《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第20話 さすがに冗談だと思っていた

「そこのお兄さん! ほら、綺麗な奧さん抱いたお兄さんだよ! ちょっと見てかないかい!」

「可いだろ?」

「可い可い! それで、どうだいこれなんか!」

「綺麗だろ?」

店の商品を売り込みたいらしい男と、私を自慢したいらしいヴィクター様の間で、私はぐったりと疲れ切っていた。

最初こそ暴走するヴィクター様を止めようと四苦八苦していたのだが、途中で諦めた。こうなったこの人を止めるのは、誰でも不可能だ。諦めの心で全てを無視する技につけた。

私が何かを話そうとするたび、視線が集まるのだ。私のきはやはり、目立つらしい。そうなってしまうとくことすら憚られて、私は人形のように大人しくヴィクター様に抱えられていた。

初めて見る下町は、驚くほどに人でごった返していた。夜會などに行けばそれなりに人もいるが、ここまで人が集まっている姿はほとんど見ることはなく、初めて見た景は新鮮だった。もちろん、スレニアとエルサイドの違いもあるのだろうけれど。

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話し方も、服裝も、仕草も、何もかもが見慣れないものすぎて、驚くことしかできない。こんな世界に違和なく溶け込んでいるヴィクター様は、実はすごい人なのかもしれないと思う。

人だかりができていると思ったら、中心にいるのはレオだった。甘い微笑みを振りまくレオと、周りに群がる。素晴らしく目立っている。本當に正解だったかこの人選。

逆に、ライアン様の周りはそっと人が避けていく。心なしか、彼の周りだけ暗い気がする。人がいなすぎて、一周回って目立っている。

視察とは、なんだっただろうか。

何度か繰り返した問いの答えを教えてくれる人は、いなかった。

「ほらお兄さん! これなんかおすすめだよ、ガーディナのブレスレット! 可い奧さんに、どうだい!?」

「へえ」

そう言ってヴィクター様が、私を用に抱えたままそれを手に取る。

「意外とちゃんとしてるな。どこで手にれたんだ? しかも、こんなにたくさん」

「それがさ、ガーディナの商人がたくさん売ってくれたんだ。俺だけにってな。あっ、他のやつにはいうなよ? 人気だし手編みだから、普通こんなに手にるもんじゃないだろ? どうだい、奧さんに」

「どんな商人だった?」

「お前さん、もしかして同業者か? それはちょっと教えられないな」

そう言ったきり貝のように口をつぐんでしまった商人の片手に、ヴィクター様が貨を握らせる。

「その、深い赤を」

ヴィクター様の指差した先にあるのは、繊細な編みのブレスレットだった。

細い糸が何本も差して、複雑な模様を描き出している。青や黃といった華やかな合いの多い中で、落ち著いた赤と、紅茶、とでもいうのか、き通った赤みのある茶で編まれたそれは、ある意味で目立っていたけれど、私には一番好ましく思えた。

