《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》15・皿とイモと青い空

ジェラルドが絵を描くために使っていたのは、借りけた部屋の中では、比較的狹い一室だった。

そこにどやどやと、ぜひジェラルド殿下の描くものを拝見したい、とランドルフ王子を筆頭に、宮廷畫家までが押し寄せてくる。

私には、絵の良し悪しはわからない。ただ、ジェラルドの絵があまり上手でないことくらいは、理解できていた。

だから、批評されたらジェラルドが気分を害するのではないかと、し心配していたのだが。

それはまったく、必要のないことだった。

「おお。これがジェラルド殿下の、作品でございますか」

満面の笑みを浮かべて、まずは王子が言う。

次に背後にひかえていた宮廷畫家たちが、一斉に口を開く。

「さすが帝國の蕓。我らの覚とは違い、なんというか、つき抜けておりますな!」

「ああ、私には理解できますぞ。この至高の作品の蕓が」

「なんと高みにまで達しておられるのか。象的であり、必然的であり、それでいて概念的な蕓

「これはなかなか、素人などにはわかりにくいものでしょうなあ」

「かもしれませんなあ。私はここまで蕓を昇華させた殿下のに、のあまりこみあげるものが……」

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宮廷畫家の中には大げさに、目を潤ませているものもいる。

ところが、ひとりだけ汗をかき、なんとも言えない表で、もぞもぞと言うものがいた。

「ええと、風景をお描きになっておられるとのお話でしたが、靜畫にされたのですか? 食べのようにお見けしますが」

(あっ!)

後ろで見ていた私は、思わずアルヴィンと顔を見合わせる。

(やっぱり皿とイモだと思われてる!)

ジェラルドは小さく、咳払いをした。

「言っておくが。それは皿とイモではなく、池とバラの茂みだ」

低い聲に、宮廷畫家たちの顔が変わる。

「あっ、當たり前ではないか!」

ひっくり返った聲で言ったのは、ランドルフ王子だ。

「これはどこからどう見ても、池とバラだ! やはり宮廷畫家などと言っても、しょせんは平民。高貴なを引くものの蕓は、わかりかねるのも仕方がないが」

「いやいやいや、わからなかったものは彼ひとり。私にはわかっておりましたとも」

「うむ。実に素晴らしい池だ。現実の世界を離れ、自由に羽ばたいておられる。バラも見事だ、まるで人には見ることの出來ぬ、幻の庭の神々の花」

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(羽ばたく池ってなによそれ。人に見えない花ってのも、意味わかんない)

結局、誰もがジェラルドのご機嫌を取ろうとして、必死なのだろう。

ジェラルドもよくわかっているようで、どうでもいいという顔をしている。

「納得したのであれば、引き取ってもらえぬか。ゆっくりと集中して、創作したいのだ。……が、ちょっと待て。そこの、赤のもの。名は、なんと言う」

ジェラルドに指差されたのは、食べに見える、と言った若い宮廷畫家だった。

彼は自分が呼び止められたのを、投獄でもされると思ったのか、顔からの気を失っている。

「は、はい。クライブと申します。さ、さきほどは、まことに、私の未さのせいで、見當違いなことを言ってしまい、申し訳ございませんでした!」

「けしからん!ダグラス王國の面汚しだ!」

「貴様にはが欠如しておる、恥を知れ!」

宮廷畫家たちは、激しくクライブを叱責する。

「そうだ謝れ! 子々孫々の代まで謝罪をしろ! お前のように蕓のなんたるかもわからぬやつなど、これまで築いた財はすべて沒収、宮廷畫家も即刻、解雇だ!」

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ランドルフ王子もわめいたが、ジェラルドは靜かに首を左右に振る。

