《【電子書籍化】殿下、婚約破棄は分かりましたが、それより來賓の「皇太子」の橫で地味眼鏡のふりをしている本に気づいてくださいっ!》第47話 閉幕の時は、訪れる

ゆっくりとその姿が変化していく様子を、誰もが息を呑んで見つめていた。

鋼、とでもいうのだろうか、やや黒みがかった銀髪は肩よりし長いくらい。同じの瞳と、憐悧な印象を與える細い顔。冷徹な參謀、といった印象だった。

「……違う」

「何が、違うんですか」

「お前が、変薬をかけたんだろう!? これは解除薬じゃない、変薬だ! 俺を陥れようとしてるんだろう! お前は変薬の専門家だ、これくらい簡単なはずだ!」

「あのですね」

すっと目を細めて見せた。

「どうして、私が変薬の専門家だと知っているんです?」

「……」

「私、これでもそのことは隠していたんです。開発していたのはまだスレニアの公爵令嬢だった留學時代ですし、ヴィクター様という後ろ盾もありませんでしたから。とある研究所に委託して、私の名前は一切出しませんでした。エルサイドでも、知っている人はごく僅かなはずです。その事実を、どうしてあなたが知っているんですか?」

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「そ、れは」

「それが、変薬について深く調べたことがあるという、何よりの証明ではないですか?」

「どうして」

「どうして?」

「どうしてそう思った! 噓だろう? 憶測だろう?」

破れかぶれというか、もはや無駄な足掻きにしか思えないけれど。ユースタス殿下、ではないかもしれない、まあとにかく彼が私に問う。

「最初に違和を持ったのは、匂いです」

「匂い」

「私の解毒薬は、特有の甘い匂いがします。當然ご存知だと思いますが。それを誤魔化すために、相當強い香を重ねていましたね。……ハンカチに、しっかりと染み付くくらいに」

お返しできずすみません、と私は笑う。

「あの香り、相當ユースタス殿下に似合ってませんでしたから。他の服裝は落ち著いたものでしたから、しばかり違和があったのです。それくらいなら、気にも留めなかったと思いますが」

あの日。ヴィクター様が調を崩したあの日、ユースタス殿下もまた、調を崩していた。

「変薬を重ねて飲んでいたヴィクター様の不調と、殿下の不調に、しばかり似ているところがありました。癥狀もそうですが、時期や時間帯も。細かく挙げればきりがないのですが、そういう小さな違和が積み重なって、し調べてみることにしたんです。そうしたらですね」

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研究所に問い合わせて、顧客リストを送ってもらった。

け取ったリストに、しばかり不審な點がありまして。不自然な流れと言いますか、明らかに収支が合わないんですよ。そこでヴィクター様に相談して、調べてもらいました。でしょう、ヴィクター様?」

「ああ。明らかに、一部がガーディナに持ち込まれていた。しかも、結構な量が一箇所に。その先がどこだったかは、もはや言うまでもないだろう」

「解毒薬は確かに私の元でしか手にらないかと思いますが、隨分と危ない橋を渡ったものですね」

「大方、俺を失ったアイリーンが抜け殻になると予想してたんだろうな。今は元気すぎるくらいに元気だが。たまには素直になってくれても良いんだぞ」

すぐに話を線させようとするヴィクター様を、橫目で睨む。

「と言うわけで、です。ユースタス殿下、まだ、民は自分についてエルサイドと戦うとおっしゃいますか?」

「……」

「そうだな、その容貌からすると、お前は宰相の子孫か」

「……っな!」

あっさりとヴィクター様が放った一言に、ユースタス殿下の表が歪む。

「當たりか」

「……」

「ガーディナ宰相家、か。々と黒い噂が絶えないな。歪んだ王への忠誠は、全て宰相家主導のものだったと聞いているが? 実質、実権を握っていたのが宰相家だとも。そういえば今回お前は相當な信者を作り出したようだが、例の香を使ったのか? 先祖代々、け継がれたりしているものなのか」

まあ、王に近しい人の子孫だとは思っていたけれど。宰相家、というのはさすがに予想外だった。

「目的は権力か、復讐か。俺の予想では復讐だが」

「確かに、もしこの方法が上手くいっていれば、ヴィクター様はもちろん、ヴァージル殿下まで始末できたわけですから?」

「ああ。ユースタス、ああ本名かどうかは知らんが、お前の目的は、エルサイド皇族への復讐。それで、合っているか」

虛ろな目でこちらを見つめていたユースタス殿下の鋼の目に、明らかな熱が燈った。

「そうだ」

そのが、堅く引き結ばれた。

「こうなったらもうどうでもいい。その通りだ、憎きエルサイド!」

「……」

「お前らは侵略者だ! 俺の國を滅茶苦茶にして楽しかったか! 他者から奪うことしか知らない盜人が!」

「俺の國、か」

「そうだ俺の國だ! お前らはどれだけのを流した? 自らの利益のために何を犠牲にした! 死んでいったガーディナの民の苦悶の聲の上に、どうして平然と生きていられる?」

