《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》5・森での出會い
當然のことだが、子爵家へ戻った私を待ちけていたのは、
激怒した夫妻からの絶縁狀だった。
顔も見たくない、とでも言うように當人たちは部屋へこもり、
召し使いのが書類を持って、私の前にやってくる。
「王立歌唱団から、永久追放の通知が屆いたそうです。そして今月のうちには、國からも立ち去るようにと」
ああそう、と私は力なくつぶやいた。
「わかってたわ。仕方ないわね」
「そしてこちらの、養子縁組解消の書類に、サインをせよとのおおせです」
私が通されたのは玄関をってすぐの小部屋で、訪問者を一時的に待たせる場所だ。
すでに自室にはらせるなと、夫妻は召し使いに命じていた。
「つまり高価なドレスやら寶石やらを、持ち出すな、ってことかしら。あんなにどっさり、持っていけるわけなんかないのにね」
苦笑して言うと、困ったように召し使いはうなずいた。
「舞臺でのお裝も、置いていけと言われました。でも、今お召しになっている外出著だけは、そのまま著て出て行ってよいとのことです。それから、これをお持ちになれと」
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差し出されたのは旅行鞄で、中には攜帯の保存食として焼かれた固いケーキと、チーズの塊がいくつかっていた。
「だからくれぐれも、子爵家の悪口をよそで言ったりせぬよう告げろと、固く命じられました」
「ふーん、なるほどね」
書類にサインをしながら、私は溜め息をつく。
要するに優しさなどではなく、用無しになった養を、ぐるみはいで追い出した、という噂を立てられたら困るのだろう。
この攜帯保存食のケーキとチーズは、手切れ金なのだ。
それを裏付けるように、召し使いは続ける。
「それから月に立ち去れとのお達しですが、その間も王宮や貴族の館付近はうろつかず、一刻も早く王國を出て森の家に帰るのが、キャナリー様のためだ。とも、おっしゃっておりました」
「よくわかった、って伝えておいて。心配しなくても、無慈悲にで追い出されたなんて、噓は言いふらさないからって」
「あの。それから」
「なあに。まだなにか言ってたの?」
そうではないんですけど、と言って召し使いはうつむいた。
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「い、いつも、お菓子を分けていただいて。ありがとうございました。なにかお返しをしたいのですが、私、なにも持ってなくて」
ポロ、と涙を零した召し使いを、私は思わず立ち上がってぎゅっと抱きしめた。
「いいのよ。その気持ちだけで充分。さあ、もう行かなきゃ。私と親しくしているのを見つかったら怒られるわよ。はいこれ、サインした書類。元気でね」
私はそう言うと彼のを離して書類を渡し、旅行鞄を持って、子爵家の玄関を出た。
♦♦♦
用意のいいことに、外には馬車がとめてある。
子爵家の紋章がった貴族仕様ではなく、平民用の辻馬車だ。
乗り込むと、町の端までの賃金はけ取っている、と者が言う。
よほど子爵夫妻は、私にさっさと遠くまで離れてしいらしかった。
観客たちの前で威勢のいいことも言ったし、表には出さないが、
悲しくないというわけではない。
様々なことを、家庭教師から學ばされつつ半年間、必死に練習してきた歌だ。
上手に歌えたと思ったし、聲もよく出ていたと思う。
それなのに拍手のひとつもなく、暴言だけが返ってきたのは辛かった。
しかし半日ほど馬車に揺られ、町のはずれに近づくにつれ、だんだん心が軽くなっていくのをじる。
「はー。せいせいした」
それが馬車から降りた私の、心からの本心だった。
舞臺裏での、レイチェルたちの得意そうな顔は悔しかったが、今となってはどうでもいい。
「でもまさか私の歌で、地響きが起こるなんてね。自分でも驚いちゃった」
それを考えると怒るより、むしろ笑ってしまった。
「なんでだろう。ラミアの家で歌ってたときには、あんなことなかったけどなあ」
考えながら、ひたすら私は足をかす。
王國とはいえ、たいして広い領地を擁する國ではない。
城下町にるのは、行商用の通行手形など審査が厳しいようだが、出るのは簡単だ。
城壁を出て宿場の多い町で夜を迎えると、のひとり歩きでは、盜みや暴漢に合うこともある。とはいえ宿に泊まるお金はない。
私は石段に座ってむしゃむしゃと、ドライフルーツの詰まった固いケーキを食べ、水飲み場から冷たい水をごくごく飲んだ。
「うん。これはこれで味しいわね」
そして日が暮れて暗くなると、裏道にってそこから宿の屋に上り、橫になりやすい場所を見つけて寢床にした。
季節が、凍えるほど寒い時期でなかったのは幸いだ。
便利な宿場の中での野宿は、険しい森の中で育った私にとっては、たいして苦にはならなかった。
