《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》10・ジェラルドの正
「ジェラルド殿下! アルヴィン様もご無事でなによりでございました!」
翌朝、ふたりの傷も力も、驚くほど完全に回復していた。
ジェラルドに至っては、うほどだった深い傷まで、ほとんど痕も殘っていないくらいだ。
そして家を出て間もなく、森を抜けた街道に、複數の馬車が止まっているのを私は見た。
飛び出すようにして、駆け寄ってきた大勢の従者たちが、ふたりを見て涙を流さんばかりに喜んでいる。
(な、なんだか、すごく大きくて立派な馬車。子爵家のより、何倍も豪華で立派に見える)
そして私には、気になったことが他にもあった。
(ジェラルド殿下、って言ったわよね? 殿下って、普通の貴族には使わないんじゃないの? 従者の數も多すぎよ。それに、馬車に打ち出された金の紋章。ダグラス王國は花だったけど、これは大きな鳥みたいね。結局聞きそびれていたけれど、どこの國の人たちなんだろう)
ぽかんとして見ていると、ジェラルドが歩み寄ってきた。
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「キャナリー。きみには、用の馬車を用意した。軽食もある。到著したら、部屋は近くにしてもらうよ」
「え、ええ。ありがとう」
私はそう言ったが、彼らと離れて馬車に乗るのは、しだけ不安だった。
「ところで、行き先はどこなの?」
漠然と、あちこち旅をするのだろう、とだけ考えていた私の問いに、ジェラルドは言う。
「ダグラス王國だ」
もしや王國に用事があるのでは、と思ってはいたが、悪い予が當たってしまった。
私は自分の顔が、さっと変わるのがわかる。
なにしろつい先日、追放を告げられた國なのだ。
そんな私を安心させるように、ジェラルドは穏やかな表で言う。
「大丈夫。事は聞いたが、きみはもう俺の大事な友人だ。誰にも文句は言わせない」
「ジェラルド、でも……」
なにしろ、私は王子から直々に叱られた人間だ。
うっかり城下町をうろうろして、萬が一にもお忍びで遊びに出ている王子に見られたら、その場で首をはねられかねない。
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けれどジェラルドは、大勢の臣下たちに急かされるようにして、一番大きな馬車に乗り込んでしまった。
(どうしよう。ううん、ジェラルドが大丈夫、って言ったんだから信じよう。あれこれ難癖つけるのがいたら、走って逃げればいいのよ)
追放された場所に戻ることへの抵抗より、ジェラルドと一緒にいたい、という気持ちのほうが勝った。
私はそこで、従者に親切に手を取られ、しずしずと可らしい、用の馬車に乗り込んだのだった。
♦♦♦
(ちょっと、なんなのこれ。すごいことになってる)
窓につけられた、馬車のカーテンの隙間から、私は目を開いて辺りを見ていた。
城壁の番兵から、城の門番にいたるまで、凄まじい腰の低さと歓迎ぶりだったのだ。
(なんだか知るのが怖いような気がして、あんまり突っ込んだことは聞かなかったけど。ジェラルドとアルヴィンって、なにものなの)
そう考えつつも、私は従者がくれたおやつのボンボンを、パクパクと食べていた。
「うーん、味しい。攜帯用の保存食のケーキも、子爵家でもらったのより、ずっと風味が濃厚で味しかったわ」
味しいものを食べると、たいていのことはどうでもよくなってしまう。
そんな私ではあったが、王宮の馬車止めにり、そこで降ろされると知って張した。
(えええ! なんか王宮前に、王族が出迎えに出てるんですけど。まあ、お付きの人達の人數も多いし、後ろにいれば大丈夫かな)
私はそう考えて、こそこそと従者たちの背後にいた。
ジェラルドが先頭に歩いていき、王子や王妃、それに調が悪いはずの國王まで宰相に支えられ、出迎えて握手をしている。
國王が、なにか挨拶をしているが、弱々しい聲はここまで聞こえてこなかった。
私は思わず、近くにいる従者のひとりに、そっと耳打ちをする。
「あの。失禮。ちょっとお聞きしたいんだけど」
「今、國王陛下がお話の最中ですよ。どうされたのですか」
親切そうな従者に、私は小聲で囁いた。
「あなたたちって、どこの國の人?」
「は?」
「ジェラルドって、誰なの?」
「はっ、えっ、はああ?」
こぼれそうに目を開き、仰天した様子の従者は、慌てて自分の口をおさえた。
そして珍獣でも見るような目を、私に向けつつ答えてくれる。
「わ、私どもは、グリフィン帝國から參りました。ジェラルド皇子殿下は皇帝のご子息、第三皇子であらせられます」
うえええええええ!
