《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第7話 こんな人だとは思わなかった、けれど ※加筆

目を覚ました後、丁寧にお禮を言って私の研究室から出て行った殿下が、私の研究室にやってくることはもうないと思っていた。けれど、変わらず、彼はやってきた。

変わったのは、殿下の様子。グレイ様の紳士な様子は、どうやら仮面だったようで。本來の殿下として、彼は私に接していた。

々なことを知った。

僕、だと思っていた一人稱は、実は俺、だったこと。しばかり荒っぽい。

信じられないくらいに、この私が自分のことを棚にあげるくらい、片付けと整頓が苦手なこと。人の部屋にもかかわらず、容赦なく私を散らかしていく。腹が立つので、私も片付けるのをやめた。不快に思っている様子がないどころか、その方がいっそう寛いでいる様子だった。最初から片付けなければよかった。

私の淹れるなんとも言えない味になってしまうお茶を所するときには、悪びれた様子もなく要求してくること。この味が好きなんだ、なんて言えば、私がほいほいと淹れると思っているところが腹が立つ。斷りきれない自分にも腹が立つ。

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時折眠そうにとろりと目が溶けるのは、どうやら変薬の副作用らしいこと。そしてどんなところでも寢るし、なんなら普段から姿勢も悪いし、一度寢たら一生起きない。そうすると私も帰れない。途方に暮れて睡する殿下を見下ろすことが、何度あったか。

本當に、こんな人だとは思わなかった。

強引で偉そうで、すぐに人の話を遮るし、生活力がなくてだらしないし、人を揶揄ってその反応を楽しむし。

本當に、あの時の紳士はどこへ行った。傲岸不遜を絵に描いたような格ではないか。格に難がありすぎる。そう、思うのに。

「殿下」

聲をかければ、ゆるりとその顔が資料から上げられる。その指先が、とん、と一點を指差した。

「ここのことだが」

そう言って始まった言葉に、あっという間に私は夢中になってしまう。

そういう意味では、殿下は間違いなくグレイ様だった。圧倒的な聡明さで持って、私の研究に真摯に向き合ってくださる、貴重な人。

むしろ、かつて紳士として持っていた最低限の遠慮さえ消え、言いたいことを容赦なくいうようになった殿下の意見は、悔しいことにあまりにも參考になりすぎる。

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しれっと後ろにいて、私の研究を覗き込んで々と議論して。

常に私の研究は1人だったから、誰かと議論をすると言うことそのものがとても新鮮で、楽しくて。

研究と、この人に與えられるありとあらゆる迷を天秤にかけて、私は散々迷った挙句に研究を取った。

楽しい時間はあっという間だ。ふう、とし疲れたように息をついた殿下に、ここまでだろうと自重する。私は何時間でも何日でも大歓迎なのだが、変薬を常用している殿下は疲れやすいようだ。

言いたげに私に向けられている視線は、どうやらお茶を要求しているようで。

心のため息を隠そうとして失敗して、不満げに向けられる目を無視して、私はお茶を淹れるために立ち上がる。

私だって、最初はきちんと皇太子殿下として接しようと思っていたのだ。だが、この人が悪い。

私が逆らえないのを良いことに好き勝手に振る舞い、堪えきれなくなった私が思わず言葉をらした瞬間、楽しそうに笑った。

「その方が良い。これからも、それで頼んだ」

あの頃の殿下の好き勝手な振る舞いは、それでもまだ自重していた方なのだと理解したのは、私が諦めて普通に接するようになってからしばらく経ってからのことだった。とはいえまさか公の場でそのような振る舞いをすることもできず、もちろんこの研究室だけでの話だけれど。

最初は落ち著かなかったが、もう慣れた。慣れさせられた、と言った方が正しいかもしれない。正直に言ってしまえば、私がこの偉そうな人相手にいつまできちんとした態度が持つか不安ですらあったので、しばかり安心した。

「失禮します」

淹れてきたお茶をソファの橫のテーブルに置くと、私はだらしなくソファに座る殿下の手を取った。

この健康観察のような何かにも、すっかり慣れてしまった。きちんとした醫者にかかってください、と言っても殿下は頑として首を縦に振らないので、しないよりはましかと私が始めたのが良くなかった。

そもそも彼は滅茶苦茶な変薬の飲み方をしていた。顔まで完全に変えて、完全に別人となって私の研究室にってきていた。それで生まれた拒否反応を、また別の市販の薬で押さえつけるという無茶苦茶ぶりである。普通に生活できていたことが信じられない。

