのじゃじゃ馬娘が素直に教えてくれるかね」

「強引でも構わないわ。もしも不當な理由だったらボコボコよ」

ナターシャが仮想の敵を思い浮かべてブンブンと腕を振った。そんな細腕でボコボコにできるのかとリンベルは呆れたが、ナターシャは日常的にイヴァンの指南をけているため様になっている。

「というわけでラチェッタを探そう。どうせ任務が始まるまでは暇でしょ」

「私は開店の準備があるんだが」

「そんなことは後回し」

「そんなこと！？」

二人はぶらぶらと基地を散策した。歩きながらリンベルが街について説明をしてくれる。ルートヴィアも星天教を信仰しているが、厳にはローレンシアと宗派が異なるらしく、ルートヴィアに付く信仰心はより原初に近いものだそうだ。この街がクレーターのような窪地になっているのも、西の果てにある星天教の聖地を模しているのだとか。

「星天教の聖地には信じられないぐらい大きなが街の中央に建っていて、昔の人はそのを使って星空を観測したんだぜ」

イヴァンが聞けば喜びそうな話である。もしもミラノ水鏡世界に墓を建てられなかったら、星天教の聖地を目指してみるのも楽しいかもしれない。

「みてみてリンベル、見たことがない果が売っているわ。これは何の実かしら。すごいすごい、面白いわ」

「果一つでこんなにするのか！？　ちょいとオヤジさんよ、これはふっかけすぎだろ」

「買ってよリンベル。せっかくのルートヴィア観だもの、味しいものを食べましょう」

「ルートヴィア観」

解放戦線に聞かれたら殺されそうな発言だ。だがリンベルの心は既に傾いている。久しぶりのナターシャの手料理。それに勝るが存在するか。否、彼はオヤジとの価格渉を再開した。

そんなことをしているうちに元々の広場へ帰ってきた。おかしな話だ。ラチェッタを探していたはずなのに、気付けば両手に食材を持っているのだから。

「船に置きに行くか」

機船は停泊場に停めている。開戦間近の自治區はピリピリとした空気が流れており、そこに荒くれ者の傭兵が加わったことでさらに剣呑とした雰囲気だ。

たまたま第三六小隊の前を通りかかった際、ウォーレンが解放戦線のと話しているのが見えた。仲間というにはどこか距離が近い様子。同期主席にも春が訪れたか。二人は生暖かい視線を送った。

そんな二人が急に足を止めた。理由は第二〇小隊の機船の前に不審な人影があるからである。

「ねえリンベル。私の目が悪くなければ、うちの船の前で挙不審に隠れているのは例のじゃじゃ馬娘だと思うんだけど」

「なんとまあ、下手くそな隠れ方だな。イグニチャフと同種の匂いをじるぜ」

「困ったわ。第二〇小隊は人気者だから、ファンの子が來ちゃったみたい」

「ファンというよりも厄介者だろ」

そうこうしているうちにラチェッタは機船の扉を開けようとしていた。だが恐ろしく不用らしく、扉をガチャガチャと回しながら「このおんぼろ船、壊れてやがるな！」と愚癡を飛ばした。取手がきちんと回りきっていないのだと気付いた彼は恥ずかしそうに周囲を確認し、こそ泥のようなきで船にっていく。

二人は顔を見合わせた。まさか泥棒の犯行現場に居合わせることになるとは。裏切り者発言について問い正そうとしていたナターシャにとっては丁度良い。

「後をつけましょうリンベル。面白い展開になってきた」

「楽しそうだなナターシャ。お前の船が狙われているってのに良いのか？」

「大丈夫よ。あんな手際の悪い泥棒がうちの船に侵したって何もできないわ。それに、折角なら楽しんだ方が得だと思わない？」

「それは同」

二人が笑みを浮かべて頷き合う。その顔はかつてヌークポウで悪名を知らしめた悪戯っ子の表であった。

子供の頃からペットを飼うのが夢だったんだけど、父親が許してくれませんでした。一人暮らしを始めたら飼おうと決めていたんだけど、々あってペット不可の件に住んでいます。

いつ夢が葉うんでしょうね。飼うならフクロモモンガがいいです。

またね。