私は全力で自分の右手に噛みつき、大聲を出すのを必死にこらえた。
♦♦♦
「えー、あの、ジェラルド皇子殿下にあらせられましては、いろいろと大変な失禮をば、いたしめされまして」
王宮の、従者用ではあるのだろうがやたら立派な部屋に通された直後、私はジェラルドに呼び出された。
私を呼びに來た小姓の後ろについていくと、招かれた一室は、もしかして國王陛下の部屋よりすごいのではないか、と思うくらいに豪華な裝がほどこされている。
部屋にり、舌を噛みそうになりながら挨拶する私に、やめてくれ、とジェラルドは苦笑した。
「これまでのように話してくれ、キャナリー。急に距離ができたようにじて、悲しくなる」
「そ、そう言うけれど、だって、でも、帝國でしょ? 皇子様でしょ? それってつまり、お父上が皇帝陛下ってことでしょ?」
「そうだが、かしこまっても今さらだろう。きみは足で走ってきて俺に鞄を投げつけ、鼻をつまんで薬を飲ませてくれた」
「……本當に、前と同じでいいの?」
「変わるほうがおかしい」
「あー。よかった。私にだって、ちょっとは偉い人を敬う気持ちはあるのよ」
私はようやく安心してにっこり笑い、
ジェラルドに座るよううながされた、華奢な椅子に腰かける。
その正面にジェラルドが座り、背後にはこれまでと同じように、アルヴィンが控えていた。
「詳しいことを聞いてなかったから、びっくりしちゃった。話せない事があったのかもしれないけど、もうし説明してしかったわ」
「すまない。本當ならば、が回復さえすれば、きみにはお禮だけをして、出て行くつもりだったからな。キャナリーだって、そうだろう?」
「ええ、もちろん。ふたりの怪我が治ったら、お別れだと思っていたわ」
「でも俺は、そうしたくなくなってしまった。その自分の気持ちにはっきり気が付いたから、剣の誓いもしたんだ」
はああああ? という大聲が、ジェラルドの背後から聞こえた。アルヴィンだ。
「ちょっ、待っ、えっ、剣の誓いをされたんですか? キャナリーさんに?」
「そうだが。なにか問題でもあるか」
「ジェラルド様、あなたは皇子殿下なんですよ!」
アルヴィンは愕然とした顔で言う。
「普通の騎士や貴族とは違うのです。そしてその剣は聖なる剣、帝國の剣なのですから。た、確かにキャナリーさんは素晴らしいですが、だからといってうかうかと、簡単に」
「なにが簡単だ。何度でも言うが、キャナリーは俺の命の恩人だ。あそこで俺が死んでいたら、聖なる剣もなにも、あったものか」
あのう、と私は恐る恐る尋ねる。
「剣の誓いって、そんなに大変なものだったの?」
當たり前です! とアルヴィンが頭を抱える。
「霊に誓う、正式な契約なのです。ああもう。終わってしまったことは仕方ない。キャナリーさん、これだけはに刻んでおいてください。あなたを守ると誓ったこの方は、偉大なる帝國の皇子です。どうかその意味を、価値を、理解してください」
「わ、わかったわ。なんだかすごいことなのね。ありがとう、ジェラルド」
私はぺこっ、とジェラルドに頭を下げ、謝する。
地位はともかく、ジェラルドの人柄に好を持っている私は、そんな神聖な誓いを私とわしてくれていたことが嬉しかった。
「いや、だから、その。そんなのは、當然のことだ。それより、ここに來た経緯を聞きたいのだろう? アルヴィン、頼む」
ジェラルドは、男らしく引き締まった頬をしだけ赤くして、アルヴィンに命じる。
アルヴィンは両手を広げ、複雑に指を組んでから、小聲でなにかを唱えた。
「結界を張りました。盜み聞かれる心配はありません」
「よし。では話そう。……今回、我々が帝國から遣わされたのは、表向きにはランドルフ王子の誕生祝いだ」
「ああ、そういえば誕生日とか言ってたわね。でも、表向き?」
「裏は違うと言う事です」
アルヴィンが、話を継いだ。
「我々は、聖獣を探しているのです」
「聖獣?」
首を傾げると、アルヴィンは服の側から、羊皮紙を取り出し、広げて見せた。
そこには純白の、足が太くのふさふさした、鳥のようなものの姿が描かれている。
