《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》22・聖誕
私はラミアにきたえられたおかげで、滅多なことではめげない。くじけない。
泣くのはせいぜい、お腹が空いてたまらないときくらいだ。
けれど今、私はがっくりと肩を落とし、それから床にへたり込んでしまっていた。
「わ、私のせいだわ。さっさと聖獣を探しに行ってもらっていれば、ジェラルドが怪の大群とまた戦うなんてことにならなかったのに。私が引き留めたばっかりに」
「キャナリーさん。あなたのせいじゃありません。そんなふうに考えてはいけない」
アルヴィンがなぐさめてくれるが、ジェラルドがこれから立ち向かう困難を思うと、が苦しくなってどうにもならない。
「どうしよう。ジェラルドになにかあったら。こんなことになるとわかっていたら……!」
目の前が、涙でぼやける。
「キャナリーさん!」
アルヴィンが珍しく、厳しい聲で言う。
「あなたは、ジェラルド様のことをまだわかっておられません! あの方は罪のない人々がビスレムに殺されるのを、みすみす放っておく方ではないのです。キャナリーさんに言われなくとも、あの方は必ずや同じように行したはずです!その當然の行為があなたを泣かせたと知ったら、がっかりされますよ」
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「アルヴィン……」
叱られて、私はようやく落ち著きを取り戻した。
手の甲で目をこすり、パン、と自分の手で顔をはたく。
「そ、そうよね。そうだわ。私は今、めそめそしてる場合じゃない。泣くのはヒマなときにしろ、ってラミアにも言われてたわ!」
キッと顔を上げ、私は立ち上がる。
「私、行くわ。どうやって止めても無駄よ」
鏡を見ると、ジェラルドは四目を切り伏せたところだった。
けれどその背中のかなり遠く、村の境より先ではあるが、なにか黒いものが固まって、段々と近づいて押し寄せてくるのが見える。
アルヴィンもそれを目にし、ごくりと息を飲むのが分かった。
「私も參ります。それから、ランドルフ王子殿下に進言し、ともかくも戦えるものを集め、ジェラルド様の援護に向かってもらいましょう」
アルヴィンはそれを伝えるため、急いで呼び鈴を鳴らし、小姓を呼んだ。
けれど私は、それだけでどうにかなるとは、とても思えない。
「なにかないの、アルヴィン! 私にも使える魔道は!」
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「お待ちください。考えましょう」
さすがにアルヴィンも、この狀態では私にじっとしていろ、とは言わなかった。
おそらく、大事な主であるジェラルドのに重大な危険がせまっていることを、はっきり察しているからだろう。
「最初に會ったとき、ジェラルドは瀕死の狀態だったわ。やっぱりビスレムの群れを相手に戦った、と言ってたわね。また同じことになって、今度も生きていられるなんて保証はないのよ!」
「わかっております! ただ、いくらなんでも初めて手にした魔道で、キャナリーさんが戦えるとは思えません。なにか有効な手段があればいいのですが」
「……聲を大きく響かせるものはない?」
尋ねると、私の意図をわかったらしく、アルヴィンはひとつの道を手に取った。
「これならば。戦うための魔道ではなく、隊列の後ろや広い場所で、離れたところに報を伝達するためのものなのですが」
それは薄い水晶板をはめ込んだ丸い枠に、杖のような金屬の、長い柄のついたものだった。
水晶版の上に、アルヴィンは急いでなにやら魔法陣を描く。そして私に、それを渡した。
「この水晶版に向かって聲を出すと、大きく周囲にまで拡散されて聞こえます」
「ありがとう、貸してもらうわ」
「私も參ります。この分では、馬車では間に合わない。馬には乗れますか?」
「ええ。でもこのドレスじゃ無理ね。なんとかしましょう」
私は柄のついた水晶板を、アルヴィンは別の魔道を手に、ジェラルドのもとへと向かうべく急いだのだった。
♦♦♦
「早く早く、もっと飛ばして!」
私は用の乗馬服に急いで著替え、馬を走らせるアルヴィンの後ろにまたがっていた。
城門が開かれ、他の王族たちも一緒に馬を走らせたが、二人で乗っているのに、アルヴィンが一番早い。
「あなたって、馬を駆るのが上手いのね!」
驚いて言うと、振り向かずにアルヴィンは言う。
「魔道で空気抵抗と、重さを軽減しているのです。しっかり捕まっていてください」
