《【書籍化決定】婚約破棄23回の冷貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる》8. 初めての

「違う! シャッセル家は伯爵家でドヴァース家が子爵家だポンコツ!」

アドニスの容赦無い罵聲が飛んでくる。

オフィーリア、現在絶賛「王都の主だった貴族の名簿」を暗記中である。

「どうしよう……覚えられる気がしないんですが」

「お前は貴族社會の恐ろしさを知らないからそんな呑気なことが言えるんだ。

爵位や敬稱を間違えてみろ、大変なことになるぞ」

アドニスは明日、とある伯爵家でのガーデンパーティーに出席を予定していた。

母が勝手に出席の返事を出してしまったからだ。

そのパーティーにオフィーリアを伴うことになっている。

オフィーリアの社會デビューだ。

晝間のガーデンパーティーなので立食のフィンガーフードが中心。

ダンスもなし。

不慣れなオフィーリアでもこれならなんとかなるかもしれない。

ニコラ夫人が山のような招待狀の中から厳選したパーティーであった。

覚えなくてはならないことが山積みだった。

でもバーンホフ家に恥をかかせるわけにはいかない。

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だからオフィーリアなりに頑張った。

だけど……毎晩遅くまで頑張って勉強するも、貴族の名前がなかなか覚えられなかった。

そして覚えられないまま、とうとう本番前日になってしまったのである。

アドニスの教え方はスパルタである。

そもそも彼は天才なので、出來ない人の気持ちが理解出來ない。

「アドニス様だって婚約者の名前が覚えられないって言ってたじゃありませんか」

「お前と一緒にするな。あれは覚える気がないからわざと覚えなかっただけだ」

「…………せ、格いいですね。ちょっと引きました」

最近のアドニスのオフィーリアに対する態度はだいぶ砕けたものになっていた。

オフィーリアにはそれがちょっと嬉しい。

例えポンコツ呼ばわりされたとしても。

し休憩しませんか。私お茶をいれてきます」

そう言ってオフィーリアは食堂にお茶をいれに行った。

程なくして、料理長の作ったとびきり味しいスイーツと共に、ポットにったお茶がワゴンに乗って運ばれてきた。

「今日のスイーツはなんと! カスタードクリームのミルフィーユにカシスのソースがかかってるんです!」

熱のこもった説明をするオフィーリア。

「要らん。別に腹は減っていない」

「お腹が空いているから食べるのではなくて、味しいから味を楽しむために食べるんです!」

「…………?」

アドニスは食べることに全く興味がなかった。

「じゃあアドニス様が味しいって思う食べってなんですか?」

「…………わからん。特に無い」

「えー! 信じられません。ここのご飯こんなに味しいのに!」

生まれた時からこれが普通だったので、味しいのか味しく無いのか考えたことなどなかった。

食べの味という概念は相対評価によって決まるのかもしれないな……などとぼんやり考えながら、アドニスはティーカップのお茶を飲ん………

「うゲホぉぉっ! おい!これはなんだ!殺す気か!」

オフィーリアのいれたお茶であった。

激マズであった。

「おえぇ… 一何をどうすればこんなまずいお茶ができるんだ!?」

「オリジナルブレンドです。茶葉にハーブとスパイスを加えてみたんですけど」

「お、お、お前はオリジナル止だ止! 既存の茶葉に湯を注ぐ以外のことをするな!」

アドニスはカンカンだ。

見兼ねた料理長が新たにお茶をいれ直して持ってきた。

「……! …う、うまい」

オフィーリアがいれた拷問のようなお茶の暴力で瀕死狀態だったアドニスはした。

お茶の良い香りがこんなにも人を癒すものだったのかと。

ああ…………味いっっ!