「そうではない。クライブ。きみに、仕事をしてしい。とても小さなものに絵を描いてしいんだ。引きけてもらえるかな?」

「っは、はいっ!」

クライブは棒切れのように、直立不で返事をする。

宮廷畫家たちは、ぽかんとした顔をして彼を見た。

ランドルフ王子も拍子抜けした顔になり、振り上げたこぶしをどうしていいのかわからない、といった顔で、ぼそぼそと言う。

「ま、まあ、ある意味、人とは違う彼のような見方も、ときには必要であるかもしれぬな。で、では我々はこれで失禮する」

すごすごと王子たちが退散すると、部屋は急に靜かになった。

ジェラルドはひとり殘って、びくびくしているクライブに、懐から鎖のついた金時計を取り出す。

「この、蓋の側に絵を描いてもらいたい。頼めるか? モデルや報酬など詳しいことは、あとで伝える」

「はいっ、命に代えましても!」

固く約束してから、クライブは退室して行った。

私は今のやりとりを見て、アルヴィンに尋ねる。

「時計の裏蓋に絵なんて、なんだか素敵ね。お國ではよくあることなの?」

「そうですねえ。貴族に限らず裕福な商人たちの間では、別に珍しいことではありません。しかしジェラルド殿下が絵を所持しようとするのは、珍しいことですが」

「あらそうなの?」

ジェラルドはこちらを見て、小さく笑う。

「ああ。皇太子である一番上の兄上は、蕓のために生まれたような人なんだがな。品も、たくさん所蔵しておられる」

「そういえば、ジェラルドは三番目の皇子様って言ってたから、ふたりのお兄様がいるわけよね。じゃあ、二番目のもうひとりのお兄様はどんな方なの?」

「そちらの方は、正反対です」

今度はアルヴィンが説明する。

「兵を率いて戦うことがなにより生きがいという、猛々しい武闘派の方なのです」

ふーん、と私はジェラルドの兄弟を想像してみるが、まったくイメージが沸いてこなかった。

今まで考えたこともなかったが、こういうときに、肖像畫があるといいのかもしれない。

「ですから私は、次期皇帝としては文武のバランスのとれた、ジェラルド様がもっともふさわしい、と考えているのです」

「アルヴィン!」

思いがけず、厳しい聲でジェラルドが言い、アルヴィンはぴたりと口をつぐんだ。

「滅多なことを言うものじゃない。キャナリーも、今の言葉は聞かなかったことにしてくれ」

「え、ええ、なんだかわからないけど、複雑なことに首は突っ込まないことにするわ」

私は答える。もちろん帝國の事などわかりようがなかったが、部の貴族社會は國がもっと大きいがゆえに、ダグラス王國以上にどろどろしているのかもしれない、と思ったからだ。