はいっ、とムチをれると、いっそう馬の駆ける速度は速くなる。
私は振り落とされないよう、しっかりとしがみつき、ジェラルドの無事を祈っていた。
「あれがいいわ、アルヴィン、止まって!」
馬の背に乗り、前方を見ていた私は、村の火の見やぐらを見つけてんだ。
それは城の三階くらいの高さがあり、はしごで上ったてっぺんには、火事や事件が起きたときにしらせるための、鐘がついている。
すでに村人のひとりがそこに昇り、必死に鐘を叩いていた。
ジェラルドがいるのはもっと先だったが、私は自分がこれからするべきことに関しては、その場所が最適だと思い、アルヴィンに言って馬を降りる。
「私はこのまま、ジェラルド様の援護に向かいます。なにがあっても、ここまではビスレムが來ないよう、命を懸けてもお守りします!」
「私より、ジェラルドのことを守ってあげて!」
そう言ってアルヴィンを見送ってから、私は上を見てぶ。
「お願い! ちょっとその場所を、ゆずってちょうだい!」
鐘を叩いてたのは同年代くらいので、びっくりしたように、こちらを見下ろす。
「でも、雇い主に叩け、って言われたんです」
どうやら商家の、下働きのらしい。
「あとは私が代わるわ。あなたも早く逃げなさい! ビスレムの群れが來るわよ!」
「代わってくれるんですか!」
彼も怖くて早く逃げたいのを、我慢していたのだろう。
涙目ではしごを降りてくると、ぺこりと私に頭を下げ、一目散に駆けて行った。
「よし! やってやるわよ!」
私は自分に気合をれて、やぐらのはしごを上り出す。
アルヴィンに借りた、柄のついた水晶板を持っているので、ちょっと上りにくかった。
しかしもちろん、森での木登りも得意だった私には、さほど難しいことではない。
その下を、援軍として役に立つのか疑わしかったが、ランドルフ王子たちの乗った馬が、ドドドと駆けて行った。
ビスレムがよほど恐ろしいのか、がっちりした甲冑を、全員が著こんでいる。
あれでは相當に重たいだろうから、遅くなるのも無理はない。馬が可哀想だった。
「ここなら、うんと遠くまで見えるわ。さあ、キャナリー、しっかりするのよ!」
やぐらの一番上に昇り、自分を勵ました私の聲は、ほんのしだが震えてしまう。というのは、眼でビスレムの大群が見えてきたからだ。
黒いまがまがしい塊の群れが、もうあとしで、銀髪をなびかせている、ジェラルドの近くに到達しそうなのが見える。
(あの群れが進む途中に、農家がないといいけれど。みんな無事に逃げられているのかしら。もしかしたら、怪我人が出ているかもしれない)
ジェラルドの位置からも、すでに群れは確認できているだろう。
それでも逃げずに覚悟を決め、剣を持って待ち構えているようだ。
(やっぱりあなたは逃げないのね。殺されてしまうかもしれないのよ、怖くはないの? 逃げたって、誰も責めたりしないのに。あなたはそんなにまで、勇敢なのね)
王族たちの馬とは反対方向に、村人たちが走って逃げて來る。
「おい、鐘はもういい! あんたも早く逃げろお!」
「しまっておいた古い魔道はもう、全然、効果がない。どうにもしようがねえよ!」
言われて私はうなずいたが、もちろん逃げる気はなかった。
(ジェラルド。私はあなたを守ってみせる。怪たちがもしもあなたを傷つけても、すぐに治すわ!)
私はアルヴィンに託された、長い杖を両手で正面に持ち、水晶板が口の前にくるようにする。
そして、すう、と息を吸い込んだ。
想いと祈りをいっぱい込め、私は歌う。
「ひかりのめぐみ のにみち くものしずくも やがてちにしみ」
披會のときと同じ歌だ。
村人のために。そしてなにより、ジェラルドのために。
「はなはひらき たいがとなりて うなばらへ」
全全霊をかけて歌ううちに、私はなぜか肩の下あたりが熱を持っていくのに気が付く。
ほぼ同時にパン!となにかが弾けるような、軽い衝撃を背中にじた。
直後に火の見やぐらの周辺が、眩しく発しているのがわかる。
まだ家畜を逃がしたり、貴重品などを持ちだそうとしていたのか、逃げ遅れていた村人たちがこちらを見上げ、指を差して口々にび始めた。
「おっ、おい、上を見ろ、火の見やぐらを!」
「聖がいる! 金の翼を持った聖が歌っているぞ……!」
「父ちゃん、聖様だよ、ほら見て! 翼が綺麗」
「本當だ、の翼がある! おお……なんと神々しいお姿だろう」
「おい、歌を聞いとるうちに、腰を抜かしとったばあさまが歩けるようになったぞ! これなら逃げられる!」
(の翼?)
