《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》氷使いのカイル様の誤解が解けた
王宮の庭園には気の早い貴族達が既に數組集まって談笑していた。
夜會まで時間があると言ってももう日沒。
殿下によると、招待狀に書かれている“〇〇時から開始します”というのはあくまでも主催の挨拶の時間であって、それより早く來て他の參加者と自由に流を深めるのはごく一般的な事なのだそうだ。
貴族の家はいつでもお客さんを迎えられるようになっているのが普通なので割合みんな時間にルーズで、まして王宮ともなれば常に人が出りする空間。
行くのが早すぎると相手に負擔をかけるとかそういう覚は無いらしい。
「詳しいですね」
「観察だけはしていたからね。塔の上からだと庭が結構見えるんだ。大広間にみんなが集まるのなんて偉い人が挨拶する時くらいで、あとは結構自由に歩き回ってるよ」
「そういうものなんですね」
遠巻きに貴族達を眺めながら王宮にり、殿下の本來のお部屋に塔から持ち出したを運ぶ。
初めてった殿下のお部屋は綺麗に整頓されていたけれど生活が無く(生活していなかったのだから當たり前ではあるけれど)、どこか寂しげな空間だった。
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塔から持ち出したを無造作に置くと、そこだけ溫度が宿ったような覚になる。
「えーと、ステラの部屋は俺の左隣ね。生活に必要なは大揃ってると思うけど、もし足りないがあったら言って。俺の部屋にはいつでもって構わないから、何かあったらすぐに報告してね」
「はい。かしこまりました」
「じゃあ――まだし準備が殘ってるだろ。ほら、髪とか裝飾品とかさ。それが終わった頃に迎えに行くから、自分の部屋に行ってごらん」
やけにそわそわした様子の殿下に促されて左隣のお部屋にってみると、可らしい形の貓足テーブルの下に何か置いてあるのに気付いた。
箱だ。リボンが結ばれている可い箱。
これは……プレゼント、みたいな……?
持ち上げてリボンをほどき、蓋を開けてみると――ぴかぴかの白い靴がっていた。
足首に紐を巻き付けて結ぶタイプのハイヒールで、サイズは九とハーフ・インチ。
なんと、私にぴったりである。これ……もしかしなくても殿下が置いて下さったでは……?
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自分の足元を見ると、メイド用の黒いフラットパンプスのままだった。
確かに、白いドレスにこれだとおかしい。
私が靴にまで意識が回っていなかったのを見て用意してくださったのかしら。
ふかふかの椅子に座り、試しに靴を履いてみる。
そっと足をれるとヒンヤリとしたが足を包む。
……ぴったり。
足首に紐を巻き、きゅっと結んで立ち上がってみる。いつもよりし目線が高い。
隣に殿下が居たらどのくらい顔が近くなるのかしらと思って想像してみる。
自分の脳図が恥ずかしくて、一人で赤面した。
お部屋に設置されていた姿見の前で一通り眺め倒して満足した後、お母様のアクセサリーを著けて髪を整える。
これ以上何をすれば良いのか分からなくなったところで扉がノックされた。
返事をすると、靜かにドアノブがいておそるおそる殿下が顔を覗かせる。
「……どう? 準備できた?」
「はい。どうぞ、って來て下さい。……あの、靴……ありがとうございました」
「あっ、うん。何も言わずに用意するのはどうかなって思わなくもなかったんだけど、せっかくだしさ。ドール夫人に頼んで見繕って貰ったんだ。どう? サイズは合ってる?」
「ぴったりです。ドレスにも合っているし、さすがですね。皆様、私に甘すぎるのではないかしらと思うほど々して頂いて……。なんだか申し訳ないです」
「いいんだよ。これからもっと々増やして行こうね」
「もうじゅうぶんです……」
「いえ、ステラ様はもうし々揃えた方が良いでしょう」
ヒッと聲が出そうになった。どこからかシルヴァの聲がする。
姿が見えないのに聲だけ。
見回すと、殿下の真後ろに影のように立っていた。
全然気付かなかった。
この隠、優秀すぎる。
「お前……普通に出てこいよ。びっくりするだろ」
「訓練中のですので。これも鍛錬の一環ですよ。主も神修行だと思って慣れて下さい」
「慣れたくないよ。っていうかプライベートをもうちょっと大事にして……。こっちは長年引きこもってたんだよ。急に修行とか熱い展開は無理。カエルみたいにぬるま湯から始めてほしい」
「けない事を。もしも私が暗殺者だったらどうするんですか。主、死んでましたよ?」
「……そうだな。気を付ける」
殿下が折れた形でその話は終わり、本場のパーリィナイを見たいと言うシルヴァを従者として引き連れて大広間へと向かった。
まだし早いけれど、我が家のお父様はおそらく早めに來るだろうという予想が立ち、なるべく人のない時間帯に対決を済ませてしまいたい思いもあっての前乗り。
どきどきしながら人がまばらな大広間にる。
するとその瞬間、全員の視線が私達に向かってくるのが分かってし怯んだ。
でも殿下が背中に手を回してくれて、おかげで気を持ち直して真っ直ぐに立つ事が出來た。
「……いいか? ステラ。あいつらは全員ジャガイモだ。何も怖くないぞ。俺が橫にいれば質問攻めに遭う事は無いはずだけど、でももしも話し掛けられたら“まぁ、そうなのですか。うふふ”で全て乗り切れ」
「り、了解しました」
殿下がおっしゃる通り、前乗り組はチラチラとこちらを窺って來るものの近寄っては來ない。
私の中の數ない社知識に照らし合わせると、これはおそらく分の低い者から高い者に話しかける事は基本的にマナー違反とされているせいだと思われる。