止めても変薬は使うと言うから、彼が常用していた長と髪を変えるものを研究して、その拒否反応に対応する薬を作った。作った、と言ってしまうと大仰に聞こえるが、実は偶然にも今までにも一度研究していたものだったので、さほど手間はかからなかった。渡す前は怖すぎて、ありとあらゆる研究所に確認してもらったが。

絶対の安全を確信するまで研究所に面倒がられながらも迫り、さらには殿下やその側近の方にも殿下を通じて確認を取ったあと、それを渡してしまったのも、よくなかったのだ。

つまり、見事に、気にられてしまった。

その目は閉じられているかと思いきや、大きく見開かれて私を見つめていた。ひとときも揺るがず私を見つめるその青い瞳がなんだか落ち著かなくて、私は目を伏せる。

手元に意識を集中させていた私に、殿下の低い聲がかけられた。

「アイリーン」

「……え」

「なんだ、名前、間違ってたか?」

「間違っては、いませんが」

最初は、セラーズ嬢。次に、あなた。最近はお前。てっきり忘れられたとばかり思っていた名前を呼ばれ、思わず驚いて手元が狂う。

「どうしてファーストネームなんですか」

「俺が、そうしたいから」

「いや、普通に考えて許されないでしょう。私、婚約者がいるんですよ?」

「……ああ、知ってる」

いつものように何か揶揄われるかとばかり思っていたが、その様子はなく。いつもより口數のない殿下に、調でも悪いのかと一周回って心配してしまう。

「どうしました、あまり殿下らしくないですが」

そう言って顔を見上げて、驚いた。

彼は、片手で顔を覆っていた。さらりと揺れる銀の髪と、その手が完全に表を隠してしまっていて、何を思っているかが読み取れない。いつもと明らかに様子が違うのが分かった。

調でも、悪いんですか」

すっとび上がって、その表を確認しようとする。熱がないか確認しようと、し躊躇った後にその前髪をかき分けようとした。

私の指が、しだけ、ほんのしだけ、殿下の髪にれたその瞬間。びくりと、殿下のが震えた。そうして跳ね上がった殿下の足が、ちょうど私の足に當たり、これまた驚いた私も勢を崩して殿下の上に崩れかける。

「す、すみません!」

どうにか殿下を押しつぶすことだけはしまいと、ソファに手をついてを支える。その急激なきに驚いたのだろう、殿下が腕を退けて、私を見上げた。

調が悪い、わけではなさそうだ。顔はいつも通りで、しほっとする。

けれど、その顔はどこか、苦しげだった。しだけ寄せられた眉と、いつも強い意志を持って輝く青い瞳が伏せられている様子には、妙に不安を掻き立てられる。

「……何か、ありました?」

「……」

どこまで踏み込んで良いものかわからないけれど、躊躇いがちに問いかける。応えはなくて、機嫌を損ねてしまったかと心配になる。

そういえば私は、殿下の上に崩れかけた勢のままで。慌てて飛びのこうとした腕が、摑まれた。

今度こそ、私は綺麗に勢を崩した。

後ろに下がろうとしていたところを、急に前に引っ張られたのだ。誰だって崩すだろう。

倒れかけた私のを、もう片方の手が優しく支えた。

その優しさが、しばかり予想外だった。

「殿下」

文句を言おうとした聲は、途中で止まる。

私にれる手が、しだけ、震えているような気がしたからだ。

離してください、の一言を言っていいか分からず、私は黙る。しばらくそうしていると、殿下が、靜かに手を離した。

「……悪い」

短く告げられた謝罪は、やはりどこまでも殿下らしくはない。

が隠しきれていないであろう私の表を無視して、殿下は笑った。

「というわけで、これからはアイリーンと呼ぶ」

「何が、というわけで、ですか。文脈ってご存知です?」

「俺の中では繋がっているから問題ない。拒否権もない」

「……せめて、人前では控えてください」

「善処する」

そう言って楽しげに微笑む殿下に、今までの様子はかけらもない。きっとれられたくはないのだろう、ということを察して、私も追及はしない。

親しき仲にも禮儀あり、と言う。なんでも話すことは必ずしも得策ではない。

親しき仲、なんて自分で思ってしまったのは癪だけれど。悔しいけれど。

結局私は、々と文句を言いつつも、殿下の隣で過ごす時間を、それなりに楽しんでしまっていたのだ。

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