《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》1 ・キャナリーと不愉快な仲間たち
この作品は文庫、コミカライズ作品と大筋のストーリーは同じですが、違っているところも多いです。しでもよいものにと大幅に改稿したためですので、ご了承ください。
こちらはWeb版として楽しんでいただければ幸いです。
「ねえ、レイチェル様、存じ? 最近ようやく、下々の町にもゴミ捨て場が作られたのですって」
「以前はなんでも窓から投げ捨てていましたものねえ。しは道が綺麗になると、よろしいのですけれど」
「本當に、そうですわね。でもブレンダもエミリーも、お食事中にそんな話、はしたなくてよ」
「ごめんなさい、レイチェル様。だって、つい思い出してしまったんですもの。アレを見ていたら」
しく著飾って髪を結いあげ、ひとつのテーブルを囲む三人の令嬢の目が、いっせいに同じ方向を見る。
(なんだか見られてる。まあ別にいいけど)
そこにいたのは、同じテーブルについている、キャナリー・マレット。この私だ。
ここは小宮殿の一角にある、白を基調にした、豪華で可らしい裝の一室。
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朝食のテーブルを囲んでいるのは、レイチェル侯爵令嬢。
エミリーとブレンダの、どちらも伯爵令嬢。そして私の四人。
私、キャナリーも現在は子爵家の養になっているので、一応は令嬢だが、実は森の中の一軒家の出だ。
薬草作りの名人の、ラミアという老婆に育てられたが、は繋がっていないらしい。
ラミアはケチで強で、私をこきつかってばかりいたが、なんだかんだ言いながらも私を十五歳まで育ててくれたので、悪人ではなかったと思いたい。
ただし、死ぬほど貧しい暮らしだったため、私はいつもお腹を空かせ、飢えていた。その覚は、今も変わっていない。
だからつい、出されたものはなんだって食べてしまうのだ。
それが生まれながらの、裕福な貴族の令嬢三人には、奇異なことに見えるらしかった。
「まあ、ご覧になりまして、レイチェル様。キャナリーったら、あの大きなおを、全部食べてしまいましたわよ!」
「見ましたわ、それどころかお魚の皮や、飾りの香草まで……あっ、あのおイモを一口で!」
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「すごい、わたくしあんなに食べられない……」
「わたくしもよ。小食だから半分も食べれば、もう苦しくなってしまいますわ」
「見ているだけで、めまいがしそう。あんなにぽいぽいお腹に放り込むなんて、本當にまるでゴミ捨て場のよう」
「どうぞ、なんとでもおっしゃって」
無視してもよかったのだが、あまりにうるさくなってきて、つい私は言い返してしまった。
「食べ殘すほうが、よほど見苦しいと思いますわ。それに、お料理を作って下さった方にも、失禮ではなくて?」
森のラミアの家では、かなりの野生児だった私だが、言葉使いや行儀作法は半年間、マレット子爵家で徹底的に躾けられている。
だからまどろっこしいと思いながらも、きちんとレディの言葉使いで応戦した。
んまあ、と三人は眉をつり上げる。
それぞれ顔立ちはおとなしそうで、品もよく、可らしい。ドレスもリボンも水やピンクの、淡く優しいだ。
だからそういう表をすると、余計に邪悪に見えた。
「料理人に失禮ですって? そのような下々のものに、なぜわたくしたちが気を遣わなくてはならないの?」
「そういえばわたくし、噂を聞きましたわ。キャナリー。あなた、子爵家に來る前には、どこぞの森の中にいたとか」
「本當ですの? いやだ、それではまるで獣のよう。マレット子爵も好きなことを」
「妖魔か、魔獣のでも引いていらっしゃるのではないかしら」
ほほほほ、と三人は、華奢な白い手で口元を隠して笑う。
確かに私は、自分の親がどこの誰なのか知らない。
なぜか私を引き取りたがり、半年前に養親になった子爵夫妻も、親らしいふるまいはまったくしなかった。禮儀作法を叩き込むための、家庭教師をつけただけだ。
しかしだからといって、言いたい放題言われる筋合いはない。
「人をけなしながらお食事をされるのが、あなたがたの考える禮儀なのかしら」
私はパンのかけらで皿のソースを綺麗にぬぐい、パクリと食べながら言う。
「こんなに味しいのに、勿ないこと。わたくしには、まったく理解できませんわ」
本來、私としては、もともとこの三人に対して、なんの敵対心も悪意もない。
ただ味しいからパクパクと、喜んで料理を食べているだけなのだ。
できればひとりでゆっくり味わいたいのだか、そうはいかない。
私たち四人がここに集っているのは、もちろん理由があった。
ここダグラス王國には、貴族の令嬢だけで構された、王立歌唱団がある。
その歌唱団の誰もが目指す頂點が、『四音(シオン)の歌姫』と呼ばれる、鋭のソロの歌い手、四人のポジションだった。
この『四音の歌姫』に選ばれることのメリットはなんといっても、いい縁談に恵まれることにある。
諸外國の王族などが來訪した場合にも歌を披するので、他國の貴族や王族に見初められ、縁組をすることもあった。
披會のときには必ず観客席に、王族や大貴族たちが、どっと集まる。