「さすが料理長ですね!いい香りです!」

「解毒されて生き返った……」とアドニス。

「ひどい!」

アドニスは食べる予定ではなかったケーキも食べることにした。

それほどオフィーリアのお茶の味が強烈だったのだ。

別の味で口の中を中和せずにはいられないほどに。

「………………!」

味しい。アドニスは驚いた。

バター香るパイ生地とまろやかなカスタードクリーム。

しクセのあるカシスソースの酸味がいいアクセントになっている。

ストレートティーのほろ苦さとの相は抜群である。

ああ、よかった。

オフィーリアのお茶の味がトラウマになりそうで心配だったけど。

このケーキのおかげで綺麗に忘れられそうだ。

部屋の隅でこの様子を観察していた料理長は泣きそうになっていた。

言葉はなくても食べてる人の表を見れば分かる。

これまでずっとアドニスが料理を食べるときの表は「無」だった。

味しいでもマズいでもなく「無」。

これが料理長には悲しかった。

味わうこと自を拒否されていたのだから。

せめてマズいと言ってくれれば努力して改善するのにと。

そんなアドニスが目の前で実に良い顔をして彼の作ったケーキを味わっているのだ。

料理人冥利に盡きる。

鼻の奧がツンとなった料理長は、慌ててティーポットにお湯を足しに行くフリをして廚房へ戻ったのだった。

「ふふふ。味しいものを食べている時って幸せな気分になりますよね」

「……………………まあな」

「私のおかげですからね」

「は?」

「私のお茶を飲んだからこそ料理長のお茶の素晴らしさが際立ったんですよ」

「おまっ……加害者のくせに恩を著せようとか厚かましすぎるだろ! あんなマズいお茶を飲むのは二度とごめんだ!」

休憩の後再び暗記の開始である。

が、オフィーリアはなかなか覚えられない。

「はい、不合格。やり直しだ!」

「わーん!」

アドニスはイラついた。

もう何度同じやりとりを繰り返していることだろう。

(もうこいつなんでこんなに覚えが悪いんだよ〜)

い頃から神との呼び聲高かったアドニス。

彼にはなぜ覚えられないのか理解できない。

それでも

(こいつ結構頑張ってるのにな。なんとか覚えさせてやりたいな)

とちょっぴり思った。

そこで教え方をあれこれ工夫してみる。

の特徴やエピソードとリンクさせてみてはどうだろうか。

それでも複雑な貴族の人間関係や派閥などを頭に叩き込むのは容易ではなかった。

何度も何度も反復する。

そしてすっかり日が暮れて、窓の外に月が輝き始めた頃

「よし、じゃあラスト。ラドヴィック公爵家と敵対している派閥の中心メンバーは?」

「えーと・・・姻戚関係にあるグラース伯爵家には3男2、鉱山事業で利益を共有しているリュヴロニク子爵家2男1、それとええとドルージェ伯爵家4……に婿り予定のリッツ伯爵家は2男3……?」

「よし!正解! 全問合ってるぞ!」

(っしゃー! ついにやったぞ!)

アドニスは心の中でガッツポーズをする。

「きゃあ!やったぁー!」

二人は抱き合って喜んだ。

アドニスは興のあまりオフィーリアを抱きしめたままひょいと持ち上げた。

そしてくるくる回り始めたのだった。

「きゃっ! ア、アドニス様!?」

こんなにワクワクしたのは生まれて初めてだ。

アドニスはした。

苦労の末に何かをし遂げることがこんなに幸福だとは!

(ついにやったぞ! ああ気分爽快! 最っっ高〜!)

彼は初めて味わう達に酔いしれた。

……と、はっと我にかえり、自分がオフィーリアを抱きしめたままでいることに気がつく。

「…………あ」

オフィーリアは何故か真っ赤な顔をしている。

「す、す、すまない。つい。えっと、その……なんだ、よく頑張ったなポンコツ」

慌ててオフィーリアを床に下ろして誤魔化したが、二人の間に妙な空気が流れたのは言うまでもない。

「…………と、言うわけでして」

「んまあ! 抱き合っていたですって!?」

晩餐の時間になっても來ない二人を呼びに行かせたニコラ夫人はメイドたちの報告を聞いて歓喜した。

(こ、これは………ひょっとすると、ひょっとするのでは?)

ニヤニヤが止まらない。

元來、夫人は小説とバナが大好である。

しかも主人公が自分にとって大切な二人ときたら、応援せずにはいられない。

また新たな楽しみが増えてしまった。

「ミアとデミィ、二人にお願いがあります」

ニコラ夫人はオフィーリア付きの二人のメイドを呼んだ。

ミアとデミィは自分たちが誇らしかった。

バーンホフ侯爵夫人直々に命をけたのだ。

(これから毎日、二人の仲をこっそり観察し、逐一報告しなさい。そして詳細に記録を取るのを忘れないように)……と。

「お任せください、奧様」

二人は神妙な面持ちで頷いた。

こうしてバーンホフ侯爵家にかに『アドニスとオフィーリアを結びつける會』が結されたのであった。

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