《【書籍化】誰にもされないので床を磨いていたらそこが聖域化した令嬢の話【コミカライズ】》消えていくものと新しく興るもの
私達はお父様がされているという部屋に案された。
お父様はちらりと目をかしたものの特に反応はなく、フィオナと同じ虛ろな目でじっと座っている。
私はし離れた場所の椅子に座り、おそるおそる口を開いた。
「お父様。…………その、」
……どうしたんだろう。言いたい事はたくさんあったはずなのに、もう全てがどうでも良い事のように思えて來る。
でも一つだけ、絶対に伝えなければいけない事があるのだ。
“お母様は裏切ってなどいない。私は貴方の本當の娘だった”と、これだけは言っておかなくては。
意を決して口を開きかけた時、お父様の方が先に言葉を発した。
「……フィオナは、どうなった?」
やっぱり。
――フィオナの事ばっかりね、お父様って。
昔からそうだった。
私がよく知っているお父様の姿そのものだわ。
なぜか笑えてきて、私は投げやりに答えた。
「お父様と同じです。別のお部屋で安全に過ごしておりますよ。ご安心下さい」
「そうか。なら良い……」
そう言ったきり黙ってしまった。
お義母様の話にれて來ないのは、何があったのかを既に他の人から聞いているからだろうか。
文句を言わず大人しくをけれているので、きっとそうなのだと思う。
……今更だけど、この人はお義母様の裏の顔をどこまで知っていたのだろう。
知っていて尚、していたのだろうか。
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だとしたら相當な事だ。
「……ステラよ」
「は、はいっ!」
急に話しかけられてびっくりした。目線は相変わらずどこか遠くを向いているけれど、確かに私の名前を呼んだ。
「……セシル殿下と、婚約をしたそうだな。良かったな」
「あ……、ありがとうございます……」
特に祝福されている風では無いのだけど、口をついて出て來たのはお禮だった。
罵られると思っていたのでびっくりだ。
「それと、浄化の聖にもなったそうだな」
「は、はい……」
「浄化とはまた……。笑わせる。よりによってお前が、浄化なんて……」
よりによって、とは。
私のが穢れているとでも言いたいのだろうか。
「あの、お父様。その件についてどうしても知って頂きたい事があります。私は、家を出てから沢山の人達に出會いました。いずれも素晴らしい出會いだったと自信を持って言えます。が、聞いて頂きたいのは、その中のお一人に、スキル“鑑定”を持った人がおりまして――」
お父様の目がカッと開いた。
目線があちこちに揺らいでいる。
お父様の明らかな揺を見て、かえって私は落ち著いて次の言葉を口にする事が出來た。
「そのお方によると、私の縁上の父親は“ラディス・マーブル”という名前の方なのだそうです。どこの誰なのでしょうね? かなり珍しい名前だと思うのですが」
嫌味たっぷりな私の言い方に対する反応は特に無く、ただ小さく「噓だ」と呟いた。
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「…………噓だ。そんなの……口では何とでも言える」
「……それならそれで結構です。お父様は他人の言う事は何も信じられないのですね。……あのお義母様とフィオナの事しか信じられない、と」
「いや、そんな事は……でも」
「私の言葉が信じられないのなら、お父様も鑑定を依頼してみれば良いのです。その鑑定人も信じられないのであれば、次は噓をついているかどうかを判定するスキルの持ち主でも探しますか? 居るかどうか分かりませんが、協力しますよ」
言いながら、キリがないな、と思う。
誰に訊いてどんなスキルを使ったとしても、最後には自分の判斷を信じるしか無いのだ。
言いたい事は言えたので、立ち上がって殿下と一緒に退室した。
あの話をお父様がどうけ止めたのかは知らない。
ただ、事実は伝えたのでこれで幕引きという事で。
これで終わり。
いつかお母様に謝ってくれたら良いなと思う。
扉の外に出ると、なぜか宰相が待ち構えていた。
これから私達の婚約を正式に発表するので大広間に來てほしい、との事だ。
「急ですね!?」
「そうでもないでしょう。婚約の立自は結構前の事でしたし。それに、王宮に出りする人間の間では既に周知されている事です。確かに直前でバタバタしてしまった覚は否めませんが、シーズン最後の王家主催パーティで発表しないならいつするのだという話ですよ。大丈夫です。ただ並んだお姿を見せるだけで、特に喋ったり踴ったりなさらなくても結構ですから。そういった事は全て陛下と王太子殿下で行います。さあ、急いで。皆が待っていますよ」