「帝國で誰かに聞かれたら、暗殺ものだぞ、アルヴィン」

「も、申し訳、ありません。異國にいるうちに、気のゆるみが出てしまいました」

まあしかし、とジェラルドは明るく言った。

「三男という気楽な立場であるからこそ、こうして、聖獣探しの旅にも出られたというものだ。そしてキャナリーにも出會えた。ずっと城にいたら、息が詰まるからな」

ともあれこんなふうにして、しばらく私たちはダグラス王國の王宮に、滯在することになった。

確かめたいのは聖獣の所在。

そして、もし手がかりだけでも見つけられたら、すぐに出立し、探索を開始。

うまく聖獣と接した後に、できれば連れて帰りたいというのが、ジェラルドとアルヴィンのみだった。

♦♦♦

「わあ、素敵。小高い丘があったのね。私こんなところ、知らなかったわ」

アルヴィンが聖獣の気配を探り、ジェラルドが趣味の絵を描くふりをする。

それ以外には、連夜の面倒な宴會以外

特にやることもなかったので、翌日私たちは、散策に出かけた。

な土地を寫生したい、というのが名目だが、もちろん肝心なのは聖獣の探索だ。

この場所を教えてくれたのは、宮廷畫家のクライブだ。

丘からは田園地帯が見渡せ、さらさらと流れる小川もある。

花もたくさん咲いていて、風はその香りをのせていい匂いがした。

「ああー。気持ちいい」

草の上に敷かれた敷の上に、私はごろりと橫になる。

ここまでは、二頭立ての馬車二臺でやって來て、従者も小姓も離れた場所で待たせているため、気を遣う必要はまったくなかった。

一応、護衛の衛兵も數人、待機しているのだが、ここからだと遠くて聲までは聞こえない。

アルヴィンは、あまり太を長く浴びているのが好きではないそうで、馬車の中でペンデュラムと、にらめっこをしていた。

だからここには、ジェラルドと私しかいない。

「キャナリー。さすがに外で橫になるというのは、レディのやることではないと思うが」

「レディはやらなくても、私はやるのよ。どうしてだか、知りたい?」

青い瞳を見つめて尋ねると、ジェラルドはうなずいた。

「それなら、隣に橫になってみて。そうしたら、きっとわかるわ」

「そ、そうか?」

うろたえつつ、ジェラルドは素直に私の隣にを橫たえた。

草の上とはいっても、敷はふかふかした分厚い織なので、ごつごつしたりはしていない。

「ねえ、どう?」

私は真っ青に晴れ渡った空に、真綿を薄くばしたような、雲が流れているのを、眺めながら言った。

ちちっ、と鳴いて二羽の黃い小鳥が、視界を橫切っていく。

しばらくジェラルドは、黙って私と同じように澄んだ空を見つめていた。

そして、ぽつりとつぶやく。

「なるほど。気持ちがいいものだな」

「でしょ? 私はよく、森の中でこうして空を眺めていたわ。敷なんてないから、苔の上でだけど。それにたくさんの木の枝があったから、こんなに広い空は見られなかったわ。でも、それはそれで木れ日が綺麗なのよ」

「キャナリーは、いつも楽しそうだな」

ジェラルドが、空を見ながら言う。

いころは、貧しさから大変な思いもしただろうに。それさえ、楽しそうに語る」

「貧しいってことさえ、よくわかってなかったもの」

私は昔を思い出し、くすっと笑った。

「ともかく、ラミアを中心に私は生きていたの。ときには食べの奪い合いになったし、ひとつの木の実のために、取っ組み合いの喧嘩もしたわよ」

「一方的にやられっぱなしではなかった、ということか」

「だって私は大きくなっていくし、ラミアは弱っていったから。でもね」

私はいころの、大切な記憶を口にする。

「四つくらいのときだったかしら。私が熱を出して、何日も寢込んだことがあったの。あの日のラミアは……確かに私に優しくしてくれたわ」

しわくちゃのごつごつした手で、何度も頬をでてくれた。

夜中も寢ないで、額を塗れた布で冷やし続けてくれた。

『負けるんじゃないよ、お転婆の、ちびすけの、鼻たれ娘が。これまであたしが育ててやった時間を、無駄にする気かい。とっとと治って、間抜けなことをしでかして、あたしを笑わせとくれ』

口は悪かったが、明け方まで何時間も必死で重い棒で鍋をかきまぜ、かまどの熱で顔を真っ赤にして、私のために薬を作ってくれていた。

治った翌朝に、初めて食べさせてもらったプディングの味を、私はおそらく死ぬまで忘れないだろう。

あの記憶がある限り、私はラミアを強なだけの意地悪婆さんとは、どうしても思えなかった。

「ではきっと、は優しい人だったのかもしれないな」

「どうかしらね。でもラミアの薬が、たくさんの人を助けていたのも事実よ。わたしもほとんど作り方を覚えているから、またあの家に戻ったら、薬作りをするのもいいかしら、って思ってる」

「……うん? 今の話だと、きみはいつか、あの家に戻るつもりでいるのか?」

言われて私は、きょとんとしてしまった。

「それはそうよ。他に帰るところなんてないもの」

今、こうしてジェラルドといるのは楽しい。

旅をしても、きっと楽しいに違いない。

けれど旅はいつか終わる。

彼らがグリフィン帝國に帰るように、私は森へ帰ることになるだろう。

それが當たり前と思っていたのだが、ジェラルドは違うらしかった。

「もちろん、キャナリーがどうしてもそうしたい、というのならそれはそれで、駄目だとは言わないが。ただ、俺としては、つまり」

ジェラルドは、なぜか言いにくそうに、しどろもどろになっている。

「ジェラルド、あなた合でも悪いの? それともお酒を飲んだ?」

「いいや。どうして」

「だって顔が赤いわよ。部屋に戻ったほうがいいかしら」

「違うんだ、キャナリー。赤いとしたら、それはし、ワインを飲んだからだろう」

「あら、やっぱりいつの間に。もしかして、馬車の中で?」

「あ、ああ。そんなことより、俺が言いたいのは。──この聖獣探しが終わっても、きみとずっと一緒にいたい、ということなんだ」

「えっ。それって」

私は言葉を切り、上を起こしてジェラルドを見つめる。

「私に、グリフィン帝國に來いっていうこと?」

「そ……そういうことだ」

「じゃあもしかして!」

思いついて、パンと両手を打ち鳴らす。

「私を侍に召し抱えてくれるのね!」

なんて素敵な申し出だろう。

すっかり私は喜んで、ジェラルドに尋ねた。

「お給金は、まあなんでもいいわ。お料理は、どんなじ? 侍でも味しいものが食べられるの? グリフィン帝國の名ってなに? ダグラス王國よりずっとかそうだから、名産品も多そうよねえ」