貴族たちが自分の子息に、あるいは青年貴族が自分自に、花嫁を選ぶ場でもあったのだ。
そして私も、その四人のひとりに選ばれてしまっている。
(それだけならまだしも、今年は特別なのよね……)
今日はその披會について、曲の順番などを決める打ち合わせのために、集まっているのだが。
私はその披會を想像して、溜め息をついた。
(世継ぎの王子様が、お相手を選ぶ機會と重なるなんて、多分何十年に一回なんだろうな。だから三人が殺気立つのも、わからなくはないんだけど。それが私の初めての披會に重なるなんて、迷な話というか、運が悪いというか)
私は『四音の歌姫』のひとりに選ばれてからというもの、三人にずっと口をささやかれ、目の前にいても暴言を吐かれ、いびり続けられてきた。
私の分が低いので、いじめやすかったのだろう。
しかし育て親のラミアのほうが、令嬢たちより五千倍は口が悪かったので、なにを言われようが、めげることはない。
レイチェルたちはもう料理には手をつけず、ねちねちとひたすら私をののしっている。
「まあ森出のゴミ捨て場令嬢に、貴族社會の禮儀が理解できないのは、當然かもしれないですわね。萬が一にもキャナリーをランドルフ王子殿下が選んだら、この國はおしまいですわ」
「いくらなんでも王子殿下は、そのように愚かではないと思います。きっと選ばれるのは、レイチェル様でしょう」
ブレンダの言葉に、あら、とレイチェルは、口元に笑みを浮かべる。
「そうとは限りませんことよ。ブレンダもエミリーも、充分に選ばれる可能がありますわ。こんなにしいのですもの。今日のお召しも、本當に素敵。ブレンダの、そのパールのネックレスも素晴らしいわ」
なんというあからさまなお世辭だろう。もう面倒くさいので、口に出すことはしなかったが、私は心の中でそっと毒づいた。
(あら、パールだったの。カエルの卵かと思ったわ)
私の心のつぶやきが聞こえるはずもなく、三人はなおも互いを譽め合う。
「私のパールなんて、たいしたものではありませんわ。エミリーのイヤリングはドレスにも合っていて、本當に素敵ですけれど」
(むしろ、耳からミノムシでもぶら下げたほうがお似合いだと思うけど。でもそれじゃミノムシが可哀想ね)
「いえなんといっても、おしいのはレイチェル様ですわ。アップにされた栗の髪の、なんてしいこと」
(本當に。まるで馬糞を積み上げたみたい)
私が心の中でツッコミ続けている間に、テーブルにはデザートが運ばれてくる。
ふっくらした桃に、つやつやとろりとした真っ赤なソースのかかった、ベリーのプディングだ。
そこで私はレイチェルたちのことはどうでもよくなり、目を輝かせてデザート用のスプーンを握った。
そうして私が、ぺろりと一つ目のプディングを食べ終えても、三人のお世辭大會は、まだ続いている。
「おふたりのようなセンスは大切よ。お歌にもそれは現れますもの」
「そんな、レイチェル様ほどではありませんわ。もちろん、下品な歌には下品な魔力しかないと思いますわ」
「ええ、本當に。歌の霊もそのような聲には、決して力を貸しませんことよ」
「多分レイチェル様のお歌には、素晴らしい魔力がひそんでいると思いますわ。わたくし、それを目の當たりにするのが、とっても楽しみですの」
「エミリーの歌聲にだって、きっと可らしい魔力がひそんでいてよ」
「よかったわ、わたくしたち。人並みの品は持ち合わせておりますもの、魔力もきっと品が良くてよ」
「ええ、どこかのゴミ捨て場とは違って」
ダグラス王國だけでなく、各國の皇族や王族には魔力があり、
魔道が使えるのだという。王族以外のほとんどの民にその力はないが、貴族の令嬢の歌聲には、魔力がめられていることがあるらしい。
この世界を作り、歌と音楽をつかさどる神でもある、といわれている、神イズーナ。
イズーナはのしい歌聲を聞くと喜んで、しもべの霊に命じ力を貸してくれる。というのが、この世界で信じられている神話だった。
貴族であれば、先祖に王族のを引く者もひとりやふたりいるだろうし、そのせいで歌聲に魔力が潛むこともあるのではないか、と私は思っている。
王族、貴族はしでも自分の子孫に特別なギフトを與えようと、花嫁には、歌聲に魔力をめた令嬢を探していた。
(でもお世継ぎの花嫁ってことは、いずれ王妃様になるってことよね。多分、今より監視されて、窮屈で、人にあれこれ言われる生活だと思うわ。この三人は、どうしてそんなものになりたいのかしら)
今は私のことをボロクソに言っているけれど、本當は腹の中では三人とも、互いのことなどこれっぽっちも認めてはいない。
普段はそれぞれ小姓や侍に、それぞれの悪口ばかり言っているのを私は知っている。
おそらく本當は、當人たちもそれをわかっているはずだ。
バチバチと火花を散らしながらも、歯の浮くような言葉で譽め合っているのが、首筋をバリバリとかきむしりたくなるほど気持ち悪い。
(なんて不愉快な仲間たち)
私はげんなりして、なるべくデザートがまずくならないよう、三人を見ないようにした。
(まあいいわ。ここにいるおかげで、こんなに味しいものばかり食べられるんだから)
私はこちらを見つめる、三人の冷たい視線をものともせず、ふたつ目のぷるぷるした桃のプディングをスプーンですくい、あーんと口を大きく開いた。
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