《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第11話 どうやら緒は行方不明らしい
しばし、焦點が合わなかったその目も、やがて、真っ直ぐに私を抜く。薄いが、ゆるく、弧を描いた。
「アイリーンが泣いている姿を見るのは初めてだな」
「そんな話をしている場合ですか?!」
止まらなくなった涙を拭おうとするも、無駄で。みっともなく溢れ出る涙を、億劫そうにのばされた殿下の指が拭った。
「これもこれで悪くないが、俺が泣かせたかと思うと複雑だな」
「ふざけないでください!」
「じゃあ至って真剣に。ありがとう、アイリーン。おかげで、俺はまだ生きてる」
「どうして、私を庇ったんですか。私なら、大事にはならなかったのに。ちょっと皮のが気持ち悪くなるくらいで終わったのに」
「それが、が勝手に」
「こんな時まで冗談はやめてください」
しゃくり上げながら必死で笑う私を、ぐっと殿下が引き寄せた。その力はいつもより弱く、私のはかない。
初めて、自分の意思で殿下に近づいた。
「冗談じゃない。……好きなくらい、庇えなくてどうする」
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「……え」
「お前のそんな顔、初めて見たな」
楽しそうに笑った殿下が、億劫げに上半を起こす。
「婚約者がいると思って諦めてたんだが、もうその必要もなさそうだからな」
ゆるりとばされた指先が、そっと私の濡れた頬をなぞる。
「で、返事は」
「……分かってますよね」
「ああ。でも、俺は聞きたい」
「………………好きです」
どうにか絞り出した言葉は、聞いたことがないくらいに掠れていた。恥ずかしさに顔を覆う。照れ隠しのように、言葉を続けた。
「……どうしてこんなに緒がないんですか」
「緒をおみだったか?」
楽しげに笑った殿下が、引き寄せた私の手を取った。そのまま、ふ、と微笑んでを寄せる。
「アイリーン。してる」
彼の瞳がけ、上目遣いに私を見つめる。
「……殿下のくせに」
「お前が緒を壊してどうするんだよ」
そう文句を垂れている殿下の頬が、うっすらと染まっていることを私は見逃さない。
そっとを寄せた。至近距離で、ふっと微笑む。
「私も、してます」
「……アイリーンのくせに」
「やられてわかりましたが、なかなかに腹立ちますねこれ」
笑ってみせるけれど、きっと照れ隠しなのは悟られているだろう。
「殿下!」
凄まじい絶に、思わず飛びのいた。見れば、扉が大きく開け放たれていて、わらわらと人が集まっているのが見えた。どうやら、殿下が目を覚ましたことに気がついたようだ。
そのまま勢いよくこちらに來ようとする集団を押しとどめる。これでも、この人は病み上がりなのだ。病室では靜かにと、習わなかったのだろうか。
すごすごと下がっていく集団を橫目で見ながら、丁寧に彼の容を確認した。力を激しく消耗しているくらいで、目立った異変はない。一応、醫者を呼んで確認してみるも、判斷に変わりはないようだった。
ようやく、息をつけた。目を閉じて、崩れ落ちるように座り込む。醫者には大口を叩いたけれど、私だって、人間相手に、ここまで重大な癥狀を出した人の治療はしたことがないのだ。
あの場においては、私が適任だった。けれど、私で十分だったかと問われると、その自信はない。全てうまく行ったからよかったと、無責任にも安堵するしかないのだ。
できるだけ早くつてを辿って、きちんとした専門家を呼んだ方が良い。
突然、出り口の周りがざわめいた。
ゆっくりと人が左右に分かれ、その間から1人のが早足に歩み出てくる。
「エリザ様」
「……」
呼びかけても、返事はない。
「このなのよ!」
金切り聲を上げ、突然に私を指さす。いくつもの視線が、私につきささった。
「このが、変薬を私に飲ませようとしたの! それでもみ合いになって、偶然殿下に!」
「エリザ嬢、と言ったか?」
