《悪魔の証明 R2》第64話 047 ミハイル・ラルフ・ラインハルト(1)
「ようやく気がついたな、ミハイル」
聞き慣れた聲。
眉を顰めながら重い瞼を開けた。
何時間気を失っていたのだろう。
地面に後頭部を打ちつけたせいか、し頭が痛い。おそらく軽い貧を起こしているはずだ。だが、目の焦點はちゃんと合っているので、おそらく酷い怪我ではなさそうだ。
視線の先には、子供の頃からよく知っている髭面の男がいた。ランメル・カシアス・ラインハルト、僕の父だ。
しばらく會っていなかったが、以前とまったく変わらない。
のいい。狂気を帯びた目。還暦をとっくに過ぎたとは信じられないくらいのつき。変わった點といえば、オールバックだった髪型が、若者がするような斜め分けになっているくらいだった。
「父さん……実の息子を車で跳ね飛ばすとは、いったいどういう神経をしているんだ。死んでいたかもしれないんだぞ」
と、開口一番文句をつける。
同時に自分が現在どこにいるのか、顔をかして確認した。
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椅子に座らされ手を後ろで縛られているので、それ以上のきはできそうにもなかった。
視界にまずったのは、厚いペルシャ製のカーペットだった。次は壁際にある熊の剝製。さらに漆が塗られたアンティーク調のデスクには見慣れた電話機。天井まで屆いた大きな窓からは、黒ずんだ空しか見えない。
ここまでくれば、自分がいる場所の特定は容易だった。
ここはラインハルト・タワー最上階。期から知るラインハルトグループ・トウキョウ支社社長室そのものだ。
勝手知ったるこの部屋の中で、椅子に縛られ拘束されている僕。そして、その僕の目の前で、仁王立ちしている父ランメル。もちろん、フリーハンドだ。
さすがにこの狀況では実の父親が、自分を車で轢くよう指示したとしか考えられない。
「私がどういう神経をしているだと? おまえこそ、いったいどういうをしているのだ。おまえは死なないとわかっていたが、さすがに軽い打撲だけとは思っていなかったぞ」
ランメルが僕の予測を裏付けるような臺詞を述べる。
「父さん、なぜ、こんなことを……」
それを聞いた僕は、思わずそう聲をらした。
「ミハイル、わからないのか。いや、わからないフリをしているのだろう。貴様は顔に似合わずしだけ小ずるいところがあるからな」
ランメルが意味不明な言葉を投げかけてくる。
「いったい何のことを言っているんだ?」
「とぼけているのか? まあ、いい。それでは、教えてやろう。おまえはラインハルト社を裏切った。親なるこの父が経営するラインハルト社をな。それだけだ。が、これは、父である私を裏切ったことと同義である」
ランメルは語気を強めてそう述べた。
すかさず、僕は首を橫に振った。
「裏切り……裏切り? いったい、僕が何を裏切ったと言うんだ? 父さん」
「議員たちが教えてくれたよ。おまえが大聲でトゥルーマン教団を叩き潰すとのたまっていたとな」
ランメルが彼の知るはずもない僕のを告げる。
この臺詞に、僕は、はっと顔を上げた。
まさか、セオドアが裏切って……
図らずも大きく目を見開いた。
「――大統領が父さんに教えたのか?」
と、セオドアの顔を思い返しながら尋ねた。
「大統領……ああ、セオドアのことか。ふふ。あのたぬきが、私に告げ口をするわけがなかろう。安心しろ。あいつはこちらの質問にものらりくらりとかわして、一切報を渡してこようとしなかった。私に獻金されている分際でな」
ランメルは若干呆れ聲でそう述べた。
おそらくこれは事実だろう。
父とセオドアは昔から仲があまり良くない。そにも関わらず獻金されているという部分は気にかかるが、セオドアはとにかくランメルを嫌っている。ランメルの気にるようなことを率先してはしないだろうが、一方的に得をさせるようなこともしないだろう。
「どうやら大統領が裏切ったということはないらしいね。だったら、報を提供した議員とは誰のことなんだ?」
僕は訊いた。
「誰のこと、だと?」そう言って、ランメルが失笑をらす。「人數が多過ぎて、誰が提供してきたか覚えておらん」
「多い? 父さん、そんな馬鹿なことがあるはずがないだろう」
カマをかけてきているのだろうか。
だが、僕の発言を知っているようなことを言っているのに、それはしおかしい。
「……というより、議員でなくとも、みんな知っているぞ。舊市街のバーで酔っぱらったおまえが、その場でトゥルーマン教団を潰すと言いふらしていたらしいからな。ラインハルト社を辭職したとはいえ、おまえは私の息子だ。そんなことをのたまっていたのであれば、誰でも私の耳にれようと考えるだろう」
「噓だろ? 僕がバーで?」
「無論、ラインハルト社とトゥルーマン教団がつながっているという理由ではなく、命を狙われるという意味でな。私は正直驚いたよ。おまえが裏切ったことにではない。裏切るという萬全を期さなければならない行為をしたにもかかわらず、おまえがこのような失態を犯したことに対してだ。まったく、こんな馬鹿が、私の息子だとはとても信じられん」
と、ランメルは続けて説明した。
「なんだって、この僕が……」
そう聲を零してから、彼が語った衝撃の事実に僕は思わず赤面した。
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