《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》11・再び宮廷へ
ラッパが吹き鳴らされ、私はジェラルドとアルヴィン、それに他のグリフィン帝國の神や貴族たちと、王宮の大広間へ通された。
他にも近隣の王國や、友好國から祝いの使節がやって來ているらしい。
だがジェラルドたちは數日遅れて到著したため、れ替わりに帰國した使節もおり、數はそう多くない。
だから今夜の宴は、數日前に終わった王子の誕生祝賀會というより、強大なグリフィン帝國の皇子をもてなす、歓迎の意味が大きいようだ。
夕食の後には、舞踏會も催されるという。ジェラルドは特別豪華な席に案され、隣にはランドルフ王子の姿も見える。
私は彼らのいる上座に近いテーブルに、
アルヴィンと並んで座った。
今日私が著ているのは、ジェラルドの命で用意されたばかりの、新しいドレスだ。
しだけウエストがゆるかったので、急いでお針子たちが調整をして詰めてくれた。
それはちょうど、ジェラルドの瞳と同じくらい深い藍のドレスで、泉の深いところに広がった波紋のような、繊細な刺繍が銀糸で施された、おとなっぽい雰囲気のものだ。
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裾も袖も、同じ銀糸のレースで縁どられ、カットされた水晶がアクセントとして濃紺の空の星のように、ドレスのそこかしこに散りばめられていた。
髪はアップにして結い上げ、髪飾りやチョーカー、イヤリングも、銀と青いサファイアがメインになったものをつけている。
さすがに私に気が付いた人々もいるようで、こちらを見て眉をひそめ、なにかヒソヒソと話しているものたちもいる。
あの地震を起こした、追放された歌姫だろうか、似ているだけで別人だろうか。
そう確かめようとするかのように、疑と好奇心の目が私に集中していた。
(さすがにこの中いたら、バレるわよね。でもジェラルドは自分がついている、って言ってくれたし、アルヴィンも傍にいる。いくらランドルフ王子でも、この場で私を処罰できないんじゃないかしら。っていうか、そう思うことにしよう)
うん、と私は決意する。
(だってせっかくの宮廷料理、絶対に食べたいんだもの!)
私が思いに耽っていると、隣のアルヴィンが聲をかけてきた。
「素敵ですよ、キャナリーさん。どこの大貴族のご令嬢かと、見違えるほどです」
「そう? でも髪飾りが重たいの。それにコルセットがきつくて。寶石もこんなにじゃらじゃらしたら、お料理が食べにくいわ」
「あなたらしい」
言ってアルヴィンは、くっくっと笑う。
しかし、何気なくジェラルドを見て、さっと顔を変えた。
どうしたんだろう、と思ってそちらを見ると、なぜかジェラルドが怖い顔をしてアルヴィンを睨んでいる。
(ジェラルドったら、どうしたのかしら。そうか、私たちだけで楽しそうに話してたら、きっとひとりで、つまらないわよね。ランドルフ王子は話したがってるみたいだけど、多分、仲良くはなれなそう)
そんなことを考えていると、私はこれまでより一層、誰かから鋭い視線が向けられているのをじた。
なんだろう、と思ってそちらを眺めると、高々と栗の髪を結いあげた、レイチェルの姿が見えた。
侯爵令嬢とはいえ、他國からの賓客、王族とそれに近い筋の公爵家が大半をしめるこの會場では、かなりの末席だ。
レイチェルは、火を噴きそうな目をして、私を睨みつけている。
それはそうだろう。追放されたはずの私が、グリフィン帝國の神や貴族に混ざって座っているのだ。
(まあ、いろいろあるのよ。私のことなんか気にしないで、せっかくのお料理を食べなさいって)
私はそう思って、レイチェルににっこり笑ってみせた。
実際、目の前のテーブルには、次々と味しそうな料理が運ばれて、いい匂いの湯気を立てている。
(こっ、これはモロロン鳥のパイ包み焼き! さすが、使われてるおが、子爵家で出されたものよりずっとジューシーだわ。それにコロコロ豚のミルクシチュー! うううう、口の中がうれし泣きしてるう! 前に一度だけ食べて、一生のうちにもう一回は口にしたいって、夢にまで見てたのよ。それにそれに、ああこの、バターたっぷりの生クリームパン最高! もっちもちでふっかふか!)
