《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第15話 心當たりがありすぎる

「まずは、お前の依頼主を吐いてもらおうか」

「なぜ答えると思った?」

「お前が、暗殺者だからだ」

私も、ゆっくりとヴィクター様の隣に腰を下ろす。

「金は積む。お前にアイリーンの暗殺を依頼した料金の、倍でどうだ?」

「……」

「そうですね……。『手に馴染んだ剣』。一切私を挾まず、どんな相手であろうと依頼されれば躊躇なく殺す。かつての依頼主であってもお構いなし。忠誠心なんてものは持たず、手に馴染んだ剣のように、従順に人を殺す代わりに磨かれ、手れされ、生きていくもの。……そうですよね、暗殺者レオ? まあ、本名かどうか私には分かりませんが」

「……最初から、お前らの手のか」

「さて、どうでしょう」

私を狙っている者がいるとヴィクター様に教えられたのが、し前のこと。

どうやら、ライアン様が一早く気が付いたらしい。彼の護衛騎士としての腕前は、ヴィクター様も認めるほどだという。

正直に言ってしまえば依頼主に心當たりはあるのだが、手っ取り早い証拠がしかった。私の暗殺なんて短絡的な手に出てきた彼の弱みを握れるなら、是非やるべきだとヴィクター様を説得した。

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結婚式の日。正式な他國を招いての結婚式はまだ先だが、ヴィクター様が強引に決めた國での小規模な式が行われた、今日。

小規模と言っても、ヴィクター様の覚での小規模だ。私からすれば、小規模などと言って私を説得したヴィクター様を毆りに行きたくなるような規模だったが。さすがに結婚式の日に新婦が新郎を毆るのはまずいだろうと思って自重した。

つまり、普段に比べて人の出りが多く、部外者が忍び込むのには格好の日だった。加えて初夜ともなれば、部屋の周りにいる人は、普段に比べてぐっと減る。何より、いざ初夜のために部屋に向かえばする妻がを流して倒れていた、なんて最悪のトラウマを植え付けるには、二度と結婚なんてしたくない、と思わせるには、最適の日。

狙われるなら今日の夜だと確信し、加えてしばかり餌も撒いた。ヴィクター様の餌の撒き方が手慣れ過ぎていて笑ってしまった。絶対に慣れているだろうと確信した。

「3倍だ」

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「……分かった。3倍だ」

3倍出せばくだろう、と楽しげに笑っていたヴィクター様の橫顔を、じとりと見上げる。本當に、なんでこんなに手慣れているのだこの人は。

「証拠は」

「ん?」

渉するだけしといて、殺されても困る」

「だが俺としても、ここでお前を解放して、逃げられても困るんだが」

「いくら話しても並行線でしょう。折れるべき立場は、どちらですか」

「……あー、分かったよ。話すから」

殺すなよ、とぶつぶつと呟いた彼は、その貌に似合わぬ暴な口調で吐き出した。

「ヴァージルだよ。ヴァージル・エルサイド」

想像通りすぎる答えに、ヴィクター様と顔を見合わせて、苦笑した。

ヴァージル・エルサイド。

エルサイド帝國第二皇子にして、ヴィクター様とは腹違いの兄弟。冷たい目をした彼の姿を初めて見たのは、確か私がエルサイド帝國に嫁いできて最初の式典だったと思う。

私を品定めするような、それでいて明らかな敵意を含んだ、失禮な眼差しが印象的だった。とても、遠路はるばる帝國まで嫁いできた、兄の婚約者に向けるような目ではなかった。

「アイリーン・セラーズか」

「はい。お初にお目にかかります、ヴァージル殿下」

きちんとした式典は終わり、緩やかに場が解け始め、夜會のような狀態になった頃。ヴィクター様が知り合いの貴族に聲をかけられ、し離れる、と言って一瞬私の元を離れた時。

ゆっくりと私に近づいてきたヴァージル殿下に、聲をかけられたのだ。

あまり、似ていない兄弟だった。

顔立ちはきっと母親似なのだろう。ただ一つ、その目のだけが同じだった。けれど、ヴィクター様とは全く違う溫度をもって、私を見下ろしていた。

周りも、あからさまに見つめることこそしないが、こちらを気にしているのは分かった。それも、當然の話で。

ヴィクター様に子供がいない以上、この國でヴィクター様の次に継承権を持つのはヴァージル殿下だ。今まではヴィクター様がずっと婚約者を拒否していたと聞いているから、きっと、次は俺が、という期待があったのだろう。

けれど、そこへ、私が現れた。

自分で言うのも恥ずかしいが、明らかに溺している婚約者。

自分で言うべきではなかった。改めて自分で言ってしまうと恥でおかしくなりそうだ。加えて、思い上がっているのようで恥ずかしい。やめよう。

訂正する。そのヴィクター様が、婚約者を迎えた。

そうなれば、ヴァージル様が焦るのも自然なことだ。ヴィクター様と私の間に子が生まれ、ヴィクター様が即位すれば、第一継承権は私たちの子供に移る。一度そうなってしまえば、きっとヴァージル様が帝位を得ることは一気に難しくなる。

