《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》今までと、これから

お二人は王宮に足を向け、杖の形狀についてあーでもないこーでもないと話しながら裏庭を出て行った。

私は追いかける前にマリリンにれ、お禮をする。

「あの、ありがとう。大事に使わせて頂きます。……あなたに、神の祝福が訪れますように」

浄化と共に祈りの言葉を捧げると、マリリンは嬉しそうに後頭部を掻くような仕草をした。

マリリンの枝の上にはマロンが乗っていて、枝から枝へと跳ね回って楽しそうに遊んでいる。

仲良しなのね。

……素敵。

マリリンには顔がある訳では無いけれど、なんとなく目が合っているとじる。

微笑むと、マリリンも微笑み返してくれたような気がした。

♢♢♢

マリリンの枝はらかで形が真っ直ぐでほぼ凹凸が無く、表面をし研磨すればこのまま使えるのではないかというお話を殿下とシルヴァがしている。

楽しそうだ。

でも、もうシルヴァの勤務時間は過ぎているのに帰る気配が全く無い。

申し訳ない……。

「あの、もうすっかり暗くなりましたけど……町で待っている子ども達は大丈夫なのですか?」

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「ああ、大丈夫です。一人、すごくしっかりした奴がいるので。毎日殿下に頂いている銀貨もそいつが管理しているんですよ。料理が上手いのも居るし、今頃は皆で夕食を食べてるんじゃないかな」

「それなら良いのですが……。すみません、私の杖のために殘業なんて」

「いいんですよ。私が言い出した事ですし。何より、ステラ様が喜ぶ事をするのが今の私の幸せですからね。……今後、もしも主の癖についていけなくなったらご相談下さい。お力になれるか分かりませんが、何とかしましょう」

癖?」

「そんな変なものは無いよ。普通だって。普通」

「男の言う“普通”とか”大丈夫”ほど信用出來ないものは無い。これは大事な事なので覚えておいて下さいね、ステラ様」

「は、はい……??」

研磨が済んだ枝の両端が殿下のスキルによって整えられ、複雑な形の模様が刻み付けられていく。

水が流れるような形のが彫られ、そこにいくつかの浄化石が嵌め込まれた。

あっという間に完だ。

「できたー! ステラ、持ってみて!」

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手渡されて持ってみると、しっとりとした木のが手のひらに心地良く馴染む。

雪のように白くて軽く、白銀に様々なの浄化石が映えるしい杖。

「綺麗……」

床につくところには淺く切れ込みがっていて、しだけブラシ狀になっている。これで床をると――。

「おおっ!」

先端が床についた瞬間、周囲がブワッと聖域化してお二人が同時に聲を上げた。

私達の周囲に、の雨が立ち昇る。

「素晴らしいです……。の雨は、天に向かって降るんですよね。この景をなんと表現するべきか……。まさしく、聖としか言いようがない」

「ありがとうございます」

気のせいか、スキルを使った時の疲労ないような。

これって聖樹の力かしら……。

そういえば、この浄化石。

この石のスキルも使えるのよね。

大丈夫かしら……。

私、々やりすぎてそのうち討伐対象になるんじゃ。

「杖で聖域化、すごく良いじゃないか……。ねぇ、ちょっとポーズ決めてみて」

「ポーズ?」

「そう。例えば――杖を掲げてくるっとターン! そして杖をカツーン! みたいな」

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「主。悪ノリもほどほどにして下さい。……おっと、もうこんな時間か。では、私は今日はこれで帰りますね。今ならまだ夕食の殘りにありつけそうなので」

