《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》19・お腹と背中

『失禮いたします。至急、ランドルフ王子殿下が、お會いしたいと申されております。お通しして、よろしいでしょうか』

また面倒なのがやってきた、と私たち三人は顔を見合わせたが、さすがに王子を邪険にはできない。

っていただけ」

ジェラルドが言うと、なぜか驚いた顔をしてランドルフ王子がって來た。

「これはこれは。このような早い時間に、すでに殿下がこちらの部屋におられるとは」

「私がキャナリーの部屋にいたら、なにかご都合が悪いのか、ランドルフ王子」

「そ、そうではないが、びっくりしただけだ。のう、そなた。キャナリー」

「なんでしょう」

そうな顔で言ってやったのだが、めずらしく王子は怒らなかった。

「実は起きて早々に、昨晩の話を聞いたのだ。そなたが救護棟で歌い、そのおかげで兵士たちの怪我が回復したと」

「どうやら、そのようですわね」

「では、これから急いでぜひ、頼む! 我が親族、叔父上や公爵たちにも歌ってやってくれまいか。ビスレムとの闘いで、傷ついたものが何人もいるのだ」

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「ああ、そうでしたわね」

どうしようかな、と私は溜め息をつく。

ここの貴族たちは大嫌いだが、怪我人であれば冷たくするのも気がひける。

それにこの人たちが戦えなければ、結果として村人や町人たちが、より多くの被害にあうだろう。

「わかりました。けれど、朝食がすんでからにしていただけます?」

私は言って、もうひとつパンを手に取った。

別に嫌がらせではなく、どうやら歌うと、通常より何倍もお腹が空くらしい。

昨晩、長時間歌っていた私は、今にも飢えて死んでしまう寸前のように、いくら食べてもまだ満腹には程遠かった。

それでも、あまり王子を待たせて、かんしゃくを起こされても困るので、そこそこにして食事を終える。

「じゃあちょっと、行ってくるわね」

「キャナリー。俺も行こうか」

ジェラルドが言ったが、私は笑って首を左右に振った。

「あなたがいたら、怪我人がみんな張してしまうわ。ただでさえ痛がってるときに、それは可哀想よ」

そう言って、私は小姓と王子に先導されて、各王族の部屋を訪ねて歩くことになったのだった。

♦♦♦

本當に私の歌には、怪我や疲労を回復させる魔力があるらしい。

昨晩の出來事に重ねて、次々に歌聲で王族たちを回復させたことで、私はさらに確信を深めた。

「おお、奇跡だ。なんという聖なる歌の力だ。あなたは神イズーナの申し子だ、聖キャナリー」

「披會のとき、このようなことと知っていたら、黃いバラを束にして投げていたのに」

「これまでの非禮を、どうかお許し下さい。この魔力は、普通のものではない。おそらくイズーナが直接、聖であるあなたに與えた力に違いない」

まずは今回の件で怪我をしたわけではないが、を悪くしている國王陛下。

次に國王の弟、その子息たち、王妃に連なる親族、王族と近い縁関係の公爵たちに、口々に禮を言われながら、私はひたすら歌い続けた。

ののしりと、靴が飛んできたあのときとは大違いだ。

の聲が浴びせられ、まるで神そのものを見るような目を向けられたのだが。

(ああああ! もう無理もう歌えない、お腹が空いたああ!)