私は、ちら、と自分の肩越しに後ろを見た。
一部しか見えないが、確かに肩甲骨の辺りから、の粒でできたような大きな翼が生えているのが、自分でも確認できた。
(ジェラルドたちの説明どおりね。本當に私は、翼の一族だったんだわ)
しかし私に翼が生えようが、頭に花が咲こうが、そんなことは後まわしだ。私はなおも、必死に歌う。
アルヴィンの魔道である、魔法陣を描いた水晶板は、私の聲を広く遠くに拡散してくれていった。
(これなら、もし怪我人が出ていたとしても、聞こえたら治るはずよ。ジェラルドだって怪我をしても、すぐに回復できる)
私はそう考えていたのだが。
歌を三度繰り返し、四度目の途中で、私は異変に気が付いた。
いくら待っても、ビスレムの大群が近づいてこないのだ。
ジェラルドも剣を下ろし、様子をうかがっている。
それから慎重な足取りで彼らに近寄り、先頭にいた一を、真っ二つに一刀両斷してしまった。
私は歌うのをやめて、ビスレムたちになにがおこったのか、じっと耳を澄まし、見つめていた。
「いったい、どうなっちゃったのかしたら」
と、そのときジェラルドが振り向いて、こちらを見たのがこの距離からでもわかった。
ジェラルドは離れた場所に待機させていた馬にまたがると、すごい速さで走って來る。
「ジェラルド?」
ジェラルドは自分よりずっと後方で待機していた、王族の騎馬隊の橫を通り越し、あきらかに私のもとを目指して馬を走らせていた。
「ジェラルド! まさか私が城でじっとしていなかったのを怒りに來たの? でもビスレムの大群を見て、とても部屋でおとなしくなんて、していられなかったのよ!」
「違う、キャナリー。怒りに來たんじゃない」
やぐらの下で、ひらりとジェラルドは馬から飛び降りる。
それから顔を上げ、きらきらと目を星のように輝かせて言った。
「その翼が、向こうからでも見えたんだ」
「ああ、これ?」
私はなんとなく恥ずかしくなって、弁解するように言う。
「ええと、私にもどうしてだかわからないけど、歌っていたら、生えちゃったみたい……」
「素晴らしい! すごく綺麗だよ、キャナリー!」
ジェラルドは、奇跡と遭遇した子供のような顔をしていた。
「まるで、本當に神イズーナみたいだ。やはりきみは正真正銘の、翼の一族の聖だったんだな!」
に震えているらしきジェラルドを見ていると、私はますます照れ臭くなってしまった。
「こ、こんなの、どうでもいいじゃないの」
言いながら私は、急いでやぐらを降りる。その途端、翼に反してっていた周囲が、もとの狀態に戻っているのを見た。
の翼は、もう消えてしまったらしい。
私はむしろホッとして、ジェラルドに言った。
「もう翼は、引っ込んじゃったみたい。ずっと出たままだったら、邪魔で仕方ないから、よかったわ」
「邪魔って。キャナリー、きみという人は……」
「そんなことより、あなたは怪我をしていないの? ビスレムは、どうなったの?」
私はジェラルドの顔からお腹を眺め、それから背後に回って、どこかに傷がないか確認する。
「俺は無傷だ。正直、遠くに群れが見えたときには、數の多さに絶しかけたんだが」
ジェラルドは私の肩に手を置いて、まっすぐに目を見て言った。
「……きみの歌が聞こえてきて、直後にあいつらのきが止まった。間違いなく、きみの歌の魔力によるものだろう。きみの歌聲には、闇の魔道を浄化し、打ち消す力があるのかもしれないな。ビスレムはもう、固まった土人形のようになっているよ」
「そうなのね。よかった……」
ほーっ、と私はをで下ろす。
「キャナリー。きみに命を救われたのは、二回目ということになるな」
「そ、そう言われてみれば、そうなのかしらね」
肩に置かれた手が熱い。私の心臓もドキドキしてきて、なぜかほっぺたが熱を持ってくる。
「とにかく!」
私はこの張に耐えられなくなって、ぱっとをひるがえした。
「ビスレムたちがどうなったか、ちゃんと確認しなくっちゃ。行ってみましょう」
「いや。きみが行くのはまだ危険かもしれない」
「もう平気よ。もしき出したら、また歌ってみるわ」
そうして私は、ジェラルドの馬の後ろにのせてもらい、ビスレムたちの近くまで、行ってみることにした。
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