「はい。ありがとうございました」

急ぎ足で帰宅するシルヴァを見送って、私達は完したばかりの杖を眺める作業にる。

隣にいる殿下はそっと杖にれ、言った。

「この聖樹の枝にれていると、が楽になる気がするんだ。作業中、まるでステラの隣に居るみたいだった」

「そうなのですか? ああ、でも確かに、この杖の近くには瘴気が寄り付かないですね」

「やっぱり。浄化とまではいかなくても、近付けないくらいの力が聖樹にはあるんだな」

聖樹の杖に一緒にれているうちに、手が重なる。

「これ、殿下がお持ちになった方が良いのではありませんか? そうすれば常に私と一緒に居なくても、自由にけますよ」

「……ステラはその方が良いの?」

「私ですか? 私は別に……殿下と一緒に居るのは楽しいですし……」

「じゃあいいや。君のために作ったんだ。君が持っていてほしい」

「……かしこまりました。使わせて頂きます。ありがとうございます」

気のせいか、殿下との距離が近いような。

肩がれているし、腰に手が回ってくる。

「あ、あの……」

どぎまぎしていると額にがついた。

一瞬だった。ボワッと顔が熱くなり、手を振り切って後ずさりで壁際に逃げた。

壁にぴたっと背中をつけると殿下はし笑っていた。

「ごめんね。嬉しくなっちゃって、つい」

何が何だか分からないままこくこくと頷き、杖をぎゅっと抱きしめる。

嬉しかった……!?

何が!?

「わ、、わわ私、何か言いましたか!?」

「うん。俺もね、君といると楽しいよ。ありがとうね」

ああ、その事……!

「ただの本心です!」

そう言って自室に逃げた。

扉にもたれてズルズルとへたり込む。顔のほてりが取れなくて、ポチに頬を埋めて頭を冷やす。

以前手の甲にされたのとはまた違う覚だ。

あの時よりも距離が近くなっているような気がする。

ずっと一緒に居ると段々空気のような存在になっていくと言うけれど、とんでもない。

私と殿下はどちらかというと上司と部下のような……いや、親友のような……。

ううん、どれも違う。

近いけれど違う。

じゃあ何だろうと考えた時、婚約者だと思い出してまた頬が熱くなった。

翌日、午前のいつもの時間にマリエお姉様がやって來て仮いの作業が始まった。

“今夜のパーティーに間に合わせたい”と聞いたマリエお姉様は凄まじい集中力で針をかしている。

途中に食事や休憩などを挾みながら作業は大詰めにり、午後に差し掛かった。

「もうほとんど完です。このウエストのところを絞ったらもっと綺麗なラインになりますでしょう? あとはここだけ直したらお渡ししますわね」

「ありがとうございます。急がせてしまってすみません」

「いいのですよ。今夜の夜會にはわたくしも參加いたしますから、ステラ様がこのドレスを著てお目見えするのがとっても楽しみですわ。職人にとって一番の喜びは、作ったが人目を集める機會に恵まれる事ですのよ」

「そうおっしゃって頂けて有り難いです。」

でも、夜會……。

今日は、お父様と対決する日なのだ。

怖くはないけど張する。

なるべく隅っこの方で、靜かに事を運べないかしら。

どうにかして早めに別室に導したいわ。

だって私、大勢の人が集まるパーティなんて初めてなんだもの。

もし注目なんて集めてしまったら言葉を嚙みまくる自信しかない。

考えている間にもマリエお姉様の手は止まらず、やがて最後の一針を終えシャキンと糸を切る音が響く。

「――さあ、お待たせしました。出來ましたよ」

そう言いながらマリエお姉様はい代のある裏面から表面へとドレスを裏返した。

「まぁ……!」

思わずため息がれた。

けるほど薄い白い布が何重にも重なり、その一番下には晴れた日の空のように澄んだ青い生地が隠れている。

い中はずっとい代側からしか見られなかったので、表面を見るのは初めてだ。

デザイン畫で見ていたよりもずっと綺麗なドレス。

眺めているとマリエお姉様は言った。

「形は王妃様がお若い頃に流行ったものと似ていますけれど、當時はもっと厚めの生地だったのですよ。その後、何枚も重ね著をしたようなデザインが流行ってどんどんスカートが膨らんでいって、今に至るという訳です。なのでこのドレス、何枚も布を重ねたところは今の流行に近いと言えますわね。ですが分厚くなるとのラインがしく見えないので、今の技で出來る中で一番薄く軽い生地を使いました。ステラ様の細型をより際立てられるように作れたと思います。どうぞ、お著替えになってみて下さい」

「はい!」

マリエ様に手伝ってもらって完したばかりのドレスへと著替えた。

王妃様の計らいで作ってもらったとはいえ、これが初めての自分のドレス。

嬉しくて鏡の前で前面と背面を見ながらくるくる回っていると、お姉様は口元に手を當ててくすくすと笑う。

「喜んで頂けて嬉しいですわ。そのドレスは軽いだけあってとっても風になびくのです。それが何を意味するかというと、きの一つ一つが華やかに見えるという事なのですわ。一応、生地のカッティングも風に乗った時に映えるように気を配っております」