(貴族向けのお料理やデザートが、もう食べられないことにだけは、正直、未練があるなあ。でもお腹が空いていれば、なんだって味しいけれどね。がからからに乾いていれば、馬の水飲み場の水だって、ものすごく味しいものよ)
家々の町燈りが消えていくと、今度は満天の星が浮かび上がる。
私はそれを眺めながら、いつの間にか眠ってしまった。
そんなふうにして二日目は宿場から宿場へ、三日目は農地から果樹園へと早足で歩いていくと、懐かしい森が見えてくる。
すでに旅行鞄のケーキもチーズも、九割は食べてしまっていたが、ここから先は私の庭だ。
どの辺りの樹にどんな果実がなり、キノコの群生地があり、味しい水の沸く泉があるのか、よく知っている。
「ただいま! 帰ってきたよ」
周囲の木々に明るく言って、私は窮屈な靴をぎ、鞄を持っていない方の手で持つと、足で歩いた。
いずれ著ている外出著もろとも、どこかに売りに行こうと思っているので、捨てたりはしない。
さくさくと草を踏み、もうしで懐かしいラミアの家、というところで私は立ち止まった。
「……です、頑張ってください」
「ああ、そのようだな」
青年がふたり、ラミアの家に向かって、よろよろと歩いていたのを見つけたのだ。
どちらも長だが、ひとりはひとりに肩をかし、今にも倒れてしまいそうだ。
森に迷うか獣に襲われて、見つけた空き家を避難所にしたいのかもしれない。
「ちょっと待って!」
私は駆け出して、聲をかける。
「ドアにっちゃ駄目! 駄目なんだってば、手を引っ込めて!」
青年たちは振り向いて、困した顔をする。
「この家の主の方ですか。申し訳ありませんが、こちらの方は怪我をされている。どうか休ませてはいただけませんか」
なおもドアに手をばそうとする男に、駄目―っ! とんで私は鞄を投げつけた。
鞄が弱っているほうの男に當たり、うっ、とき聲を出す。
なにをする! とそれまで低姿勢だった青年が、私を睨んだ。
「こちらは禮をつくして頼んでいるというのに、なんと暴なことをするのですか!」
「違うってば! ちょっと離れて待ってて!」
私は駆け出して、ドアを二度、ガタガタと右にかし、それから同じように、二度左にかした。
「泥棒よけに、罠が仕掛けてあったのよ。こうしないと毒を塗った矢が、上から飛び出してくるようになってるの。この辺りの人はみんなうちの仕掛けを知ってるから近寄らないわ。あのまま取っ手を引っ張ったら、あなたたち死んでたわよ。さあって、ゆっくり休んで」
目を丸くしている青年ふたりを、私は家に招きれた。
どちらも立派ななりをしていたが、支えているほうの男はローブをつけ、髪が長く、神か僧のようだった。
怪我をしているもうひとりは、黒い上等の布に銀糸で見事な刺繍のほどこされた、長い上著を著ている。
「どうぞ、ここに寢ていいわ。運がいいわよ、ラミアが死ぬ前に取り換えた寢床だから、布団がふかふかだもの」
「死ぬ前?」
神らしき青年は、ぎょっとした顔になったが、他にベッドらしいものはないので、そこにもうひとりを橫たえる。
「そうよ、でもシーツは変えたから心配しないで。どうぞ、お腰のと上著はこちらに。靴はいでね」
「すま……ない。世話に、なる」
怪我をしている青年は、息もたえだえに、苦しそうに言った。
確かにのあちこちに布が巻き付けられているが、どこからもが滲んでいる。
黒い上著をいで白いシャツになると、それが一層よくわかった。
なりからしてふたりとも分は高そうだが、こんな狀態なのに低姿勢で謝罪をできるならば、きっといい人だと私は確信する。
ダグラス王國の貴族にも、もしかしたらそういう心の広い人も、いたのかもしれない。けれど、出會った記憶はなかった。
「でも、おふたりともこの辺りの方ではないわね? よかったら、名前を聞かせてもらえない? なんて呼べばいいのか、わからないもの。私はキャナリー」
もう私は子爵家とは関係ないし、令嬢でもない。
まだるっこしい話し方はせず、ただのキャナリーとしてそう名乗る。
神らしき青年はまず、橫たわった青年を指して言う。
「失禮しました。こちらから名乗るのが禮儀でしたね。こちらの方は……ジェラルド様。私の主で、自分は従者のアルヴィンと申します」
「お國はどこなの? きっと旅の方よね」
私がそう言ったのは、類の雰囲気がダグラス王國とはかなり違ったし、銀髪に青い瞳という特徴の人も、あまり見なかったからだ。
特に怪我をおっている青年の瞳は、驚くほどに濃い、真夏の空のような青をしている。
「はい。馬車で半月ほどの國から參ったのです」
「そうだったの。長旅の疲れもあるでしょうね、アルヴィンさんと、ジェラルドさん。ともかく、傷の手當をしましょう。この家には、薬だけはどっさりあるから」
私は言って、久しぶりに生まれ育った家の戸棚をあさり始めた。
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