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急かされて大広間へと早歩きで向かう。
宰相が扉を開く直前、殿下は私の腕を取ってご自分の腕と絡ませた。
見上げると、いつもと変わらず穏やかな顔で微笑みかけてくれる殿下が居る。
安心でいっぱいだ。腕にを寄せて微笑み返し、真っ直ぐに前を向いて、華やかさにあふれる夜會への扉を潛った。
♢ ♢ ♢
翌朝、普段と変わらずに起き出した私はいつも通りに朝のルーティンをこなし、裏庭の畑に行った。
薬草とマリリンに水やりをしていると、ケリー様と殿下とシルヴァ、そして陛下がそれぞれのタイミングでやって來る。
「――それにしても昨日は楽しかったですわね。盛り沢山で」
「大変でしたよ……。あ、そうでした。ケリー様、ポーション、使わずに済みましたのでお返しします。ありがとうございました」
「怪我が無くて何よりでした。ですが、いつ必要になるか分かりませんので良ければそのままお持ち下さいな。ステラ様のおかげで薬草がたくさん取れるようになりそうなので、ご遠慮なさらず」
「あ、ありがとうございます……」
「それにしても格好良かったですわー! しい神の杖をかざし、あの大喰らいのマリアンヌに突風を放つステラ様のお姿! 誰か絵にして殘してくれないかしら」
お義母様は、取得して一度も使わないまま捕縛された例のスキル“大喰らい”のあだ名で呼ばれるようになってしまった。
あれだけの大騒だったので、大まかな容は夜會に參加していた人達にしっかり知れ渡っている。
陛下が“神の遣わした鳥”に乗って夜の庭園に降り立った事も既に伝説と化している。
陛下、伝説になった。凄い。
一夜明けても疲れが抜けきらない様子の陛下は、ランランの背中の上でぐったりしながら會話に混ざって來た。
「大喰らいはもうダメだ……。何を聞いても“あのの娘を連れて來い!”しか言わぬ。ここまで執著するからには過去に本來の夫人と何かひと悶著あったのかと思いきや、言葉をわした事すら無いらしい。侯爵の証言ではあるが、実際そうであろうとは思う。二人には侯爵以外の接點が無さすぎる」
「じゃあ、ステラの母君への対抗心だけであそこまで邪悪な格になったって事ですか?」
殿下が歯に著せぬ言いをした。
邪悪って。否定はしないけど。
陛下は頷く。
「そういう事なのだろうな。本來並び立つはずのない二人が、男のほんの気まぐれで並んでしまった。いや、並んだように思わせてしまった。負けたくないと思い始めた。それが不幸の始まりだったのだろう」
神妙な顔で頷いているのはシルヴァ。彼は靜かに口を開く。
「……し、分かる気がします。私は貧民として生まれ貧民として暮らして來ました。今はこうして主や陛下のお近くに仕え、それなりに親しくして頂いておりますが……だからと言って自分が上流階級の仲間りをした訳では無い。ここを勘違いすると……嫉妬が出てきてしまうのは、あると思います。まあ、俺は勘違いなんてしないけど」
「ふむ、君はどうしてそう言い切れるのだね?」
「人は一人では生きていけない――その言葉の意味するところを知ったからです」
いつか聞いた言葉だ。
迷いの無いシルヴァの言葉に陛下は頷いた。
「……よく分からぬが、君は神職に向いていそうだな。紹介狀なら書くが、どうするかね?」
「私は隠の道を究めたいので結構です。こんな面白い事は他にありませんので」
「そうか。なら構わぬが……」
相変わらず疲れた様子で陛下はランランの背中にを預けた。
し沈黙が流れ、その間にケリー様は朝の畑のお世話を終えて帰宅して行く。
陛下は大きくため息をついた。
「……いかんな。こんなところでゴロゴロしているのが妃に知られたらまた怒られる」
「また?」
「失態について散々叱られたのだよ。神殿を厳重に警備しないからこうなる、と。……軽視していた訳では無いのだが……まあ、水晶に傷が付いたのは事実である以上、言われても仕方のない事ではある」
そう。
傷。
昨夜、神殿から王宮に避難させた水晶は、革袋から出してみるとヒビがっていてしかもし欠けていたのだ。
殿下の再構築によってヒビは治ったものの、欠けは如何ともし難い。