「たくさんの事を考えて作られているのですね……。ありがとうございます。大事に使わせて頂きます」

「恐です。久しぶりに楽しいお仕事でした。また是非作らせて下さいね。……ではわたくし、これで失禮いたします。わたくしも夜會の準備に取り掛からなくてはいけないので」

「はい。今夜、お會い出來るのを楽しみにしております」

「わたくしも楽しみです。では――」

をまとめて出て行くマリエお姉様を見送ると、れ違いに王妃様が浴室から出て來られた。

そう、ここは王妃様のお部屋なのだ。

進捗を見たいという王妃様のご希で、ここで全ての仮いが行われてきた。

王妃様は著替えの済んだ私を見るなり「まあ!」と聲を上げる。

「いいじゃない! 私のお古よりずっといいわ! ドール夫人、まだこんな若いを隠し持っていたなんて……やるわね。シンプルなのに華やかってどういう事なのかしら」

「とっても素敵ですよね。ありがとうございます」

「ええ。これでやっと貴も公式の場に出られるようになったのね。社界デビューはもうちょっと先になるかと思っていたけど……。まあ、貴の存在は王宮に出りするような人間にはとっくに周知されているから、張するかもしれないけど大丈夫よ。気楽にしていなさい」

「が、頑張ります」

なんだかんだでもう夕方が近い。

王妃様もそろそろ支度を始める時間という事で、私は王妃様のお部屋から退出した。

殿下は杖と一緒に塔に居られるので、私もそこに向かう。

なんでも、今使わせてもらっている扉の部屋をやめて本來の――、王宮の自室に戻るおつもりなのだとか。

なので、塔に置いて行くと自室に持ち帰るの選別をするとおっしゃっていた。

それに伴って私の部屋も正式に用意して下さるらしい。

これは私が公の場に出る事に関連しているのだ。

申し訳ないやら安心するやら。

あそこで暮らすのは気が楽かもしれないけど、やっぱり孤獨なのは良くない。

私達は結婚すれば王宮を出なければいけない立場にあるので、なおさら殿下は今のに家族と流しておいた方が良いと思うのだ。

「殿下」

「あ、ステラ。ドレス完したんだね。……すごく良いじゃないか。前のやつよりもっとカッコいいよ」

「ありがとうございます。片付けの方はどうですか? 進んでます?」

「まぁ、大ね。あんまり持って行くが無かった。本を読んで終わっちゃったよ。……あ、もう夕方か。そろそろ向こうに行かないとな」

「はい。では、參りましょうか」

殿下の傍に置かれていた杖を拾う。

すると風に當たって髪とドレスがはたはたとなびいた。

見ると、窓がし開いている。

閉めようと思って窓際に寄って手をかけ、ふと振り返って室を見渡した。

もうここに來る事は無いかもしれない。

……ここに初めて來た當初の事が思い出され、がぎゅっと締め付けられる。

あの時はまさか自分が聖になるとか、殿下と婚約を結ぶとか想像もしていなかった。

運命ってどう転ぶか分からないものね。

きっとこれからも想像もしていなかったような事が起きて、その度に狼狽えながらも適応していくのだろう。

言うまでも無く、聖の肩書きは重い。

なので、このに降りかかるトラブルも相応に重くなっていくはずだ。

人前に出るというのはそういう事。

一人だと怖いけれど、殿下が隣に居て下さるなら――どんな事があっても大丈夫な気がする。

ここで過ごした穏やかな時間が、これからの私の支えになってくれる。

私はそう確信して、床に杖を當てた。

水の波紋が広がるように、床が聖域化していく。

霧雨のようなが天に向かって立ち昇り、風に乗って室に消えていった。

殿下は眩しいものを見るかのように目を細め、靜かに口を開く。

「……どうしてここを聖域にしたの?」

「今までありがとう、というお禮です。ここでの思い出は私にとって凄く大事なので」

「そっか。……うん、ありがとう。もうここに用事は無いけど、また來ようね。その時にまだ聖域があればいいな」

「聖獣が守ってくれないと消滅してしまうんでしたっけ?」

「そうじゃないかなーって思ってる。あぁそうだ。せっかくだから置で作った聖域を見てから行こうか。最近あんまり様子を見に行ってなかったんだ」

「はい」

窓を閉め、塔を下りて置を覗いてみる。

聖域はもうどこにも無かった。

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