「あら、ちょっと可いじゃないの。この聖獣が、ダグラス王國にいるの?」
「はっきりとはしていないが、アルヴィンは気配をじる、と言っている」
ジェラルドの言葉にアルヴィンはうなずいたが、私は不思議に思った。
「アルヴィンにも魔力があるの?」
「そうですね。明かりをともすくらいの簡単なものならば、このようにジェラルド様から授かった魔法陣を通して可能です」
言ってアルヴィンは誇らしげに、手のひらを見せる。
そこには不思議な、丸い模様が刻まれていた。
「そして私は神ですので、霊の力を借りることによって、一般の方々よりも魔道を使いこなすこともできます。つまり工夫によっては魔道を使えますが、皇族や王族の方々のように、生まれながらの魔力をもっているわけではありません」
「アルヴィンは神の中でも、突出した才能を持っているんだ。昨年神職についてから、日夜魔道で探索し、ようやくダグラス王國に、聖獣の気配を探り當てた」
なるほど、とふたりの説明に納得した私だったが、疑問はそれだけではなかった。
「ところでその聖獣っていうのを、なんで探しているの? ものすごーく、おが味しいとか?」
そうじゃない、とジェラルドは笑って否定した。
「もともと聖獣は、帝國近くの山奧に住んでいた。人里に舞い降りても人々に懐き、皇族も聖獣を大切に扱った。なぜなら聖獣は、ビスレムの天敵だからだ」
「ビスレムって、あなたたちを襲った怪よね」
「そうだ。俺が心つくころまでは、聖獣がいたために、ほとんど我が國にはビスレムの被害がなかったという。周辺國を飛んで回っていたから、近隣國も同様だ」
「それが、いなくなってしまった……?」
「そうなのです。十五年ほど前に。それ以來、私たちは常にビスレムの脅威にさらされ、魔力を持つ皇族たちが、最前線で常に危険にをさらしているのです」
ううん、と私は難しい顔をして、窓の外を見た。
「でもこの國で、聖獣が飛んでいるのなんて、見たことないわよ。森の中でも」
「しかしこの國には、ビスレムが襲って來ないのだろう?」
「そうよ。だからここの王子に、怪を追い払える魔力があるのかも知らないし、鍛錬してるって話も聞かないわ」
「我が帝國は今のところ大丈夫ですが、國によっては王族が何人も、ビスレムとの闘いで、命を落としています」
アルヴィンの言葉に、私はゾッとする。
「戦えるのが王族と皇族だけなんて……その上、聖獣がいなくなっちゃったら、農民や商人だって、怖くてとても普通になんて暮らせないじゃないの」
そのとおり、とジェラルドが肯定する。
「だから我々は、一刻も早く聖獣を見つけたい。聖獣の意志で、我が國から遠ざかったのならば、仕方がないとあきらめもつく。しかし、そうとは思えない」
「ジェラルド殿下にも、懐いておられましたからねえ」
懐かしむような、切ない表でアルヴィンが言う。
「単にビスレムを追い払う天敵、というだけではないのです。我が國の民と心を通わせ、人間へのを持ってくれている、すべき生きでした」
「俺は子供のころ、あいつが可くて仕方なかった。元気でいてくれるといいんだが」
ふーん、と私は改めて、聖獣の絵を見る。
確かに目がパッチリとして、ふかふかで可らしい。
「私も會ってみたいなあ」
つぶやいたそのとき、部屋の扉がノックされる。
「失禮いたします。ジェラルド皇子、およびグリフィン帝國ご一行様の、歓迎の宴のご用意が、できましてございます」
小姓が告げて、ジェラルドはうなずく。
「わかった。しかしその前に」
青いジェラルドの目が私に向けられ、小姓の視線も一緒に私に移る。
「この、私の大切な友人に似合うドレスをみつくろい、宴に相応しい裝いにしてしい。必要な費用は、こちらで用意する」
「かしこまりましてございます」
小姓が頭を下げ、私はきょとんとしながら導されるままに、
用意された自室へと戻った。
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