《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》7・子守歌

水を汲みに外へ出ると、もうとっくに日が沈んで暗くなっていたが、慣れた道であることと、月明りがあったので、さほど苦にはならない。

戻ると早速、煎じ薬のために湯を沸かす。

「ありがとう。こんな、誰ともわからぬものたちのために、水まで汲みに行き、治療を施してくれるとは」

治療を終え、再び橫たわっていたジェラルドに、私は振り向いて微笑む。

「いいのよ。貴族か商人か知らないけど、あなたたちなりからして本當は、偉い人なんでしょ? それなのに、人をアゴでこき使わないなんて、それだけでもいい人って思うわ。私、こんなふうにまともな人たちと會話ができるのが久しぶりで、それだけでも嬉しいのよ。ただ……」

私はちらりと旅行鞄と、臺所を見る。

「もしかして、お腹空いてます? さっき説明したとおり、私は帰ってきたばかりだから、ろくな夕飯は出せないんだけれど」

「お構いなく。勝手におしかけてきた、我々が悪いのですから」

アルヴィンが謙虛に言う。そんな態度をとられると、逆にもてなしたくなるものだ。

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「多分、その傷だとジェラルドさんは、數日は寢ていたほうがいいと思うわ。服の様子からして、出もひどかったみたいだし。今日はチーズと攜帯食の固いケーキで、夕飯にしてちょうだい。明日からは、私が外で調達したキノコや山菜になるけれど、それは我慢してね」

殘りわずかな、子爵家からの食糧。森の暮らしでは、もうあんなにたっぷり卵やドライフルーツやバターのったケーキは、食べられないかもしれない。

でもそれならば、この分の高そうな人たちの口には合うだろう。

「もちろん、いいが。キャナリーさん。きみの食べる分は、あるんだろうな?」

「無理をしなくてもよいのですよ。金貨も銀貨も持っておりますから、それでお支払いはさせていただきますが」

「気にしないで。怪我人は、早く治すことだけ考えるべきよ。それからベッドはひとつだけで、私は屋裏に寢るから、悪いけれどアルヴィンさんは椅子で寢てね。布を貸すわ」

「椅子で充分です。あれもこれも世話をかけて、申し訳ありません」

しきりに恐そうなジェラルドとアルヴィンに、ただし、と私はつけくわえた。

「その代わり、ジェラルドさん。煎じ薬は、しっかりと飲んでちょうだい。この木のボールに、なみなみいっぱい。それが條件よ」

「うっ……ぐ、っう、ぐぐっ」

煎じ薬のった木のボールに口をつけ、ジェラルドは私が言った意味をわかったらしかった。

この煎じ薬は、傷のための発熱や化膿を抑えるが、とにかく、恐ろしく不味いのだ。

たとえるならば、蛇の皮と蜘蛛の巣、それにラミアの足の指を、同時に口にれるくらいに不味い。

ジェラルドは治療のときより、ずっと苦しそうな表と聲で、なんとかしずつボールの中を飲んでいく。が、途中でとうとう音を上げた。

「な、なんだ、いったいこれは。匂いからして覚悟はしていたが、苦くて、すっぱくて、ひどい味だ」

「なんだ、ってお薬よ。効く薬ほど舌はいやがる、ってことわざがあるでしょ」

言って私は、ジェラルドの高い鼻を、むぎゅっとつまんだ。

「うぐっ、なっ、なにを」

「キャナリーさんっ! ジェラルド様の尊いお鼻に、なにをなさいます!」

「形はいいと思うけど、尊いなんておおげさねえ。私が子供のころ、ラミアはよくこうして、薬を飲ませたものだわ。さあ、もっと、ぐいっと飲んで」

うう、とジェラルドは顔をしかめたが、それでも渋々と木のボールを、再び口へと運ぶ。

間近で見ると睫が長くて、すごい男前だなあ、と私は思った。

ダグラス王國の王子とはまったく違い、頬から口元は悍に引き締まって、気品もある。

その彼が子供のように、必死に薬を飲んでいるのを見ていると、なんだか微笑ましくなってしまった。

「ま、まだか。全部でなくてもいいんだろう?」

「駄目です。決まった用量があるんですから、すべて飲み干して下さいな」

そうして苦戦しながらも、ジェラルドはすべての煎じ薬を飲み干した。

「よくできました。それじゃあケーキと、お茶を用意するわね」

私は言って、空になった木のボールを持って臺所へ行く。

それからもう一度湯を沸かし、一番上等の、ラミアがなかなか使おうとしなかった、とっておきの茶葉を取り出した。

やがて夜が更けて、そろそろ眠くなってきたけれど、ランプの燈はつけたままにしておくことにする。

もし夜中に、ジェラルドの調に変化があったりしたとき、すぐに様子を見られたほうがいいと思ったのだ。

長旅で、相當に疲れていたのだろう。

ベッドの足元の椅子で、アルヴィンは首を垂れ、すうすうと寢息を立てている。

ジェラルドも目は閉じていたが、時折苦しそうな聲を出して、荒い息をついた。

「……痛みで眠れないのね」

今夜は私も屋裏でなく、傍につきそって様子を見守ろう、と考えていた。

枕元の近くで、踏み臺代わりにしている丸太に座った私が囁くと、ジェラルドはかすかにうなずく。

私は濡らしてしぼった布で、ジェラルドの額の汗をぬぐうと、蟲の音より小さな聲で靜かに子守歌を口ずさむ。

ラミアがよく、聞かせてくれとせがんだ歌だ。

「あおきつきの ひかりのもと ねむれおさなご こよいはしずか ゆうれい けもの ようまのすべて ねむれねむれ やみをまくらに」

三番目の歌の途中で、ジェラルドはようやく健やかな寢息を立て始める。

私もそのまま布に突っ伏して、いつの間にかうとうとしていた。

ふと気が付くと、窓の外が薄明るい。小鳥たちの聲が聞こえ、夜明けがきたことを知った私は、そっとを起こした。

ジェラルドはまだ眠っていて、その額に、れてみる。

(よかった。傷からの発熱はないみたい)