「お、奧さんのだね? いいじゃん」

「教えてくれよ、どうしても彼にもう一個贈りたいんだ。他にもいいやつあったら、あんたにも融通するからさ」

「……わかった、にしろよ」

そう言って挙がった名を聞いたヴィクター様の表がほんのしだけ強張ったのを、私は見逃さない。

店主は気づかなかったようで、満足げに約束だぞ、と笑っている。おう、と答えたヴィクター様の瞳が、何かを考えるように遠くを見た。

けれど、彼が私に何かを言うこともなく。機嫌よく笑った店主に渡されたそのブレスレットは、ヴィクター様の服の中にしまわれたきり。

きっと、何か気にかかることがあったのだろう。けれどそれは、私にわざわざ言うことでもなかったのだ。

そう分かっていても、しだけ、棘のようなものが刺さる。

それからヴィクター様に変わった様子はなく、気のせいだと思ううちにそのもゆっくりと遠のき。

一日中歩き回った、と言っても私はほとんどいていないのだが、不快ではない気怠さと疲れをじながら、大きな宿にたどり著いた。

ヴィクター様が事前に予約していたらしい。宿屋は報が集まる、とヴィクター様は言っていたが、どうせなら泊まりがけで楽しみたい、と言うのが半分くらいだろう。

けれど、しだけ、り口の様子がおかしかった。

玄関前でめている人がいるのだろう。怒號のような聲と、何かがぶつかる音がする。

「おい! 部屋がないって、どういうことだ! 俺は確かに予約したぞ!」

「俺もだ! 俺の部屋だ! 勝手に奪うな!」

ゆっくりと近づけば、段々とその聲が聞き取れるようになった。

察するに、どうやら宿の人の手違いがあったようで。一つの部屋に、複數の予約をれてしまったらしい。しかもどちらも意地になっているのか、怒號は止まらない。

「そんなに、大人気の宿でもないはずだが」

頭の上でぼそりとこぼされたヴィクター様の言葉に、小さく見上げればなんでもないと言うように首を振られる。

その目は、晝間と同じをしていた。

「あの」

「何事だ?」

私がヴィクター様に聲をかけたのとほぼ同時に、ヴィクター様が集団に向かってぶ。悪い、というように視線で謝られて、私は首を振った。

「聞いてくれよ、この宿が間違えたとかで、俺の部屋だったのにこいつのもんだって!」

「何言ってんだ、俺の部屋だろう! 追い出されたらどうすればいいんだよ、今日一日宿無しか?」

「あんたら、商人か?」

「宿屋に泊まるって言ったら普通そうだろうよ、馬鹿か兄ちゃん」

あなたが馬鹿だと言ったのはこの國の皇太子ですよ。

心の中で呟いてみるも、気持ちは晴れないまま。

「そうだな、よくわからんことを聞いた。ガーディナからか?」

「……まあ、そんなとこだ」

しだけ開いた間に、ヴィクター様が訝しげに眉を顰めたのが分かった。

「それより、部屋だよ部屋! どうしてくれるんだ!」

「そうだよ! 俺は困ってるんだ!」

勢いよく振り上げられた、1人の男の手から、その荷が離れた。

何か重いものがっているらしいそれが空中を、真っ直ぐにこちらに向かって飛んでくる。

私は當然戦力外。困ったことに、ヴィクター様の両手も塞がっている。

もしかして、かなりまずい狀況だったりするのだろうか。妙にゆっくりとして見えるその荷を、ぼんやりと見つめる。やがて襲ってくるであろう衝撃に備えてを強張らせた瞬間、目にも止まらぬ速さでその荷が叩き落とされた。

ばん、と、中が心配になるような凄まじい音がした。風圧でふわりと舞った紺の髪が、すぐに元に戻る。研ぎ澄まされた同じの瞳が、ふっと緩んで垂れた。

「あんた、熱くなるのはいいけど、それくらいにしな。他の人に怪我させたらどうすんだよ。この人、奧さん傷つけられると怖いぞ」

彼らしくなく荒っぽい口調のライアン様に、絶句した。

ずっと昔に、ライアン様がどれくらい強いのか、ヴィクター様に聞いてみたことがある。

曰く、5戦やって1戦とれるかどうか。ヴィクター様の人間離れした強さを知っていた當時の私は、流石に冗談だろうと思っていたのだが。

今のきを見るに、冗談ではないのかもしれない。

ライアン様の思わぬ一面に絶句する私を目に、話は続く。

「悪かったって、にしてもあんたすごいな。兵士かなにかか?」

「そんな大層なもんじゃないって。趣味みたいなもんだ」

「にしてもすげえよ!」

した様子の2人。

「ほんとにすげえ! お前みたいなすごいやつなら、どんな問題でも解決できそうだな!」

「いや、それはさすがに」

「おう! 例えば、部屋が足りなくて困ってる、とかな!」

何やら怪しくなってきた雲行きに、ちらりと橫目でライアン様を見る。

先ほどまでの研ぎ澄まされた瞳はどこへやら、困ったように垂れた瞳と、ありありと同を滲ませたその顔。

嫌な、予がした。

「いや、そんな何でもなんて」

「お前みたいなすごいやつならできるだろ? ああ悪い、これだと何とかしてくれって言ってるみたいだな! そうじゃないんだ、ただの想だ! わりい! 俺は俺で部屋を探すからさ、最悪野宿だけどまあいいさ!」

「……」

ゆっくりとこちらに歩み寄ってくるライアン様に、嫌な予が現実になったことを理解する。

「あの、で、いやエリック。部屋って、いくつとってたか?」

ヴィクター様は、ふう、と深い溜め息を吐く。

「……お前、人が良すぎるってよく言われないか?」

「……」

「だから巻き込まれ質なんじゃないか?」

「……」

「わかった、わかったからそんな顔するな。2つは取ってるよ!」

ライアン様の圧倒的巻き込まれ質は、どうやら本人にも原因がある。間違いなくある。

ふらりとこちらに戻ってきて事を察したらしいレオと、ヴィクター様の深い溜め息が、見事に重なった。

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