その目が大きく見開かれ、いつの間にか上半を起こしていた殿下へと注がれる。その驚愕の表から察するに、殿下が回復していたことは知らなかったようだ。
「な、なっ……」
「先程から、聞き捨てならないことばかり聞かされているようだが」
「だって、助からないって聞いてたわ!? なんで生きてるのよ!?」
「失禮な。まあ、アイリーンがいなかったら死んでただろうがな」
不敬がすぎる。失禮極まりない言葉遣いと態度に、肝が冷えたが、當の本人が楽しそうにしているのでどうでも良くなった。はらはらするのも面倒だ。
「普通の人間だったら、あの量の変薬を同時に浴びたやつの解毒なんてできないだろうさ。々あって公開できなかったが、アイリーンはこの道にかけては最強だと知らなかったか?」
まあ知っていたら、こんな暴挙には出なかっただろうが。
そう言って楽しそうに笑う殿下を見て、確信する。この人、楽しんでいるのではなく怒っている。しかも、結構、私の見たことがないくらいの怒り方だ。
「そ、そもそも! 殿下はなぜ変薬など元から服用されていたんですか?」
無理やりに口を挾めば、じろりと冷たい視線を向けられた。しまった、これは火に油を注いだかもしれない。何をしらじらしく、という聲が聞こえてきそうだ。
「試すため、だな」
「どういうことでしょう?」
「俺の正に気づいたら合格。気づかないまま終わったら不合格。これからの執政の參考にする。それだけだ。一応、これでもそれなりのヒントはばら撒いてたからな? 基本的に偽の皇太子の獨斷はじてるから、必ず俺に一度話が通ることとか。どんな些細なことであっても、皇太子がその場で即斷しなかったことに気づかなかったか? そもそもあいつ、時折俺の方見てくるし。おいアイリーン、白々しい芝居はやめろ」
「…………すみません」
ざわり、と揺が走る。
「ではアイリーン様は、殿下だと気づいてらしたのですか!?」
「ええ、まあ。一応、留學時代の友人ではありますので」
「人って言えよ」
再びの、揺。
やめて、場を掻きさないで。いいじにまとまりかけていたところを、再び混に叩き落とすのはやめてほしい。
「誤解すんなよ、アイリーンが黙ってたのは俺が口止めしたからだ。むしろ、王國のために頑張ってたんじゃないか?」
「も、しかして。アイリーン様が必死で地味眼鏡を訂正して回っていたのは、我々に殿下の正を気づかせるためですか?」
「……ええ、そうですわね」
「では、アイリーン様が慕っていらっしゃるという噂は」
「それは間違ってないな」
殿下は黙っていてほしい。何もしていなくても、場を滅茶苦茶にする天才なのだ。
「そして、この國は俺の正に最後まで気づかなかったどころか、王太子の婚約者に毒殺されかけたと」
そう言った瞬間、空気が凍った。
私もだ。正直、殿下がどうくか想像がつかない。ずっと私の隣にいたのはヴィクター様であって、為政者としての皇太子殿下ではないのだ。そして彼は今、そうしてこうとしている。
「まあ、それはここでする話でもない。政治的云々は、そちらの責任者とやるさ。大聲で言うようなことでもないしな。俺自皇太子ではあるが、最高責任者ではない。まあ、俺がそもそも変してっていた時點でこちらにも非があるし、狀酌量の余地はあると思ってるが。そちらの責任者と相談して、なんらかの結論を出すさ」
ふっと、の力が抜けた。とりあえず、今すぐに彼が罪を問うつもりはないということだろう。
周りにいる人もそうだったようで、皆安堵の表を隠さない。
「ああでも、アイリーンに謝しろよ? もし俺が死んでいたら、そんなことも言っていられなくなっていただろうからな」
「はい。寛大な処置、謝いたします」
代表して頭を下げたのは、偶然居合わせたのだろう、この國の宰相だった。
ゆるりと場が解け、解散の空気になり始めたのだが。
「ああ、エリザ、だったか。殘ってくれ」
そう言った瞬間に、ぴたりと、空気が凍った。
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