食事が始まると、私はもうわき目もふらず、パクパクと料理を口に運んだ。
(ううん、あれもこれも味しいー。あっ、こっちのお野菜、初めて見るけどなんだろう。さくさくして歯ごたえもすごくいいわ。あああ、まったりしたソースのこの香り、もう鼻がとろけそう)
いくら食べても料理は次から次へと、何種類も運ばれてくる。
何枚にも重なった、ふかふかで熱々のパンケーキには、たっぷりと金の濃なバターを塗った。
そして楓のシロップと、ベリーのジャムをどっさり乗せて切り分け、私は、あーんと口を開いて頬張る。
(バターのしょっぱさと香りが、シロップの甘さと混ざって、なにこの天國……)
ううーん、と頬を抑えて極まっているところに、ぽんと肩を叩かれた。
「なんれすか」
もぐもぐと口をかしながらそちらを見ると、わなわなと震え、鬼のような形相のレイチェルが立っている。
「あ、あ、あなた。やっぱりキャナリー本人ね。いったいこれは、どういうつもりなの」
私はごくん、とパンケーキを飲み込んで、レイチェルを見上げた。
「そちらこそ。お食事中に席を立つなんて、はしたないですわよ」
「ゴミ捨て場!」
棘のある、周囲には聞こえないような低い聲で、レイチェルは囁く。
「さっさとお答えなさい。帝國の方々に、どこでどうやって取りったの!」
「どこって、うちにいらしてたのよ」
「は? なにを言っているの?」
「いいから、早く席にお戻りなさいな。お料理が冷めてしまうわよ」
それでも立ち去ろうとしないレイチェルを、ちらりとアルヴィンが睨む。
レイチェルの背後には、さらに彼の取り巻きらしきものたちが集まって來ていた。
そして私だと確認すると、非難の聲を上げ始める。
「やはり、マレット子爵家の疫病神だ!」
「いったいなんでここに。どうやって忍び込んだのだ」
「んまあ、なんてこと。子爵夫妻をお呼びなさい。追放すると言っていたのに、噓だったのね」
好きではないとはいえ、無実の罪をきせられるのは気の毒だ。
マレット子爵のために、私は弁解する。
「違うんです。マレット子爵家は関係ありません」
「ではお前の獨斷で潛り込んだのか」
「グリフィン帝國側でも、処罰してもらわねば。どう取りったか知らないが、おそらく帝國の方々も騙されているに違いない」
「いいですか、みなさん」
やれやれ、と隣でアルヴィンが肩をすくめ、なにか反論してくれようとしたそのとき。
ざわっ、と會場全がどよめいた。直後に今度は、シンと靜まり返る。
その中を、カツ、カツ、とこちらに歩み寄ってくる足音だけが響き、私もレイチェルたちもそちらに目をやった。
「ダグラス王國では、みな、このように不作法なのか!」
地獄の底から聞こえてくるような、冷徹な聲で言ったのは、ジェラルドだった。
氷の刃のような恐ろしい目つきで、ジェラルドはじろりと、私の周りに集まっていた貴族たちを見る。
誰かが、ひっ、と息を飲む音が聞こえた。
ジェラルドが、私が出席しても大丈夫だ、と念を押していた理由を、私はようやく理解していた。
おそらく帝國皇子のジェラルドは、この場で誰より権威があり、恐れられているのだ。
おそらくは、王子どころか國王夫妻よりも。
「あ、あの、しかし、このは」
しどろもどろに、別の誰かが釈明しようと口を出した瞬間、ぴくっ、とジェラルドの頬が引き攣る。
「誰だ! 私の大切な友人を、この、などと呼んだ愚か者は!」
空気を切り裂くような鋭い聲に、さらに何人かが、ひいっ! と悲鳴のような聲を上げた。
「外へ出よ。二度とそのような口がきけぬよう、私が直々に決闘をいどみ思い知らせて……!」
「ねえ、もういいわよ」
なんでそこまで、と思うほどに激怒しているジェラルドの手を、そっと私は引っ張った。
「怒ってくれたのは嬉しいわ。でも、もうみなさん、反省してると思うの」
でしょ? とそちらを見ると、貴族たちは一斉に、うんうんうん! と、もげるくらい首を激しく上下に振った。
とはいえ私は、彼らをかばったつもりはまったくない。
ただジェラルドが怒っている狀態では、料理が食べにくいと思っただけだ。
「こんなことしてたら、お料理が冷めちゃうわよ」
にこっ、と笑って言うと、ジェラルドの表から、すーっと険しさが消えた。
「そ、そうか。まだ腹は立つが、きみがそう言うのなら」
「こんなことで怒るなんて、気が短いのね。もっと本當に大事なときに、怒りのパワーは取っておかなきゃ」
私の言葉に、ジェラルドはようやく笑みを浮かべた。
「きみの言うことは、いつも心に響く」
「そう? でも助かったわ、ありがとう。さあ、ジェラルドも席に戻って、お料理を食べましょうよ。冷めてしまったら、作ってくださった方に悪いわ」
「ああ、そうしよう」
ジェラルドが席に戻ると、會場全がホーッと安堵の息をつくのがわかる。
おろおろして立ち上がり、遠巻きに様子を見ていたランドルフ王子も、汗を拭きながら座り直した。
レイチェルたちは、と見ると、逃げるようにしてそれぞれ自分たちの席に戻っていた。
恥ずかしいのか、怖かったのか、腹を立てたのかはわからない。
「あの栗の髪のは、お知り合いでしたか? お友達という雰囲気ではなかったですが」
アルヴィンが、眉を顰めて言う。
「ええ、お友達ではないわ。この國の貴族に、私と親しい人は誰もいないの。でも、もうやめましょう。私は今、食事に集中したいのよ!」
私の言葉に、アルヴィンも笑って食事に戻る。
レイチェルが下座の席に戻ってからも、私は強い視線をずっとじていた。
けれどもうそちらを気にするのはやめて、私は新たに運ばれてきた、ふっくらふわふわの卵料理に、夢中でフォークを突き刺したのだった。
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