「ジェラルド殿下！　た、頼む。余に、この國に、力を貸してはくれぬか」

「先日出沒したビスレムは、二だと言われていたな」

ジェラルドが眉をひそめて立ち上がると、ランドルフ王子はガクガクと首を縦に振った。

「うむ。今しがた、報告がったのだ。そ、それが、四もいるらしい。西の果樹園からって來て、今は村の西側で、人を襲っていると」

ええっ、と私は両手で口を押さえ、立ち上がる。

ランドルフ王子は、ほとんど涙目になっていた。

「昨日、たった二であの慘事だったのだ。倍の數にって來られたら、もう余にはどうにもできぬ」

そう言うと、這いつくばるようにして頭を下げる。

「どのような、みもきこう。お願いだ、グリフィン帝國、ジェラルド皇子殿下。どうか我が王國を、救ってくれ」

「わかった、行こう。馬を借りる」

すでに大剣を腰につるしているジェラルドの表に、迷いはない。

「四であれば、俺ひとりで充分だ。むしろ下手に被害を増やすよりは、ランドルフ殿下も城におられよ」

「あ、ありがたい！　では、すぐに馬の手配をいたす。それから、鎧と馬も、殿下のおに合った、最高のものを用意させよう」

ジェラルドはうなずき、アルヴィンを見る。

「アルヴィン、お前はここで、キャナリーと待っていてくれ」

「はい、了解いたしました」

ランドルフ王子とふたりして部屋を出ようとするジェラルドに、私は慌てる。

「えっ、ちょっとジェラルド！　なによ、私もアルヴィンも置いていくの？」

追いかけようとした私の腕を、アルヴィンがつかんで引き留めた。

「大丈夫です、キャナリーさん。ジェラルド様にとっては、四ならば本當に、ものの數にもりません」

「アルヴィン、そんなに長く強くキャナリーの手をるな」

「はっ、はい、わかっております！」

「すぐ戻る」

ほんのしだけ口元で笑ってから、ジェラルドはサッと表を引き締めて、あたふたとしているランドルフ王子と共に、退出してしまった。

私はしばし呆然としていたが、すぐに追いかけようとして、再びアルヴィンに止められた。

「わ、わかったわよ！　戦ったりしないわ、遠目で見るだけならいいでしょう？」

「駄目です！　ジェラルド様の言いつけを守らないと、私が怒られるのですから。ここは我慢して下さい」

「いいじゃないの、ちょっとくらい怒られたって」

「簡単に言わないで下さいよ。皇子殿下に叱られるなんて、不名譽きわまりないことなんですから」

「そういうものなの？　ああ、だけど」

私は後を追うことはあきらめたものの、いてもたってもいられない気持ちで、溜め息をつく。

「ここでじっと待つなんてできないわ。今から怪とジェラルドが戦うなんて、自分が戦うより怖くなっちゃう」

うなだれた私にアルヴィンは、表をやわらげる。

「ジェラルド様を、とても心配しておられるんですね」

「もちろんよ。だからせめて、見守りたいの」

「見るだけならば、先日お見せした魔道で可能ですよ。お持ちします、し待っていてください」

言ってアルヴィンも、部屋を退出していく。

れ替わりに侍がって來て、料理の皿やカップをワゴンにれて、片付け始めた。

(今なら侍とれ替わって、外に行けちゃうかも)

