《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》6・怪がいるらしい

家に侵しようとすると、扉だけでなく窓にもいろいろ罠が仕掛けてあったので、盜賊などに荒らされた形跡はない。

こちらもあちこち、からくりが仕掛けてある戸棚を開き、中から塗り薬の瓶や煎じ薬、包帯などを出す。

には獨特の、ハーブの匂いが立ち込めていた。

ラミアは何十年もここで薬草を栽培し、薬を売って暮らしてきた。

そのため臺所にはいくつもかまどがあって、大鍋がかけられ、薬の壺もたくさんある。

まずは塗り薬と包帯を持って、私は橫になっているジェラルドの様子をみた。

「ひどい怪我みたいね。いったい、なにがあったの? ほらいで、手當をするわ」

「お、お待ちなさい。そのように気安くれては……」

なぜかアルヴィンが私を止めようとしたが、ジェラルドがそれをさえぎった。

「よい。治療をしてくれるというのだ。ありがたく、好意をけよう」

「はい。ジェラルド様が、そうおっしゃられるのなら」

「なによ、貴族だから、私みたいなのにられたくないっていうの? あなたたちも、そういう面倒くさい人たち?」

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むくれる私にジェラルドは、痛みに汗を流し、眉を寄せながらも、弱々しく首を左右に振った。

「気分を害したなら、謝る。すまない。このような境遇に、慣れていないだけだ」

それはそうでしょうね、と私は肩をすくめる。

「私もちょっと前まで、貴族として暮らしていたけれど、ひどいものだったわ。召し使いと対等に話しているだけで怒られたのよ。意味がわからなかったもの」

言いながら、私は遠慮なくジェラルドの服をがしにかかった。

するとかなりの細だと思っていたのに、しっかりと筋のついたに、しばかりドキリとする。

だが、あちこちに打撲の痣があったり、出したりしていて、それどころではなかった。私は急いで、痛々しい傷の様子を見る。

「うわあ、痛そうね。でも、わなくてはならないほど深いのは、肩の一か所だけだわ。あとは塗り薬で大丈夫。ラミアの薬は、本當によく効くって評判だったのよ」

話しながらてきぱきと、私は傷の治療をした。

「貴族として暮らしていた、というのはどういうことですか?」

背後に立ち、治療を見守っているアルヴィンに尋ねられ、私はことの経緯を話して聞かせた。

ラミアが死んだ後、子爵家に引き取られたこと。王立歌唱団を追放されたこと。披會のこと。

「あなたのお歌で、地震が起きたのですか……? それは王族につらなる筋でもないのに、魔力があったということですよね?」

「そうなのよ。不思議なこともあるものね。だけど追放された今となっては、関係ないわ。さあ、あとはこの、一番傷の深いところに取り掛かるわよ」

私が言うと、苦しそうに息をつきながら、ジェラルドがうなずいた。

「よろしく、頼む」

「ちょっと痛いけど、我慢して起き上がってね」

火で消毒した針と糸で、私は上を起こしたジェラルドの深い切り傷を、ちくちくとう。

ジェラルドは目を閉じて眉間にしわを寄せたが、文句ひとつ言うわけでもなく、じっと苦痛に耐えていた。

「でもいったい、なんでこんな大きな傷を負ったの? 盜賊? この辺りには、大型の食獣はいないと思ったけれど」

「それは決まっているでしょう。ビスレムの仕業です。それも、大群だったのですよ」

背後からのアルヴィンの返答に、私は首を傾げる。

「ビス、レム。ええと、聞いたことはあるような。の半分は獣、半分は魔の怪、だったかしら。それがこの近くにいたの?」

「聞いたことはある、だと?」

治療の苦痛にじっと黙って耐えていたジェラルドが、深い青の瞳でこちらを見た。

「そんなにも、この辺りには、ビスレムがいないのか?」

ええ、と私はうなずく。

なくとも見たことはないし、ダグラス王國の國にも、いないんじゃないかしら」

「まさか、そこまでとは」

アルヴィンが、呆然としたような聲を出す。

「いいですか、キャナリーさん。どの國もビスレムには、苦しめられているのです。ビスレムは田畑を荒らし、果樹や家畜を食い荒らし、人を襲うことも珍しくありません。そしてときには、群れをなして暴れるのです」

「えっ、そんなに怖いの? 熊ぐらい?」

私が言うと、そんなものではない、とジェラルドがつぶやいた。

「人の手では、倒せない。撃退できるのは、魔力を持つものだけだ。町人や農民たちは、城から配布された魔力をめた道で、なんとか追い払っているが」

「ダグラス王國にビスレムの出現がない、被害がない、というのは、報として知ってはいましたが。誇張されているのではと思っていました。城下町から離れたこの森にも、ビスレムは出現しないのですか?」

ええ、と私はふたりに重ねて答えた。

「まあ、うちの周りは薬草だらけだし、薬の匂いがぷんぷんするから、寄ってこなかったのかもしれないけれど。町まで薬を売りに行っても、被害の話は聞かないわ。そもそも、ビスレムって、いったいなんなのか、よくわからないんだけど」

「誰も完全には、正を理解できていないのです」

私の疑問に、アルヴィンが説明してくれる。

「野獣のようにく、土の化け、とでも思っていてください」

「野獣みたいな土? なんだかおっかないわね」

私は想像して、ぶるっと震いをした。

「そしてふたりは、そのビスレムっていうやつらに、襲われたのね?」

ああ、とジェラルドがうなずく。

「ここから北へ、馬車で半日ほどの場所だが、大群とかち合ってしまった。我々の一行も、無事に逃げおおせているといいが」

あれ? と私はその言葉で、自分の勘違いに気が付いた。

どうやらふたりきりの旅行者ではなく、集団からはぐれてしまったらしい。

立派ななりをしているから、護衛を雇った大商人の一行か、ダグラス王國の貴族に用のある、

他國の貴族の使節団だったのかもしれなかった。

まあなんでもいい。じの悪い人でさえなければ、困ったときはお互い様だ。

私はそう考えて、ジェラルドの治療を終えると、桶を持って外の泉に、

水を汲みに行った。

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