スキルを與える力に影響は出ていないか確かめるために陛下はシルヴァに特別な許可を出し、れさせた。
でもなんの反応も無かった。
陛下の顔がみるみるうちに悪くなった。
スキルの水晶が損なわれる――考えるまでもなく、國力の低下に直結する大問題だ。
あまりに事が大きすぎるのでこれはまだ私と殿下と陛下、それに王妃様とシルヴァしか知らない事。
いくら役に立たないスキルがほとんどと言っても全てがそうではないし、それに、世界に七つしかない水晶の一つが欠けてしまえば一番の目的である浄化スキルが出る可能が著しく下がってしまう。
青ざめてへなへなと座り込んでしまった陛下を前にして、殿下は口を開いた。
「ステラ。例の話、父上にしてみよう」
「例の話……? あ」
そうだ。
私と殿下でスキルの水晶を作れるかもしれない、という話。
事件が起きるし前に見付けていた僅かな可能――なんとなく、運命の導きのようなものをじた。
やはり、私と殿下はスキルの水晶を作るべきなのだ。
そのように導かれている気がする。
という話をすると、陛下は目を閉じて祈るような表を浮かべた。
「そうか。……神の業に手が屆くかもしれないのか。畏れ多い事だが……試す価値はあるな。近いうちに試してくれるか?」
「もちろんです」
ーーと、昨夜のことを思い出しながらボーッと空を眺めている陛下を眺める。
……陛下、きっとお仕事に戻りたくないんだわ。
そんな事を考えていると陛下は再度口を開いた。
「……今日、マーブル侯爵の希で“鑑定”を実施する事になった。どうしても自分ので確かめたいそうだ」
「あら。そうなのですか」
お父様、人の言葉を聞く事にしたのね。
……大丈夫かしら。自分で依頼しておいて“噓を言うな。そんなもの信じられるか”って言い出しそう。
それって結構失禮なような……。
私の中の“お父様に対する信頼度の低さを改めて実していると、陛下はよいしょとを起こしてコキコキと首を鳴らした。
「――さて、そろそろ戻るか。ステラ嬢よ、今のに話しておこう。マーブル家の今後についてなのだが」
「はい」
急に重要な話が出て來てびっくりした。
きっとお取り潰しのお話だ。お母様との思い出の殘る家。悲しいけれど、これはもうとっくに覚悟している。
「察しているとは思うが、家の存続はやはり難しい。領地は王家が接収する事になる」
「……はい」
「そこでだな。王家に返還されたその領地をどうするのかという話なのだが。やはり王家の人間が管理するのが一番だと思う。しかし私は忙しいし、ベネディクトも同様だ。困った。適任者はどこかに居ないものか。……おや? こんなところに暇人がいるな。しかもそやつはマーブル家唯一の筋を汲むご令嬢と婚約中である。もしや、これ以上の適任者は居ないのではないか? ……そう思っているのだが、どうだろうか」
「父上。暇人はさすがに言いすぎです。せめて閑人と言って下さい」
「同じではないか。いずれにしろセシルは結婚がれば王家から離れなければならぬ立場。公爵に敘してマーブル家の跡を任せたいと思っている。ステラ嬢はその公爵家の主人。領地運営は軌道に乗るまで王家が責任を持って補佐を行うから安全安心。どう?」
どう? って。軽い調子で聞かれてしまったけれど……。
私は王妃様がおっしゃられたあの言葉を今でも大切に思っている。聖は自由であれ、というあのお言葉。
「陛下」
せっかくですが、と言い掛けて踏みとどまる。
そうだ。これは私が一人で決める事では無い。……危なかった。陛下の軽さに釣られてすぐに返事をしてしまうところだった。
「殿下のご意見も頂戴したく存じます。……殿下はどう思われますか?」
「俺は良いと思うよ。ステラの生まれ育った家を守るんだろ。ステラにとっては辛い思い出が多いところだろうけど……だからこそ、良い経験で上塗りしてやりたいって思う。領民だって、いきなり知らない領主に取って代わられるよりステラが居た方が安心だろ」
なんて思いやりにあふれた答えだろう。
王位継承権を放棄してもなお損なわれる事の無い“君主の”と言うべきものをじる。という話は抜きにしても、私は殿下のこういうところが好きなのだ。
義務ではなく自然に人を思いやっているところが。
王太子殿下が懐いているのもきっとこういうところなのよね。
殿下の答えをけて私は考えた。自由という理想と、今そこにある殿下の思いやりの間でどうバランスを取るのか。
殿下のお言葉をけたとして、公爵夫人になった場合。
それに付隨してくる不自由とは――。
あれっ。
無いんじゃない……?