それから私は急いで籠を持って外へ行き、キノコや木の実を集め始める。

朝食の支度をしなくてはならない。水もまだ足りないので、大きな水瓶をいっぱいにするべく何度か泉を往復するうちに、裏木戸が開いた。

「おはようございます、キャナリーさん。早くから働かせてしまって、申し訳ありません。よろしければ、お手伝いさせてください」

それはアルヴィンだった。この人も、ジェラルドほどではないにしろ、昨日はやつれて見えたのだが、よく眠れたのか顔がいい。

「おはようございます。でも、もう水は大丈夫ですし、それならかまどの火を見ていてくださいな。私、ジェラルドさんので汚れた服や道を洗っておきますから」

私は言って、飲み水にはできないけれど、生活用水として使っている小川で、ざぶざぶと洗濯を始める。

アルヴィンは了承して、かまどの番をしてくれた。

これも洗ったほうがいいかな、と大剣も持って行ったが、正解だった。

刃先にはべったりと、なんだかよくわからないが付著して、すごく汚れていたからだ。

もしかしたらこれがビスレムという怪の、なのかもしれない。そんなことを想像したら、背中にぞくっと悪寒が走った。

明日まで放っておいたら固まって、容易に鞘から抜けなくなってしまっただろう。

やがて洗濯も終わり、臺所へ戻るといい匂いがしている。

キノコと山菜どっさりのスープ、豆イモというとても小さなイモをたくさん炒ったものが、今日の朝食だ。

どちらもラミア特製『これをかければ大のものは味しく食べられるハーブりの塩』で味付けがされている。

それに、とっておきの茶葉のために新たにお湯を沸かし始めると、私のお腹はぐーぐー鳴っていた。

そのころには、朝のざしが室にまでって來て、商人や町民たちにとっての朝食の時間だ。

私は忙しくき回っていたけれど、ちらりと見た様子ではジェラルドはすでに起きていて、アルヴィンと話をしている。

あの様子では、隨分と回復したみたいだな、と私は安心した。

「おはようございます、ジェラルドさん。すっかり元気そうに見えるけど、合はどう? もうご飯、できましたけど、食べられるかしら」

臺所から聲をかけ、ベッドのほうに歩いていくと、なぜかふたりとも困した顔をして、こちらを見ている。

「あのう。どうかしたの?」

尋ねるとジェラルドは、腕の包帯を外しながら言う。

「ああ。いや、悪いことではないんだが。つまりその、傷が……あまりにも痛まない」

「本當に? よかったじゃないの」

「よかったのは確かだが、この治りの速さは異常だ」

言いながらジェラルドは、くるくると包帯を外した。

すると、淺い傷はほとんど消えてしまったかのように、薄く痕が殘るだけになっていた。

青黒くひどい有様だった打撲の部分も、うっすら黃くなっているだけで、確かに私も驚いてしまう。

「いったいきみは、どんな薬を塗ってくれたんだ?」

「どんなって。だからラミアが作った、普通に町に売りに行ってた薬よ」

私はひたすら首を傾げる。

「よく効くって評判だったけど、確かにそこまで効くとは聞いたことがないわ。ジェラルドさんの質なんじゃないかしら?」

「それは違います、そしておそらく、薬だけの効果でもないでしょう」

言ったのは、アルヴィンだ。

「言いませんでしたが、実は私も、怪我をしていたのです」

アルヴィンは、上著をいで、そこに下がっている薄い金屬の板を見せた。

「これは、首から下げていた護符です。このように、へし曲がるまで打撲をけ、もしかすると肋骨をやられたかもしれない。そう思っていました」

「なんだと。アルヴィン、そのようなこと、俺にも黙っていたのか」

驚いて言うジェラルドに、アルヴィンは謝った。

「申し訳ございません。昨日は、それどころではありませんでしたから。けれど……レディの前で失禮ではありますが、見て下さい」

アルヴィンは、シャツの前を開く。

すると上半の半分ほどが、うっすらと黃くなっている。

が、言われなくてはわからないほどだ。

「昨晩、私が自分で確認したときには、黒に近いほどにしていたのです。それがたった一晩で、薬もつけずにこれというのは、不思議で仕方がありません」

「本當にねえ。いったい、どうしちゃったのかしら。よくなったのはいいことなんだけれど」

いくら言われても、私にもわけがわからない。

三人でしきりに首をひねるうちに、

ぐうう、とまた私のお腹が鳴った。

「と、ともかく、ご飯を食べましょう。待ってて、し溫め直すから」

まだジェラルドの力は、完全に回復はしておらず、しふらつくようだった。

そのため、彼の分はテーブルではなくお盆にのせて、

ベッドまで運ぶことにした。

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