《【書籍化】外れスキル『目覚まし』、実は封印解除の能力でした。落ちこぼれの年は、眠りからさめた神達と優しい最強を目指す。【コミカライズ企畫進行中】》4-51:氷と炎
空気の震えをじて、僕は大階段から後ろを振り返る。
雪が舞い始めた空に、魔の咆哮が響き渡った。遅れて、ずん、と重たいものが地面に叩きつけられる音。
広がる雪原で魔と冒険者の戦いが続いていた。
――前へ出ろぉ!
――押し返せ!
2階を超える高さから見渡すと、『霜の宮殿』がどんなに大きい場所かよくわかる。城壁の殘骸が、一帯を緩く囲っていた。中心にあるのがこの神殿だとすれば、『霜の宮殿』とは何かを――おそらくは原初の巨人ユミールを祀る場所だったのだろう。
冒険者達の聲が、魔の聲とり混じって、黎明の空に溶けていく。
僕はぐっとお腹に力をれた。短剣を握りなおす。
視線は上へ。
みんなと別れ、僕はそびえる神殿へ獨りで向かう。
ユミールが深手を負っていて、僕にかつてないほど神様の加護が宿っているといっても、どれほど勝算があるかは分からない。それでも妹も世界も一緒に救うためには、この勝負に勝つしかなかった。
「急ごう」
つい、癖で言ってしまう。もうポケットの金貨に神様はいないのに。
けど――
「ステータス」
念じると、神ノルン(かみさま)の聲が頭に響いた。
神様は僕らを見守ってくれているはずだ。
――――
リオン 14歳 男
レベル35
スキル <目覚まし>
『起床』 ……眠っている人をすっきりと目覚めさせる。
『封印解除』……いかなる眠りも解除する。
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[+] 封印を鑑定可能。
『角笛の主』……角笛の力を完全に引き出す。
スキル <太の加護>
『白い炎』 ……回復。太の加護は呪いも祓う。
『黃金の炎』……能力の向上。時間限定で、さらなる効果。
『太の娘の剣』……武に太の娘を宿らせる。
『太の目覚めの』……太の力で、封印解除を永続させる。
スキル <雷神の加護>
『雷神の鎚』 ……強い電撃を放つ。
『戦神の意思』……自分よりも強大な敵と戦う時、一撃の威力が強化。
『ミョルニル』……雷神から、伝説の戦鎚を借りける。
スキル <狩神の加護>
『野生の心』 ……探知。魔力消費で、さらなる効果。
『狩人の歩法』……気配を消し、気づかれずに移する。
スキル <薬神の加護>
『ヴァルキュリアの匙』……回復。魔力消費で、範囲拡大。
『シグリスの槍』……遠隔補助。魔法効果を槍にのせ、屆ける。
スキル <魔神の加護>
『二枚舌』……2つの加護を組み合わせて使うことができる。
『霊の友』……霊達の力を引き出す。
『魔神のたぶらかし』……魔法の力で、まぼろしを生む。
――――
宿った加護と能力が、結んできた絆の証だった。
ポケットの金貨を握る。目覚ましの角笛(ギャラルホルン)を納めた右ポーチにもれた。反対側の左ポーチには、『氷炎の心臓』がっている。
「見ていて、神様」
僕は倒したフレイに視線を投げる。
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男はもうピクリともかなかった。力を使い果たしたのか、宿っているが死んでしまったのか、それはわからない。流れ出るは凍り付いている。
頭を振って、僕は大階段を駆け上がった。
神殿のある最上部では、幅5メートルはありそうな太い柱が、3本り口にそびえている。
奧からはただならぬ気配。宮殿のり口で聞こえた咆哮は、間違いなくこの神殿からだ。ユミールはここにいる。
<狩神の加護>で周囲を探知。
僕はまず、妹を探した。
「……お兄、ちゃん」
一番右の大柱、その影から神服の裾が見えている。
「ルゥ!」
駆け寄り、聲をかけた。
ルゥは手を後ろで縛られている。
短剣で縄を切った。フレイから奪ったブリーシンガメンの首飾りを、小さな手に握らせる。
「平気?」
妹はうっすらと目を開けた。片方の目が緑になって、同じの魔力が妹を包みだす。
「……うん……」
