《悪魔の証明 R2》第70話 048 ミハイル・ラルフ・ラインハルト(2)
トゥルーマンは話を終えるや否や、頬に緩やかな微笑を浮かべた。
どういった意図で僕にこの話を伝えたのかはわからないが、おそらく事実を述べているのであろう。
だが、架空のテロ組織というのがどうにもイメージしにくい。いったい、どういった形態で組織を運営しているのだろうか。
「架空のテロ組織というのは、トゥルーマン教団の人間が所屬を名乗らずに、貧困層の人間に金を與え、テロの実行計畫を伝えるところから始まります」その手の疑問を払拭するかのように、トゥルーマンはまた説明を始める。「計畫遂行に必要な人數の仲間を彼に集めさせてチームを作らせるのです。これで、テロ組織としての雛形はできます」
「それだと、テロを実行しない可能もあるじゃないか」
問題點をついた。
トゥルーマンが述べた通りであるすると、最悪渡したお金を懐にれ、テロを実行しないまま逃亡されることも考え得る。
貧困にぐ者が多い昨今、それはある意味無謀な計畫のようにも思えた。
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「ええ、もちろん。當人に金を渡すだけではね。ですので、そのチームと関係しない別の人間にも金を渡して、初めに渡した人間がテロの実行を拒否した場合、またはこちらが定めたルールに沿わない場合、彼を含めたチーム全員とその家族を殺して貰います」
トゥルーマンは平然と言う。
「な――家族をだと……彼らがテロを実行するしかない狀況に追い込むということか?」
突拍子もない発言に、自然と語気が荒くなる。
「さすが、ミハイルさん。勘がよろしい。その通りです」
そう言って、トゥルーマンはにこりと笑う。
「何ということを……」
彼の態度とは反対に、僕の心は蒼白となった。
「その上で、そのリーダーである彼が作ったチームが、スカイブリッジライナーにおいてテロを実行した後、生き殘った乗客に対して、彼またはチームの一員にARKを名乗らせると架空組織ARKの完です」
と、僕をそのような狀態に陥らせた張本人は続ける。
「ね、ずいぶんと、単純でしょう」
念押しするかのように言葉に追加した。
「それがトゥルーマン教団が造り上げたテロの嫌疑を逃れる方法というわけか?」
「ええ、その通りですよ。単純とは申し上げましたが、そう甘いものではありません。なぜなら、どれだけ彼らがARKの人間を尋問したとしても、何も知らない貧民が真実を答えることはありませんからね」
このトゥルーマンの臺詞に、僕の口は自然とわなわな震えた。
実際そうであるとはいえ、よく平然とこのような非道なことを語れたものだ。
本當に、今すぐこいつを毆り殺して永遠に黙らせてやりたい。
「偉そうに架空組織の自慢話を申して參りましたが、実は架空組織ゆえの弱點があります」
そんな最中、トゥルーマンが意外な言葉を述べた。
「弱點? 何だそれは」
敵に塩を送るようなことはするはずもないと思いながら、尋ねた。
「お恥ずかしい話なのですが――これを始めた當初は、ARKが行ったテロでも、ARKと見做されないケースがなからずありましてね」
そこで一度、トゥルーマンは言葉を切った。
デスクへと向かい、その上にあるピッチャーを手に取る。水をコップに注ぎ込み、を潤した。
「だから、ARKと名乗らせて、今までテロを行なってきたんだろう?」
こちらへと戻ってくるトゥルーマンに向け、尋ねた。
「ええ、その通りです。ですが、最初は私の思通りにはいかなかったのです」首を橫に振りながら、トゥルーマンは言う。「これはおかしいと思って調べてみたら、我々の使っていた連中は、乗客を全滅させてしまったり、生存者にARKと名乗っていなかったりと、こちらの意図と違う行をしていたみたいなんですね。これでは架空の存在を追わせて、こちらの方に目を向けさせないという目的が達されません」
「そんなことは、人であれば當然だろう。おまえの思い通りになんてなりはしない」
「ええ、そうかもしれませんね。ですが、これについては、ひとえにARKという実態が存在しないゆえ起こることです。実態が存在すれば組織の本當のトップが聲明文などを発表して自らの存在をアピールできるのですが、実態のないARKの場合、そうはいきませんからね」
「各國の政府に架空組織と永遠に終わらないテロとの戦爭をさせようとでもいうのか?」
セオドアの記者會見での発言を思い返しながら、僕は尋ねた。
「ええ、そのイメージも私にはあったのですが、これもこの狀態では不可能です。それどころか、このまま連中を放任しておけば、いずれはこちらに被害が及んでしまう可能もある。ゆえに、私はテロを実行する際のルールをいくつか設けました」
「ルール?」
「ええ、そうですとも」トゥルーマンは大きく頷きながら言う。「これを始めた當初、このルールを作していなかったことは、私のミスですので深く反省しております」
「託はいいから、早くそのルールを教えろ」
話の先を促した。
どうせ碌でもないことであるのは承知の上だ。
「ふむ――では、そのルールを教えましょう」トゥルーマンは言う。「まず、乗客は必ず一名以上生き殘らせることがひとつめ。乗客が全員死んでしまうという本末転倒を防ぐためです。これには、多數の人間が生きていても仕方がないので生存者は數名のみに限る、との注釈がつきます」
いきなり予想を遙かに超える臺詞だった。
目眩いがしそうになった僕を目に、トゥルーマンは続ける。
「次に、ふたつめは先程述べたこととほぼ同じです。その生存者たちにテロがARKの所行であることを認知させること。三つめは矛盾するが極力ARKである証拠を殘さないこと」
「矛盾? どの部分が矛盾しているんだ?」
言葉の意味はわかるが脳で処理できず、その要點を確認した。
気が転しているのか、理解力が大幅に低下しているのかもしれない。
「これは、例えば、こちらが渡したスカイブリッジライナーの設計図などを廃棄するなどですね。乗客がARKを認知したのであれば、わざわざARKの実態につながる証拠を與える必要はありませんから。先に言ったことと相反するようですが、テロ組織はある程度謎めいていた方が良いですからね」
「それで終わりか?」
「いえいえ。まだですよ、ミハイルさん。では、四つめです。リーダー以外の全メンバーは自殺すること――」
「ちょっと待て。リーダー以外が自殺? そんなことが可能なのか?」
トゥルーマンの臺詞を遮って、僕は訊いた。
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