「では、ユースタス・ガーディナ、お前は國のために何をしようとした?」

「俺はガーディナの復興を目指した! これほど國のために素晴らしいことができるか? 破壊じゃない、再生だ! 奪うんじゃない、作り上げるんだ! 侵略者とは違う!」

ヴィクター様が、すっと目を細めた。

知っている。これは、本気でヴィクター様が怒っているときの顔だ。

「國は、じゃない」

「は?」

「國はな、民の集まりだ。そこを履き違えるな」

「何を」

「民にとってはな、そこがエルサイドだろうがガーディナだろうが、どうでもいいんだよ。彼らが國に目を向けるのは、その生活が苦しくなった時だけだ。彼らが大切にするのは家族であり近しい人間で、誰が國を収めているのかなどどうでも良い。求められているのは良い為政者であって、エルサイドの皇族でもガーディナの王族でもない。この意味が、分かるか」

「……」

「言い換えようか? ここを治めているのが、エルサイドだろうがガーディナだろうが、民は気にしない。妙な洗脳をされない限り、な。生活が苦しくなれば為政者を恨み革命を願い、楽になれば王を讃える。それだけだ。ガーディナの王族としてエルサイドと戦うことで、ここに住む民が歓喜すると、それが民にとって素晴らしいことだと、お前は思ったのか? そしてな、これは俺の意見だが」

ヴィクター様が、真っ直ぐにユースタス殿下を見つめた。

「國があって民があるんじゃない。民があるから、國があるんだ」

「……ありえない」

「この考えが異端なのは理解してるさ。だが、俺は民と、皇太子としてではなく、対等な関係で接することで、そう確信した」

ゆるりと、ヴィクター様が私の腰を抱き寄せた。突然のことにびくりとを震わせた私を落ち著かせるように、その手がゆっくりと私の髪を梳く。

久しぶりのしい銀の髪に、思わず目を奪われた。

「俺はな、國のためではなく、民のためにきたい。國を治めてるんじゃない。治めさせてもらってるんだ」

この人が語る國の姿は、確かに異端なのかもしれない。

けれど私には、それが、この上なく素晴らしいものに思えた。

「侵略者だった時代は確かにある。その理由は々とあるが、それによって多くのを流したのも事実だ。だがな、その事実は今更変えられない。それだったら、今あるこの國を、良いものに変えることに、俺は全力を盡くす」

「……」

「無論、ガーディナも。この場所も。しでも多くの民が、幸せに暮らせる場所に」

ゆるりと、ヴィクター様が視線を巡らせた。

會場に集まっていた、多くのガーディナの貴族。彼らを見て、ヴィクター様は語りかける。

「エルサイドが、ガーディナを武力で侵攻したという事実は変えられない。それに対して恨みを持つことは當然だ。俺もそれはける。謝罪もむのであればする。だが、この先のことを、どうか考えてはくれないか」

しん、と靜まり返った會場の中。

多くの人が、ヴィクター様に目を奪われていた。隣にいる私も、ユースタス殿下でさえも。

「どうか、俺を信じてほしい。ガーディナも、かつて併合した屬國ではなく、エルサイドの一部として、その安寧のためにできることをすると、この場で誓う。だから、エルサイドをれてくれないか。ともに、同じエルサイドとして、民が苦しまなくて住む國を作ることに、協力してはくれないか」

ヴィクター様が口を閉じれば、あとは沈黙だった。

一拍おいて湧き上がったのは、歓聲だった。

何を言っているのかなど何もわからないけれど、時折、ヴィクター殿下、という言葉だけが聞き取れた。

見上げれば、ヴィクター様はしだけ照れたように笑った。大方、こんなのは俺らしくない、とでも思っているのだろう。

「もちろん、お前もだぞ」

ふっと微笑んで、ヴィクター様が私の頬にれた。

「お前には、誰よりも俺の近くにいてもらわないと困る」

思わず、微笑みが溢れた。抑えきれない喜びを滲ませた聲で、私は答える。

「はい。當然、です」

ぴたりと目を合わせて、私たちは小さく微笑んだ。

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