「これを持っていて。フレイヤが神から力を引き出して、ルゥを守ってくれるから」
ルゥは小さく頷いた。
「ける?」
「……し、なら」
妹は立ち上がろうとしたけれど、すぐによろめく。僕は慌てて肩を支えた。
――リオンさん、いいですか。
頭に聲が響く。
「フレイヤ?」
――神を使われ、私とルイシアさんが拘束されていたこともありますが。
――ルイシアさんは、短い間にあらゆる力を使いました。能力『創造』を用い、形を得つつあった魔力を弾けさせ、『氷炎の心臓』まで創っています。
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――反がないはずがありません。
背筋が寒くなった。
「……どうなるの?」
――しばらくはけないでしょう。
――創世が途中で止まったのは、やはり幸運でした。
――ルイシアさんの中に魔力が多く殘っています。私がそれを使えば、戦いの余波から彼を守ることができる。
僕は顎を引いた。
神様の聲が震えてくる。
――ごめんなさい、リオンさん。
――私達神々の行為が、あなた方兄妹を、いえ、多くの人々をかえって大きな戦いに巻き込んでしまいました。
……確かに、そういえるのかもしれない。
フレイヤがルゥの中に宿らなければ、僕達には違った運命があったはずだ。でも、責める気は起きない。フレイから、フレイヤがどれほどの覚悟をしてきたのか、聞かされていたから。
――こんな場ですが、兄について聞くことを許してくれますか?
その聲が聞こえた時、僕もルゥも一緒に顔を強張らせた。
「……倒しました」
ルゥが目を伏せる。
フレイヤからの返事はなかなか來なかった。
――馬鹿な兄です。
――結局、あの人がなろうとした『兄』の姿は、私には理解できなかった。
フレイヤの姿は見えない。
でも、その時ルゥは涙を流していて。フレイヤ様の涙であるようにも思えた。
――弱くても、敗けても、強くなくとも、兄は兄ですのに。
僕はフレイが倒れている階段を見下ろした。吹雪が強まって、あの剣士の姿はもう見えない。
もっと話してあげたいけど、いつまでもここにいるわけにはいかなかった。
「行ってくるよ」
僕は立ちあがった。
ルゥが目を潤ませて僕を見上げる。
「帰ってきてね」
「ああ。約束だ、絶対、『ただいま』って帰ってくる」
僕はルゥとフレイヤから、一歩だけ離れた。
――リオンさん! 気を付けてください。
――ユミールは創世の魔力を喰らっています。
水鏡に浮かんでいた、新しい世界になるはずだった魔力。その半分ほどを、ユミールは天界で喰らっている。
――大きな傷を負い、念願の心臓を前にした今、恐ろしい速さで創世の魔力を力に変えています。
ぶるりと腕が震えた。
ユミールが強大な魔力を喰らっても、力に変えるには時間がかかる――それが僕らが抱いていた希だった。原初の巨人といっても、<スキル>にしろ、にしろ、いきなり魔力として力に変えられるわけではないらしい。
人間なら意識を奪ったり、なら破壊したり、ある程度『壊す』ことが必要だ。
口にれた後、飲み込む前にかみ砕くことに似ているかもしれない。
そして、新しい世界になるはずだった魔力は、創造の途中。つまりに変わる直前だった。ユミールは天界で喰らったはいいものの、魔力として己の力にするためには、になりかけの魔力を、また魔力に戻す――そんな過程が必要になるはずだった。
オーディン達から教わった報だけど、狀況が変わったんだろうか。
――今までのユミールでは、おそらくない。
父さんだって言っていた。
手負いの魔が一番恐ろしい。
――空は夜明け前ですが、王都のように巨大な裂け目を作ることさえあり得ます。
――そうまで空間が破壊されてこの場がどうなるか、想像もできません。
「わかった」
もともと、すんなり行くなんて思ってない。
僕は歩きながら、頬を一度叩いて気合をれた。
大きな柱が立ち並ぶ中を進んでいく。天井は目がくらむほど高く、黒巖の柱は無骨で荘厳だ。ひゅうと風をじる。あちこちで壁や天井が崩れ、黎明の空が覗いていた。
50メートルほど進んだ時だろうか。