そもそも、殿下ご本人が権力闘爭から距離を置いているお方なのだ。
困っている人を助けようとするお人柄も持っておられる。
私が理想とする“聖”の姿。これに現在最も近いのって、やっぱり殿下なのでは……?
「かしこまりました。私、公爵家の夫人になります」
はい。現金なです。
聖としての私ではなく、あの家で生まれ育った私としての正直な気持ちはやっぱり“やり直したい”これに盡きる。
「よく言ってくれた。早速その方向で話を進めるとしよう。では、私は本當に仕事に戻らねばな」
足取り軽く裏庭を後にする陛下を見送って、私と殿下は顔を見合わせてお互いになんとなく笑みを浮かべた。
「……ステラがチョロすぎて心配だ」
「えっ」
そういう意味の笑みだったんですか!?
私なりに考えて出した答えだったのですが。
「でもきっと一番良い選択なんだよな。母君と暮らした家に帰ろうね。俺も一緒だけどさ」
「はい!」
一緒が良いです。
……領地に帰ったら一番初めにお母様のお墓參りをしよう。
報告した事がたくさん出來た。
暖かな風が吹いて聖樹の葉が気持ちよさそうにそよぐ。
その風が通り過ぎると、シルヴァが口を開いた
「おっと。私はそろそろ訓練に向かいます。今日はない作で確実に人の急所を捕らえる訓練なんですよ。楽しみです」
「そ、そうか……。頑張れよ」
楽しみという言葉にちょっと引きながら訓練へと向かうシルヴァを見送る。
とうとう二人だけになって、殿下はふぅとため息をついた。
「……なぁ。ちょっと散歩しないか?」
「はい。今日は気持ちの良いお天気ですものね」
「うん。だからね、せっかくだから行ってみたいところがあるんだ」
「行ってみたいところ?」
「俺のの場所。まだチビで元気だった頃に城を抜け出して見付けた。もうずいぶん行ってないけど……久しぶりに見たくなった」
「いいですね。是非行ってみましょう。どんなところなんですか?」
「まだ」
裏庭から隠し通路を使ってお城の外へと出る。
無斷外出になるのでちょっと心配だったけれど、子どもの足でも行けるくらいの近場だという事で。
すぐに戻る約束をして町に出た。
殿下の頼りない道案でその場所を探し、あちこち歩いてみる。
でもそれっぽい場所が見付からないようだ。
「……無いな」
「無いんですか?」
「うん……。タンポポがいっぱい咲いてる空き地なんだよ。大きい巖がいくつかあって、その隙間にスポッてれた。すごく楽しかったのを覚えてる」
「まあ」
ちょっと危ない気がするけど……何事も起きなくて良かったわね。
「絶対この辺りだったと思うんだけどな~! 仕方ない……。もう帰ろうか」
肩を落とす殿下の背後には何の変哲もない民家が建ち並び、その小さな庭にはどの家にもタンポポが黃い絨毯のように咲いている。
それを見て(確かにこの辺りにあったんだろうな)と思いながら殿下の後を追って王宮へと戻った。
次、最終話です。
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