《【書籍化&コミカライズ決定!】10月5日コミカライズ連載スタート!10月15日文庫発売!追放された元令嬢、森で拾った皇子に溺され聖に目覚める》23・聖獣あらわる

「ジェラルド様! 急に退卻されたから、どうしていいのか、困ってしまいましたよ」

馬からふたりで降りた途端に、アルヴィンが駆け寄って來る。

「すまん。どうしてもキャナリーの翼を、直接この目で確かめたかった」

「ここからだって見えましたよ」

「しかし、小指ほどの大きさにしか見えなかったじゃないか」

「それくらい、我慢してくださいよ。まったくジェラルド様は、キャナリーさんのことになると、分別がつかなくなってしまうんですから。時計の蓋の裏の絵の依頼も、キャナリーさんの肖像畫でしょう? わかってるんですからね」

「しっ、アルヴィン! 聞かれたら恥ずかしいだろう」

「ねえ、あれって、どうなってるの」

なにか言い合っているふたりの後ろから顔を出し、前方の黒いビスレムの大群を指差して、私は言う。

「ここから見ても、不気味だわ。かなくなったのって、本當に私の歌のせい? 止まってよかった、と思っていいのよね?」

「ビスレムは、常に泥が全を巡っているような魔だ。循環が止まると乾いて、土の塊のようになってしまう」

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ジェラルドが説明してくれるが、私にはピンとこなかった。

泥でできた怪が、生きと言えるのだろうか。

「それって、生きているの、死んでいるの?」

「そもそもが、り人形のようなものではないか、と考えられている」

「お人形?」

「うん。なにものかが、よこしまな黒魔道で野獣の骸を泥に混ぜ、仮の命を吹き込んで造った怪ではないか、と、帝國の研究ギルドで仮説を立てているんだ」

「ビスレムの殘骸を調べても、骨のようなものはあっても、臓とか、ありませんからね」

アルヴィンも難しい顔で、ビスレムの群れを眺めて言う。

「泥と野獣の混合した、あやしい怪だとしかわかりませんが。ともあれ、今はもう危険はないと考えていいでしょう」

「そ、そう。だったらちょっと、観察させてもらうわ」

「きみは好きだな、キャナリー」

「だって、今後の參考になるかもしれないじゃない」

私は怖いのと好奇心との間で迷いながらも、そろそろとビスレムに近づいた。

初めて近くで接する怪を、まじまじと上から下まで眺める。

「……うわあ。グロテスクで、匂いも強烈……。こんな怪に襲われて、逃げずに戦うなんて。あなたってすごいわ、ジェラルド」

心から心してそう譽めると、ジェラルドはし照れたようだった。

「これでも皇子としての誇りはあるからな。ひるんでなどいられない」

その言葉に、私はちらりとアルヴィンよりもっと後ろに待機していた、ランドルフ王子一行を見る。

そしてますます、ジェラルドを尊敬してしまったのだった。

これでひとまず、ビスレムの群れの脅威は去った、と思われたのだが、これだけではすまなかった。

後片付けが、大変なことになったからだ。

ビスレムたちは、あるものは家の戸口で、あるものは水車の前で、そしてこれから向かってこようとしていた大半は、畑の中で突っ立っていた。

この、かなくなって固まってしまった泥の怪を、そのままにはしておけない。

といって、簡単には排除できなかったのだ。

「とりあえず、俺が細かく切り刻もう」

シュルルッ、とジェラルドが剣を一閃すると、ビスレムは十等分ほどに切り刻まれ、ドサドサと落下する。

「この大きさなら、片付けやすいわね。……って、重ーい!」

私は転がった塊のひとつに手をかけたが、あまりに重くて持ち上げられない。

「無理をするな、キャナリー」

「無理してないわよ。森では毎日、水を汲みに泉まで何往復もしたし、結構、力があるのよ私。でもこれは、三人がかりくらいじゃないと、運べないと思うわ」

傍にいたアルヴィンが、腕を組んで考え込む。

「荷車に乗せて、どこかに廃棄場所を作って捨てるとしても、そうとうな日數がかかるでしょうね」

「魔道で、なんとかできないの?」

「どうでしょう。巖や切株ならともかく、黒魔道で造られたビスレムのですから、どこまで魔道が通用するか……」

ジェラルドは、かなり遠くにまで続いている、今はかないビスレムの群れを見て、溜め息をついた。

そして、深刻な顔で言う。

「魔道を使ったとしても、この數だ。もちろん、襲って來るよりはるかにましとはいえ、厄介なことになった」

「このままじゃ、村の人たちみんなが困るわ。畑だって耕せないし」

私の言葉に、アルヴィンがうなずく。

「それに街道の一部が塞がれてしまったので、馬車も通れません。資がってこないと、誰もが困ることになると思いますよ」