神殿の最奧部に、赤黒い燈がともった。
祭壇だ。左右にある燭臺が、立ちはだかる巨から長い影を這わせている。
「ユミール……」
僕は呟いた。
奧にいるのはわかっていた。<狩神の加護>で真っ赤な魔力反応が――かつてないほど巨大な魔力反応が、そこにあったから。
足を止めて周囲を索敵。
他の魔の気配はない。ユミールは心臓を誰にも渡さないため、どんな魔も自分の近くに置いてはいないんだ。
低い聲が、地鳴りのように響いた。
「心臓は」
遠雷を聞いた時のように、お腹の底が震える。
圧倒的な自然現象を前にした覚。
これが、ユミールと――世界最初の生きと対峙するということ。
「心臓は、持ってきたか」
僕は頷いた。ポーチから『氷炎の心臓』を取り出し、掲げて見せる。
「ここにある!」
僕達の間を風が吹き抜けていった。
ユミールは、ゆっくりとこっちへ歩み寄った。本能が勝手に距離を測る。
40メートル、30、20、10――。
5メートル、間合いギリギリのところでユミールは足を止めた。金の目が僕を見下ろす。
「リオン」
ユミールは僕の名前を呼んだ。
僕は、驚いた。そりゃ、奴隷商人の長だったのだろうから、僕の名前を知っていてもおかしくはないけど。
心臓をポーチにしまいながら、僕は相手を見返した。
「お前たちの強さはなんだ」
僕はユミールの顔が、変質しているのに気づいた。
巖を彫り込んだような荒々しい顔つき。
いくつもの亀裂が頬や額から、顔の中心に向けて走っている。そこに赤黒い何かが――おそらくは魔力が通って、管のように波打っていた。
異変は、背中まである金髪にも及んでいる。赤黒い筋が2本、額から金髪の先まで走っている。まるで唐突に生えた角だ。
かつての上等な裝束はちぎれ果てて、切れ端がマントのように殘っているだけだ。むき出しの上半には、無數の傷。この瞬間も、赤黒い瘤のようなものが傷を覆うと、脈打ちながら治癒していった。
「強さ……?」
きらり、とユミールの左腕で何かが輝く。
腕だ。
ルゥがフローシアではめた手枷の左腕側だ。
「これほど強くいものを創造されたことはない」
ユミールは僕を見つめながら、氷の腕をなぞった。
「おれは喰らえば理解できる。手にれられる。だが――」
魔の吠え聲と冒険者のびが、外からの風に乗ってやってきた。
ユミールの金髪が後ろになびく。巨人の表が(あらわ)だ。
「それを知れば、飢えがマシになるかもしれない」
後ずさるのを必死にこらえた。
言葉をわしているだけで、本能的な恐ろしさに失神してしまいそうになる。言葉の一つ一つが、ほとんど落雷と同じだった。
「飢え……」
ユミールは、何もかも食べてきた。自分の魔力、そして能力『創造』から創られたこの世界を自分に戻すことで、奪われたものを取り返す。
でも――
「飢えている?」
「1000年前も同じことをやった。そうとう、喰った。だがおれはまた1000年前と同じ景を見ている」
ユミールは薪みたいな指で僕を示した。
「お前と、妹。それだけが1000年前と違う。お前の妹が放った強さを喰らえば、おれは消えない飢えの理由がおそらくわかる」
言葉が意味をなさずに、頭にわんと反響して流れていく。
威圧で意味をよくくみ取れない。
ユミールの左腕で、きらりと氷の腕が輝いた。
「わかるか」
巨が踏み込む。
神殿が揺れた。
「俺の飢えが」
次の一歩。間合いが詰まる。
「わかるか」
ユミールが言った。
「この腕の固さが」
ぎりと歯を食いしばる。飲まれるな。相手は、世界を壊してしまおうという魔。
ルゥを狙って、父さんを殺して、絶対に許せない相手だ。
「はぁ!」
こちらから踏み込んだ。
短剣が魔力障壁でけ止められる。甲高い音が暗がりに鳴り響いた。
「そうか」
ユミールは告げた。
「いずれ、喰らえばわかろう。心臓も、お前も、妹も」
めくれがったに、引きつった笑み。邪悪な微笑を見せつけて、ユミールは巨大な一歩を踏みれる。
轟音。
空気が破裂したみたいな衝撃に、僕は吹き飛ばされた。大柱に足をつき、勢いを殺す。
「今の……!」
ユミールは床に手刀を叩きこんでいた。
……ただの打撃、今のが!?