私を敵視するのは當然のことだった。なんなら、一番私を拒む人はこの人だろうと思っていたから、今更なんとも思わないのだが。

冷たく私を見下ろす目を見つめ返した瞬間、その口が開いた。

「場所を変える。ついてこい」

斷るわけにもいかず、渋々彼についていく。ヴィクター様が戻ってきたら、あの場にいた誰かが教えてくれるだろう。

辿り著いた場所は、裏庭だった。

式典の會場から聞こえる喧騒がしだけ遠くなり、寒さに私は軽く自分のを抱きしめた。

そのきをどう解釈したのか、ヴァージル殿下が冷たく問う。

「どうやった」

「……何が、でしょう」

「どうやって、あの兄上に取りった」

取りる。

その言い方がどうにも不快だったけれど、さすがに表には出さない。私もそこまで愚かではない。

「ヴィクター様は、私のことを選んでくださいました。ただ、それだけです」

答えになっていないのは承知している。けれど、答えもないのだ。別に、取りってなどいないのだから。

案の定不快そうな表になったヴァージル様を、挑戦するように見上げる。

どちらにせよ、私がヴィクター様に嫁いだ時點で、この人との確執は確定していた。別にんではいないが仕方ない。ただ面倒なだけだ。

私がどれだけ丁寧にこの人を立てたところで、戦いは避けられない。

それを理解した瞬間、丁寧に接する気が溶けて消えた。見事に、なくなった。不敬と言われない程度に接していればいいだろう。

開き直り、空っぽになった心で、私はヴァージル様の言葉をける。

「実は、スレニアと繋がっているのではないか?」

「……何を、おっしゃっているのか分かりかねます」

「スレニアの人間が、兄上を暗殺しかけたと聞いている。そいつと手を組んで、兄上をたぶらかして、このエルサイドを掻き回すことを狙っているのでは?」

そういう理屈があるのかと、純粋に驚いた。

「私がヴィクター様を騙していると、そうおっしゃるのですか?」

「可能はあるのではないか?」

「それは、ヴィクター様が私に騙されているというのと同じ意味だと、ご理解いただけます?」

「それはそうだろう。言葉遊びか?」

本気で理解していない様子の彼に苛立った。察しの悪さは、似ていない。

「ヴィクター様が、國家の転覆狙いで打算的に近寄ってきたも見抜けず、婚約者として國に連れ込むような方だと、そういう意味ですか?」

「……っ」

言葉に詰まったヴァージル殿下を見上げ、さらなる言葉を紡ごうとしたところで、聲がかかった。

「ヴァージル」

「兄、上」

暗闇の中で向き合う兄弟の姿。けれどその間の雰囲気は、兄弟同士のそれではない。今にも火花が飛び散りそうというか。燃えそうなものを撤退させておくべきだというか。

「俺の婚約者に、何の用だ?」

「いえ。家族となる彼と、し話をしていただけです」

「そうか。……アイリーンを、傷つけるなよ」

しだけ低くなった聲で、ヴィクター様は囁く。それを聞いた瞬間にぐっと顔を歪めたヴァージル殿下は、足音も高らかに、苛立ったように離れていく。

そこに私の姿は全くっていないようで、どっと疲れた。なんだったんだ今のは。てっきり政略的な渉とか、私自の立ち位置の探りとか、そういうものが來ると思っていたのだ。そのためにも、しっかりこの國の貴族の立ち位置は頭に叩き込んできたのに。

これでは、本當にただ文句を言いにきただけだ。いや、本當にその通りなのだろうが。

「相変わらず気持ちのいい毒舌だな」

「褒めてませんね」

「褒め言葉だよ。さすが俺の婚約者」

「……っそう言えば私が何も言えなくなると思ってますね」

「何も言えなくなるのか、いいことを知った。なあ、婚約者さん?」

そう言って楽しげな笑いを浮かべたヴィクター様が、私の顔を覗き込む。暗闇の中でもはっきりと赤くなっているであろう顔を見られるのが恥ずかしくて、咄嗟に押しのける。

「ひどいな」

ぶつぶつと文句を言いながらも、ヴィクター様は私から離れた。そうして、手を差し出す。

「夜の散歩でもどうだ? なかなか緒があるだろう?」

「もしかしなくても、まだ気にしてます?」

「一世一代の告白を、緒がないと一掃された男の気持ちが分かるか?」

「…………照れ隠しだと、分かっているでしょう」

「ああ」

飄々と笑う殿下を、睨みつける。ヴィクター様にエスコートされるまま、ゆっくりと夜の庭園を歩く。

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