一瞬、そう考えた私だったが、やめておいた。

そんなだますような真似をして、本當にアルヴィンが叱責されたら気の毒だったし、勝手な行でジェラルドの邪魔になったら、申し訳なさ過ぎる、と考えたからだ。

それに本當にアルヴィンは、すぐに部屋に戻って來て、ゴブラン織りの分厚い袋から、何種類かの道を取り出した。

「いずれも旅で攜帯するものですので、城で本格的に使っているものより小型なのですが」

最初にアルヴィンが手にしたのは、先日も見た、鏡のように平たく丸いものに、柄のついた魔道だった。

丸い部分に指先で魔法陣を描き、次になにか別の模様を描く。

「帝國の紋章と、ジェラルド様の花印です。魔法陣の上にこれを描けば、姿が見られるようになっているんです」

「み、見せて。私にも」

アルヴィンは鏡を、テーブルの上に置いた。

最初はなにか、もやもやとした渦のようなものしか見えなかったが、やがてそこに風景と、人の姿らしきものが浮かび上がって來る。

さらに時間が経つとくっきりと、村に向かって疾走する馬に乗った、ジェラルドが映し出された。

「すごい！　便利なものがあるのねえ」

心して、夢中になって眺めていた私だったが、すぐにそれどころではなくなった。

鏡の中に、怪の姿が映ったのだ。

ざわっ、と私は、背筋に悪寒をじる。

「なっ……なに、これ」

震える指でさししめすと、これがビスレムです、とアルヴィンの冷靜な聲が返ってくる。

「だ、だけど、これは、生きじゃないわ。いているけれど。でもなぜか、生命をじない。こんな……よこしまな気配の気味の悪い怪がいたなんて」

それは泥と油で作った、巨大な人形のようだった。

目は炎のように赤く、同様に真っ赤な口がくわっと開き、牙が見える。長は、農家の屋ほどもあるだろう。

前かがみになり、二本足で立ち上がった狼、といったシルエットだったが、や皮というものはなく、ねばった泥が上から下へ、下から上へと循環して、渦巻いているように見えた。

「なんだか。すごく、邪悪なじがするわ」

つぶやくと、アルヴィンも同意する。

「はい。この怪の恐ろしさは、他の生きとはまったく、共通點がないことです。熊や狼などとはまるで違う。兇暴で素早く、なんにでも噛みつこうとします。しかし傷つけるだけで、食べるわけではない。まるで目にしたものを痛めつけ、破壊することだけが目的とでもいうように」

「私が想像していたのより、ずっと恐ろしい怪みたいね。……あっ。ジェラルドが、馬から降りたわ！」

鏡の中のジェラルドは、まったく恐れげもなく剣を鞘から抜くと、ビスレムに向かっていった。

そしてなにか呪文のようなものをつぶやくと、剣に不思議なる紋様が浮かび上がり、それでバサッ、ズバッ、とビスレムを蹴散らしていく。

「すごい、あっという間に、二も片付けちゃった！　あとしよ、頑張って、ジェラルド！」

ジェラルドの頼もしさに、私の恐怖は一気に薄れた。

の數ではない、と言っていたジェラルドの自信が、今ならば納得できる。

そのジェラルドの後ろから橫から、に隠れていた村人たちが出てきて、一斉に逃げ去っていった。

「怪我人はいないのかしら。怪を全部倒せたら、様子を見に行ってもいいわよね？」

「そうですね。完全に、四とも倒した後ならば」

「私の歌で怪我が治せる、ってわかったんだもの。行かないわけにいかないわ」

鏡に映るジェラルドは、まだビスレムと戦っていた。

最後の一がとてつもなく大きく、手こずっているらしい。

「いけ！　そこよ、ジェラルド！　もう一発、やっちゃって！」

私は拳を握って振り回し、ジェラルドを応援する。

そうして間もなく、すべての決著がつくかに思われたのだが。

「なんだか、嫌な予がします」

ぼそっとつぶやいたアルヴィンに、私は鏡からそちらに顔を向ける。

「どういうこと？」

アルヴィンは袋から、小さな水晶玉や、寶石のはまった杖のようなもの、丸い金のに鏡ではなく薄い水晶がはまっていて、長い柄がついているものなど、いろいろな道を引っ張り出した。

と、水晶玉が、ぼうっと青くっているのに、私は気が付く。

「アルヴィン、なんだかこれ、ってるわよ」

「そうですね。こちらもです」

言いながらアルヴィンは、服の下に首から下げていた、こちらは木の実ほどの小さな水晶玉を取り出す。

それは白いを放っていた。

「この、から下げているものは、って當然なのです。一定の距離より近くに、ビスレムがいると反応するよう魔道の細工がされているので。問題なのは、青いほうです」

「こっちもジェラルドがやっつけようとしてるビスレムに、反応してるんじゃないの？」

「だったらいいのですが。おそらく、違います」

青いが強くなっていくにつれ、アルヴィンの表がどんどん険しくなっていき、私も張してしまった。

「なにが違うの？　どういうこと？」

「これは、一二では反応しません。つまり、群れを探知するものなのです。が濃く、が強くなってくるのは、こちらに向かって、近付いてきていることを示しています」

「アルヴィン！」

私は思わずんでしまった。

「まさか、ジェラルドが四を倒しても、すぐその後ろに大群がいるかもしれないって言うの？」

「おそらく。まず數でやってきたのは、やつらの斥候か様子見だったのかもしれません。四どころか何十、あるいはもっと多くいるでしょう」

(ジェラルドがたったひとりで、怪の大群と戦う……)

私はサーッと頭から、の気が引くのをじていた。