巨を赤黒い炎が包みだす。僕は、ある巨人の姿を思い出した。
「スルト……?」
「おれは喰らったものを記憶する」
はっとした。赤黒い炎で封印を溶かすスルトは、炎の魔でもあった。
「不思議だ。被造が、時折、俺にさえない力をに著ける。お前と、妹も……」
「ふっ!」
『黃金の炎』の勢いに任せて飛び込む。相手の迎撃。
黒い炎がこっちの腕を焼き、それでも聲を張る。
「力、借りるよ、ウル……!」
――――
<狩神の加護>を使用しました。
『狩人の歩法』……気配を消し、気づかれずに移する。
[+]狩神の魔力により効果が増加。
――――
『狩人の歩法』で回り込んだ。斬撃がユミールの足にる。
屆いた!
「……ふむ」
敵の魔力障壁が、速さと不意打ちに対応できていない。
ユミールが腕を振るった。解き放たれた炎が、一つの大柱を打ち砕く。
逆に、チャンスだ。
「ロキ、お願い……!」
――――
<狩神の加護>を使用しました。
『魔神のたぶらかし』……魔法の力で、まぼろしを生む。
[+]魔神の魔力により効果が増加。
――――
無數の僕が、土煙の中に現れた。
魔法で、煙に対して僕自を映し出す。ロキの『まどわし』も以前よりずっと強化されていた。
「ちぃ!」
ユミールが何人もの僕を引き裂く。
けれど、僕はもう敵の下へ潛り込んでいた。
「目覚ましっ」
短剣を振るい、クリスタルから風の霊(シルフ)を呼び覚ました。
「わん!」
犬の姿をした霊が飛び出し、ユミールの脇を駆け抜けた。風の刃がユミールの右腕を切りつける。
「ぐ……!」
赤黒い炎が傷口を覆い、不気味な瘤で治癒していった。
確実に力は削れている。
に神様からの加護が、力が宿っていた。
「効いてる……!」
決めるには<雷神の加護>『ミョルニル』クラスの威力が必要だ。このまま削って、粘って、大技を叩きこむ隙を作る。
狙いは――左腳!
「そこだぁあ!」
僕が飛び込んだ瞬間、ユミールが吠えた。
――ウオォォオオオオ!
聲で頭が割れそうだ。レベルが低いままだったら、鼓が絶対に破れていた。
天井や柱が震えて、小さな瓦礫が落ちてくる。
吹き飛ばされながら、僕は手足を使ってけを取った。
それを赤黒い炎をまとったユミールが見返してくる。
「ぐ、お……」
顔に走る赤黒い魔力が、脈していた。
おそらく創世の魔力を自分のものとするために、無理をしている。右腕の傷、そこで瘤が弾けて――
「――え?」
『口』になった。
傷口が、歯とを備えた口になっている。口はけたけたと笑い、ユミールはそれを自分の手のひらで叩き潰した。
頭に過ぎるのは、ユミールに歪められ、魔になった生き達。力を得るためか、中におかしな口や角を生やしてしまっていた。
王都に現れた巨熊や、の夕焼けの廃墟にいたイノシシがそれだ。
「自分自を、魔力をより多く取り込めるよう、歪めている……?」
そんなこと、可能なんだろうか。
自分で自分のを改造してしまうなんて。
いや、だからこそ、規格外の――世界最初の生きなのかもしれない。
――オォォオオオオオオオオオオオオ!
ユミールはぐばりと大口を開け、空間に向かって齧りついた。
世界が歪み、ひび割れる。生じた裂け目は瞬く間に広がり、空中から床にまで至った。
地響きと共に揺れる神殿。巨大柱が次々と倒れ、床の裂け目に飲み込まれていく。
まずい!
走って距離を取るけど、裂け目は僕の足元にまでびてきた。床の覚が消える。
圧倒的な暗闇に、引きずり込まれる……!
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