周囲を見ると、村人たちもなんとかビスレムを排除しようと、突いたり、倒したり、棒で叩いたり、必死に頑張っている。

けれどこのままでは、もとの狀態に戻るまでには、何か月もかかりそうだった。

「どうしよう。私が調子に乗って、歌ったせいだわ……」

呆然としてつぶやくと、とんでもない! とジェラルドが大聲で否定した。

「この大群だ。もしもきみが歌ってくれていなかったら、襲われ、殺しつくされて、困る人間さえいなくなっていたぞ」

「そうかもしれないけど……」

なおも罪悪を覚え、私がを噛んだそのとき。

「ジェラルド様!」

アルヴィンがなにかに気が付いたというように、ハッとした顔をして周囲を見回しながら言う。

「どうしたんだ、アルヴィン。まさか」

「その、まさかです。気配をじます……しかも、どんどん近くなってくる」

「えっ、またビスレムが來たの? 私もう、なにか食べないと、お腹が空いて一曲さえ、歌えるかどうかわからないわよ」

うろたえる私に、違います、とアルヴィンはなぜか、嬉しそうな顔で否定した。

「私がじているのは、聖獣の気配です!」

アルヴィンはベルトについている小れから、鎖のついたペンデュラムの水晶を取り出した。

「あっ、すごい、綺麗!」

私がそうんだのは、水晶がまぶしいほどに強いを放っていたからだ。

そして鎖に繋げられ、垂れ下がっていた水晶は、いきなりビン! と上にいた。

「上?」

私たち三人は、水晶につられたようにして顔を空に向ける。するとそこには。

「ああっ! 絵で見たのと同じ鳥!」

真っ白でほわほわして、足のむっちりと太い生きものが、ばっさばっさと羽ばたきをして、青空を旋回していた。

「シルヴィ!」

ジェラルドが驚きと、喜びに満ちた表で、両手を上に差し上げ、そう呼んだ。

「やっぱり、あれが聖獣なのね! シルヴィって名前なの? あっ、降りて來るわ。ジェラルドに気が付いたのよ。うわあ、お日様の日差しをけて、白い羽がきらきらしてる。わあ、可い! すっごく可……、お、大きい!」

私は絵を見て勝手に、七面鳥くらいの大きさを想像していた。

けれど、ばさっ、ばさっ、と羽ばたきの音をさせて舞い降りてきたシルヴィは、馬三頭分くらいの大きさがあったのだ。

「きゅぴぃ」

地面に降り立ったシルヴィは、ジェラルドを見ると甘えたような可い聲で、そう鳴いた。

「シルヴィ! 心配していたぞ、どこでどうしていんだ!」

ジェラルドが駆けて行って、そのまふまふしたにしがみつくと、シルヴィは首を下げ、頬をすり寄せている。

「なにあれ、すっかり甘えちゃってるじゃない。大きいけど、やっぱり可いー!」

私は両手の指を組み合わせ、うっとりしてしまった。

シルヴィの目は真っ黒でくりくりしている。

くちばしは薄い桃で丸く、銀のトサカがついていた。

翼の部分の羽はしゅっとしているが、や頭の羽は、ふわふわと集していて尾が長い。

「キャナリー。來てくれ。きみにも聖獣を紹介したい」

喜んで! と走って行ったそのとき、すっとシルヴィの頭部の羽の中に、なにか黒いものが隠れたのが見えた。

「ねえ、ジェラルド。今シルヴィの、わっふわっふの羽の中に、なにかいたわよ? 黒い小さな生きに見えたけど」

あれがシルヴィをり、グリフィン帝國から逃げ出すようそそのかしたのではないか。

なにか悪い魔に、乗っ取られているのではないか、と私は心配したのだが。

「大丈夫。それはサラだ。というか、むしろ大きな力を持つのはサラのほうで、同じ聖獣でもシルヴィは乗りに近い」

「えっ、そうなの?」

「はい。シルヴィは風を、サラは火を司る聖獣なのです」

アルヴィンが、詳しく説明してくれる。

「サラはとても小さくてすばしこい上に、人には滅多に懐きません。だから畫家も、サラを絵にすることはできなかったのです。シルヴィは、懐いた相手に対しては、おとなしいのですが」

へええ、と私はふわふわすべすべした、シルヴィの羽をでながら、サラのいるであろう付近を眺めた。

「せっかく聖獣と出會えたんだから、シルヴィだけじゃなくて、サラともれ合いたいわ」

「簡単に言うけれどな、キャナリー。きみがこうして、シルヴィをいともたやすくでていることさえ、珍しいことなんだぞ」

「あら、そうなの?」

「うん。警戒心が強いからな。俺だって最初は、くちばしで突かれた」

「とてもそうは思えないけれど」

私はシルヴィに抱き著くように、両腕を羽の深くまで差しれて、わっふわっふのを楽しんだ。

(サラも出てこないかな。どんな子だろう、仲良くなりたいなあ)

シルヴィはそんな私をつぶらな黒い優しい瞳で、じっと見守ってくれていた。

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