數々の味しそうな料理が乗った皿を想像して、私はゴク、とつばを飲み込んだ。

するとジェラルドは、なぜか笑い出してしまった。

「きみはまったく、俺の一世一代の告白を、いつも笑い話にしてしまうな」

「えっ、ごめんなさい! 変なこと聞いちゃったかしら。もしかしてダグラス王國よりもグリフィン帝國は、お料理に関してはいまひとつだとか……」

「そんなことはない」

くっくっと、まだ笑いながらジェラルドは答える。

「そうだな。名は、湖でとれる雷魚の香草焼き。それに素晴らしく香りのいいキノコを、鳥に詰めて蒸した料理がある」

「うわあ。聞いたことのないお料理だけど、味しそう。デザートは、どんなものがあるのかしら」

「そうだな。ご婦人方はネクタールに夢中のようだった」

「ネクタール? なあに、それも初めて聞いたわ」

「なんといえばいいかな。とろりとして、苦味と甘みが混ざったものだ。茶をした花ので、はあまり良くないが、香りがとてもいい。溫かいにして、しずつ味わう方法もあるし、固めればワインにも合う」

「なにそれ、食べてみたい!」

私はまだ見ぬネクタールを想像し、両手を組み合わせた。

さわさわさわ、と私とジェラルドの上を、気持ちのいい風がふいていく。

わけもなくウキウキした気持ちになっている私に、ジェラルドは言った。

「さてどうかな、キャナリー。目當てがネクタールでもいい。グリフィン帝國に、來てくれる気になったか?」

しだけ考えてから、決めたわ、と私はうなずいた。

「でもそれなら、ラミアの家をちゃんとしなくちゃ。マレット子爵家からならそう遠くはないし、旅なら、戻る機會もあると思っていたけれど」

「本格的な引っ越しと考えてくれ。従者に言って、手伝わせよう」

「お願いしたいわ。薬を街に全部売りに行くにしても、ひとりだと運ぶだけでも大変だもの。それに私が読めたくらいの簡単な文字だけど、調合の仕方を書いた木片も、すごい數があるはずよ。羊皮紙は高いから、ほとんどラミアは木の板に書きつけていたの」

「それくらいのことなら、まったく問題ない。何度だって頼まれたいくらいだ。早速戻ったら、従者に運び出すよう手配をしよう」

ジェラルドは上機嫌で言う。

「ともかくきみは俺と、グリフィン帝國へ行く。そう決意してくれた、と思っていいんだな?」

「ええ、約束するわ」

微笑むジェラルドに、私も笑顔で応じた。

(グリフィン帝國、ジェラルド皇子殿下づきの侍味しいお料理と、ラミアのよりは多分ずっとましなふかふかベッド。令嬢より侍のほうが、堅苦しくなさそうだし。うん、悪くないんじゃないの)

私は起き上がり、バスケットに用意されている軽食と、飲みを引っ張り寄せる。

「じゃあ早速、お祝いの宴よ、ジェラルド」

「賛だ」

ジェラルドも起き上がり、私の頭についていたらしき葉っぱを、優しくはらってくれる。

「この王國での宴會にはうんざりだが、きみとふたりの、青空の下での祝賀會なら歓迎するよ」

とはいえ私はあまり、お酒には強くない。

だからビンに詰めて持ってきていた、野イチゴのジュースで乾杯することにする。

ジェラルドの瞳のように、深い青空には日をけて、白く輝く雲。花の香りのする風。そよぐ短い丈の草。

この景を、私は一生忘れないだろう。

ジェラルドのきらきらと日をすかす銀髪を見ながら、なぜか私はふと、そんなふうに思ったのだった。

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