すべての怪我人の部屋を回り終え、自室に戻って來たときには、私は半泣きになっていた。

すぐに侍を呼び、なんでもいいから食べられるものを持ってきて、と頼む。

だからしばらくして、ジェラルドたちが部屋にってきたときには、涙を流しながらチーズパイを頬張っているところだった。

「昨晩から、歌って食べての繰り返しか。可哀想に、疲れただろう、キャナリー」

「大丈夫。だって、出てくるお料理が、どれもこれもみんな味しいし。それより、聖ってなあに? このごろ何度か言われることがあるの」

「奇跡を起こせるを、そう呼んでいる」

「なるほど、私の歌が奇跡っていうわけね……」

「ところで、満腹になってからでいいんだが、ちょっと頼みがあるんだ。アルヴィンと話して、確認しようと決めたことなんだが」

「なに? 簡単なことだったら、今でもいいわよ。しお腹が落ち著いてきたから」

大きな鍋、いっぱい分くらいのシチューをたいらげ、チーズパイを四つ食べた私は、ようやくひとごこちついてそう言った。

「そんなに難しいことじゃない。が、しだけ、頼みにくいことではある」

「ジェラルドらしくないわね。遠回しな言い方をしないで、言ってみて」

うん、とジェラルドはうなずいたが、なぜかためらう。

それから目元をほんのし赤くして、口を開いた。

「実は、キャナリー。つまりその。ドレスを……いでしい」

えっ、と私は手にしていたフォークとナイフを置き、顔を上げてジェラルドを見る。

「どうして?」

「いや、勘違いしないでしい。いでしいだけで、なにもしない」

「見損なったわ、ジェラルド!」

私はんで立ち上がり、首に著けていたナプキンやクッション、花瓶に生けてあった花を投げつける。

「なにもしないけど服をげ、って言う男は世界一の噓つきだ、絶対に信用するな、ってラミアに口癖みたいに言われてたわ! あなたがそんな人だったなんて!」

「ちょっと待て、キャナリー!」

「キャナリーさん、誤解です! 私たちは、背中が見たいのです!」

背中? と私はものを投げる手を止めた。

「そ、そうなんだ、キャナリー。きみの背中には、アザがないか? 肩甲骨の辺りなんだ。申し訳ないが、それを確かめさせてしい」

「そ、そういうこと……えっと、ごめんなさい」

私は恥ずかしくなって、自分で投げたものをせっせと拾い集める。

長年のラミアとの喧嘩の経験から、これは危険でこれは大丈夫、というものはわかっているので、壊れるもの、固いものはいっさい投げていない。

拾いながら思い出し、あっ、と私は顔を上げた。

「そういえば、子爵家で言われたことがあったわ。私を養として引き取ったのは、背中にアザがある、って話を薪を売りに來た森の男から聞いたからだ、って」

「薪を売りに來た森の男?」

それまで低姿勢だったジェラルドが、なぜか急に憮然とした表になる。

「いったいなんだってその男が、きみの背中のアザについて知っていたんだ」

「さあ? でも、知っていてもおかしくはないわ。私、水浴びはいつも川でしていたもの」

えっ、とジェラルドは固まった。

「川で。それはその、外で、ということか?」

「當たり前じゃないの。グリフィン帝國では、建の中を流れる川があるの?」

「いや、そんなものはないが」

「でしょ? 泉は飲み水専用で、お洗濯とを洗うのは、川でしていたの。夏の暑い日は泳いだりもしてたわ。なるべく人がいないときに川にっていたけど、絶対に見られていないとは言い切れないわね」

「き、きみは、その場合には、服をいでいたんだよな?」

「そうに決まっているじゃない」

一瞬絶句したジェラルドは、思いつめた目をしてアルヴィンに言う。

「その男を見つけて、縛り首にできないだろうか」

アルヴィンは、やれやれという顔をした。

「過ぎたことです。あきらめて下さい、ジェラルド様。それよりも、建設的な話をしましょう。ともかく、そういうわけなんです、キャナリーさん。恥ずかしければ、侍に確認させてもいいですが、お背中を拝見させていただけませんか」

「別に見てもいいわよ。背中だけでしょ?」

で踴れとでも言われたら絶対に斷るが、背中を見せるくらい、なんとも思わない。

私が立っていって、ついたての裏でドレスをぎ始めると、慌ててアルヴィンが言った。

「わっ、私は退出させていただきます。ジェラルド様、ご確認は任せましたよ」

「う、うん。了解した」

普通の令嬢だったら、下著のシュミーズだけの姿など、決して人前では見せられない、恥ずかしいものなのに違いない。

けれど私はラミアの家でも森の中でも、ぺらぺらの木綿の服一枚で過ごしていた。

だから、これだけしっかりした生地の、丈の長い下著というのは、私としてはもうそれだけで、充分に服を著ている、という覚になってしまう。

そのせいで、ドレスをいでコルセットをはずしても、別に恥ずかしさはなかった。

とはいえさすがに正面を向いて、上半の素を異にさらすほど、無神経ではない。

ジェラルドに背を向け、大きな襟から腕を抜くようにして、下に布がずり落ちないよう、の辺りを手で押さえて言う。

「はい。これで背中が見えるでしょ?」

「……ああ。キャナリーは、自分で自分の背中を見たことはあるか?」

「ないわよ、そんなに首が長くないもの」

くすくす笑って言うが、背後から聞こえてくる、ジェラルドの聲は真剣だ。

「君の背中には、確かにアザがある。肩甲骨に沿って、両側にひとつずつ。百合の花びらのような形をしているものだ」

「へええ、そうなの。でもそれが、どうして子爵家が私を養にしたい、って話になるの?」

「キャ、キャナリー、もういいから服を著てくれ!」

なんの気なしに振り向こうとした私を、大聲を上げてジェラルドが制止する。

「ん。ああ、そうだったわね、失禮しました」

きちんとコルセットとドレスを著終えてから、私はジェラルドに向き合った。

「それで、アザがどうしたっていうの?」

「座ってくれ。これから説明する」

そこで私とジェラルドは、テーブルを挾んで椅子に腰を下ろした。

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