《【書籍化】碧玉の男裝香療師は、ふしぎな癒やしで宮廷醫になりました。(web版)》2-1 月英を悩ませる者

竹籠の中から油瓶を選び出している月英の背に、長椅子に腰掛けた燕明が聲を掛ける。

「どうだ、月英。亞妃は何か話してくれたか?」

選んだ油を小皿に垂らしながら、月英は首を橫に振った。

芳香浴用の香爐臺の上段に小皿を乗せ、下段に置いた蝋燭に火をつける。ゆらゆらと赤い火に小皿の底が暖められれば、ほわり、と室に香りが満ちる。

「――おっ、これはいつものと香りが違うな。油を変えたのか?」

燕明はスンスンと鼻先をかすと、その香りがいつもと違うことに気付き、眉をも大きくかした。知的好奇心がくすぐられるのか、心なしか、新たな香りに心を弾ませているようにも見える。

子供のような燕明の素直な反応に、月英も微笑む。

「天竺葵(ゼラニウム)です」

「初めて使う油だな」

燕明は「ほう」と口を縦にし、目を輝かせていた。どのようなものか早く知りたい、と言わんばかりの表だ。月英は鼻から小さく笑みをらすと、期待に応え、油の説明をする。

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「天竺葵(ゼラニウム)には沈んだ気分を和らげる効果があり、この甘く華やかな香りが特徴です」

「確かに今までの柑や薫草と違って、『甘い』と認識できるほどに甘い香りだな。因みに、その『ぜらにうむ』と言うのは、薫草(ラベンダー)のように花なのか?」

「ええ、小さな桃の花を咲かせる植です。ほぼ一年中繁ってるんで、油が作りやすいんですよね。ただ、薫草(ラベンダー)と違って花から油はとれなくて、葉とから水蒸気蒸留法を使って採取します」

「へえ、同じ植なのに採れる部位が違うのは面白いな。てっきり、油に出來るのは花ばかりだと思っていたが……」

「薫草(ラベンダー)も花とを使いますし、意外と葉の方にも芳香分はあるんですよ」

「勉強になるなあ」

月英の淀みない説明に、燕明は腕組みし深く頷いていた。

「いつもはさっぱりした香りが多かったが、このように甘いものも良いな。こう……気持ちがゆったりとしてくる」

背もたれに頭まで預け、燕明は力するようにして長椅子に沿ってばす。天井を仰ぐ燕明の表は、至極和やかなものだ。目を閉じ、大きく深く息をする様は、香りを存分に堪能しようとしているのが伺え、月英も嬉しさに表を和らげる。

しかし、それもすぐに曇ってしまう。

「やっぱり、油が効かないってわけじゃないんですよね……」

天竺葵の油瓶を手に、月英は眉を下げた。

「……どうした、月英」

突然に月英の聲音がったことで、即座に燕明の頭が持ち上がる。向けられた月英の碧い瞳は、聲音同様、悲しげにっていた。

「実はこの天竺葵(ゼラニウム)の油は、特有の気分の落ち込みや、心の揺らぎにもよく効くんです」

、という月英の言葉に、燕明は月英が誰の事を思って憂えてるのかすぐに思い當る。

「もしかして、亞妃にも……」

月英の頭が、こくり、と頷いた。

「亞妃様にも使用しましたが……良いとも悪いともなく、ただ『ありがとう』と言われるばかりで……」

かつて花樓で働いていた時にも、に同じ香りを使用したこともある。月英を蔑んでいたでさえ、香りには必ず何かしらの反応を表わしていた。好みの匂いであれば言葉が多優しくなり、嫌いな匂いであれば、すぐさま眉間に皺を寄せた。

どの匂いにも全く無反応ということはまずあり得ない。

反応せずにはいられないのだ、普通であれば。それ程に、『香り』というものは、人の側へと働きかける力が強い。

「もちろんこの天竺葵だけでなく、んな香りも試してみました。花系だけでなく果系や、樹木系も。甘いものから爽やかなもの、辛いものまで……でも……」

だというのに、亞妃から返ってくる反応は、どの油を焚いてもみな同じだった。

月英の顔は自然と俯き、を噛む。

「こんなに側にいるのに、彼の事が分からない自分が……不甲斐ないです」

月英が亞妃の元を訪ねるようになって、はや五日が経とうとしていた。

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