殿下は社界に顔があまり知られていないはずだけど、ここ最近の行のおかげかさすがに皆も“分かって”いるようだ。
それでも、遠巻きにヒソヒソされている狀況に張が嵩む。
ちなみに先日ここで作った聖域は住人ランランのおかげかいまだ現役なようで、ここ大広間はたくさんの料理や花で彩られうっすらとの霧雨が漂う幻想的な空間になっている。
「あれっ、そういやランランはどこに居るんだ?」
シルヴァは答える。
「陛下がマリリンの元に一時的に避難させたようですよ」
「そっか。まぁ、そうだよな。一度にたくさんの人に囲まれたらあいつもしんどいよな」
お二人の會話を聞きながらさりげなく花と花の隙間に埋もれて人の視線を遮り、じっとお父様を待った。
早めに來るかと思っていたけど案外そうでも無くて、見知らぬ貴族の方々が続々とって來ては殿下の姿を見てぎょっとするのを何度も繰り返す。
でも殿下ご本人はあまり気にしていない様子。
「……侯爵、遅いな。何してるんだろうな」
「そもそも招待されてないとか」
「まさか。この夜會はシーズン終わりに開かれる王家主催の特別なパーティーで、全ての國貴族に招待狀を出しているはずだ。來るか來ないかは各家の事に任せるとしても、いくら國王だろうと個人的な気持ちで慣習を破ったりはしない」
花の隙間で殿下とシルヴァの會話を聞く。
「それなら何かトラブルがあったのかもしれませんね。僭越ながら私もマーブル親子の押しかけ妻っぷりを拝見した事があるのですが……相當でしたよ。鬼気迫るってこういう狀態を言うんだなと思ったものです。あそこまでなりふり構わず王家と婚姻関係を結びたがっている人がパーリィに遅れるなんて考えにくい。――主、今夜は想定外の事が起きるかもしれませんよ」
「例えば?」
「さあ。そこまでは」
「半端に不安を煽るのはやめてくれ……」
「不安ならお酒を飲めば良いのです。もう給仕が始まっていますから貰って來ましょう。……はい、どうぞ」
「ありがとう。せっかくだから君も飲めば?」
「いいんでしょうか」
「さあ。いいんじゃない?」
この主従、なんだかんだ楽しんでいる。
そうこうしているに人が集まり楽団が華やかな音楽を奏で始め、やがて見知った顔が現れた。
その人はり口で殿下を見た瞬間固まってしまって、同行のご令嬢を困させている。
その様子が花の隙間から見えて私も困ってしまった。
どうしましょう。出て行った方が良いのかしら。
私がく前に殿下がその人に気付き、話しかける。
「あれっ。氷使いのカイルじゃないか。先日は世話になったな」
そう。カイル様。
この會場で唯一殿下に話しかけられたカイル様はぐっと息を呑み、覚悟を決めたような表でツカツカと歩み寄って來る。
「セシル殿下、今夜はご機嫌麗しゅう……」
「うん。君もね。ベニーは?」
「ベネディクト様はマルツェリーナ嬢のお迎えに向かっております」
「ああ、婚約者を迎えに行ったのか。……そちらのご令嬢は君の婚約者?」
「はい。パディヒル伯爵家のアデルでございます。以後、お見知りおきを」
カイル様の紹介をけて、アデル様は腰を落とし最敬禮の姿勢を取った。そしてぽつりと呟く。
「この大広間、が舞っていますのね。綺麗……。それに何かしら。とても清々しい気持ち。なんだかが軽くじますわ」
カイル様は答えた。
「聖様が現れた影響だろう。最近の王宮は聖様と聖獣の噂で持ち切りだからな。今日はそのお姿を見られるかと思って楽しみにして來たのだが……まだお出でになっていないのだろうか」
揺で杖を落としそうになった。
出て行くタイミングを完全に失ってしまった気がしてならない……。
殿下は面白がっているのを隠しもしない様子で訊ねる。
「聖の噂?」
「はい。セシル殿下はご存じでしょう。どこからか突然現れ、人知れず浄化の能力を発揮して王宮をまるで聖域のように作り替えている人が居るという噂を。話によると、魔獣までも聖獣に作り替える事が出來るとか。……セシル殿下がお元気になられたのも、その人が浄化をしたおかげなのでは?」
「……カイルはさ、ベニーから何も聞いてないの?」
「何も……? 今、申し上げた通りの事しか聞いておりませんが。強いて言うのであればセシル殿下のご婚約が々に立していたという事くらいでしょうか。……ほ、本日はご一緒では無いようですが、おめでとうございます」
「ありがとう」
殿下はきょろきょろと周囲を見渡し、花の隙間に埋もれている私を見付けて腕を摑み、ぐいと引っ張り出した。
「え、ちょっ」
「実は一緒なんです。こちらが我が婚約者。以後よろしくお願いします」
頭から花びらがひらひらと落ちてきた。
私とカイル様、アデル様は呆気に取られた表でお互いに見つめ合う。
「あれ? 君、この前の……隠し弟じゃ……?」
「隠し弟? カイル様、何をおっしゃっておいでですの? どう見ても麗しいですわよ」
アデル様の必死なフォローがにぐさぐさと刺さる。
王太子殿下はどうやら説明をして下さらなかったようだ。
カイル様、今の今まで私を男だと思ったまま過ごしていたらしい。
私、そんなにらしくないのかしら……。
彼は私の全へざっと視線を走らせ、そしてものすごくホッとした表を浮かべた。
「ほ、本當だ……。良かった! 婚約者が弟だなんて、れてはいけない話題だとばかり思って……!」
「そういう時だけマトモな価値観を発揮しますのね。……えぇと、お初にお目に掛かります。わたくし、カイル様と婚約を結んでおりますアデル・パディヒルと申します。どうぞよろしくお願いいたします」
今日この後また更新します
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