《【書籍化決定】婚約破棄23回の冷貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる》13. 白馬だけが知っている
オフィーリアのおでこのたんこぶが消えた頃、それは起こった。
ある暑い日のことだった。
その日の淑教育のノルマを終えたオフィーリアは、気分転換にレアに乗って敷地を軽く散策することにした。
しかし、その日は乗馬をするにはちょっとばかり暑すぎた。
ぐっしょり汗で張り付いたドレスが重い。
オフィーリアはすっかりバテてしまった。
「あ、暑い……。ああ、が渇いた……」思わずつぶやく。
暑すぎるから屋敷に戻って冷たい飲みを飲もうと考えながら。
すると、その言葉にレアが反応した。
(ワタクシめにお任せを!)
突然、歩く速度が速くなり、オフィーリアを乗せたまま屋敷とは反対方向にある森の中をずんずん進んでいった。
「レ、レア!? どこに向かっているの?」
木れ日の中を延々と進み、オフィーリアがちょっと心配になりかけた時
「わあっっ!!」
目の前に、まるで話にでも出てきそうなキラキラと輝く泉が現れた。
コポコポと湧き出る天然のミネラルウォーターはびっくりするほど明で冷たかった。
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(どうです? 私、出來るウマですから)
と言わんばかりのドヤ顔のレア。
ここはお気にりの水飲み場だったらしく、慣れた様子で水をガブガブ飲み始める。
「ありがとうレア。あなたの行きつけのカフェに案してくれたのね」
オフィーリアも手ですくって口に運んだ。
「お、味しい!!」
ついでに顔も洗う。「生き返る〜! 気持ちいい」
田舎育ちのオフィーリアは小さい頃よく農家の子供たちと一緒に川で泳いだり、魚を捕ったりしたものだ。
この小さな寶石のようにキラキラる泉を見つけ、どうにも我慢ができなくなった。
「…………誰も、いないわよね?」
その頃、馬に乗ったアドニスがオフィーリアを探しにやってきた。
屋敷の窓からレアと出ていく姿を見かけ、一緒に散策しようと思ったのだ。
「全く最近レアのやつオフィーリアにベッタリだもんな〜」
レアをオフィーリアに取られてしまったので最近のアドニスはもっぱら別の馬に乗っている。
オフィーリアと一緒の乗馬は楽しい。
オフィーリアの乗馬の腕前は男にも引けを取らなかった。
淑的かと言うと微妙だったが。
二人はよく馬で競爭した。
この競爭に罰ゲームが加わってからはいっそう盛り上がるようになった。
負けた方はその晩のデザートの一番味しい部分を相手に持っていかれると言う、いかにもオフィーリアが考えそうな罰ゲームだが、これがなかなか面白くていつも大笑いさせられる。
もともとアドニスの連勝だったのだが、最近狀況が変わった。
オフィーリアがレアに乗るようになったから。
レアのオフィーリアに勝たせようとする執念がすごい。
ありとあらゆる姑息な手段を使って勝たせようとするから厄介なのだ。
前回はアドニスの負けだった。
オフィーリアは三層になったムースの一番上のゼリー部分を丸ごと、け容赦なく奪った。
(くっそー! あれはえげつなかった)
(今日こそは俺が勝って、イチゴを奪ってやるから吠え面かくなよ!)
アドニスはふふっと笑いながら、馬を走らせる。
森の中をしばらく進むと
ドボン! ばちゃばちゃ ぴしゃん!
(なんだ? 水音…………?)
前方にレアが繋がれているではないか。
アドニスは、慌てて近づく。
(ん?)
レアがドレスを著ていた。
いや、正確にはオフィーリアのドレスがレアの背にかけられていた。
(んん??)
オフィーリアはどこだ?
木の間から顔を出し、泉の方に視線を向ける。
次の瞬間。
アドニスの心臓がドクン!と一回だけ大きく跳ねた。
視線の先では
オフィーリアがあられもない姿で楽しげにばちゃばちゃ水あびしていた。
ザブンと潛ったり飛びあがったりを繰り返す。
そうかと思えば背中で浮かんで足をバタバタさせて泳いでみる。
まるで子供のようだ。
子供の頃から紳士としての教育をけてきたのだ。
淑の水浴びを盜み見などするつもりはないし、したくもない。
(見るな、見るな、見るな)アドニスは自分に言い聞かせる。
なのに
足はまるで地面にい付けられたかのようにかない。
顔が熱くなり、心臓が早鐘を打ち始める。
真珠のようなの上で、太に照らされた水しぶきがキラキラと踴る。
濡れたシュミーズがに張り付いて、の曲線が浮き彫りになっていた。
小さな丸い肩が眩しい。
綺麗だ……と思った。
この世にこんなにも綺麗なものがあるのかと。
どうしても目をそらすことができない。
アドニスは何もかも忘れてオフィーリアに見惚れていた。
ふいにオフィーリアが手を高く上げ、指を太にかざすようにした。
アドニスが贈ったあのサファイアの指だ。
そのまましばらく眺めていたが、やがてゆっくり手を下ろし……
そっと……恥じらうように、おしげにそのブルーの寶石に口づけた。
ちょっぴり切ない、それでいて甘く恍惚とした表で。
「……………………っ!」
ゾクっとした。
アドニスは拳をギュッと握って激しいの鼓に耐える。
たまらなく扇的な表だった。
濡れて張り付く下著越しに見える腰のらかな曲線よりも。
けて見える小さなの膨らみよりも。
指にを寄せた時のオフィーリアの表に心奪われる。
思わずごくりとが鳴ってしまった。
オフィーリアはサファイアの指にアドニスを重ねていた。
太にかして見たサファイアはまるで底で小さな炎が燃えているようだった。
眺めているうちにオフィーリアはアドニスの青い瞳に見つめられているような錯覚に囚われて……
こんな燃えるような瞳で自分のことを見つめてくれたら……
想像しただけで顔が火照って、ドキドキした。
だからアドニスに接吻されることを想像しながら指に口づけた。
そんな赤々な表をアドニスは偶然見てしまったのだった。
やがてどのくらい経っただろうか、ふいに馬の鼻息の音で我に返る。
アドニスは慌てて、逃げるようにその場から去った。
(ば、馬鹿馬鹿しい!あんな痩せっぽちのポンコツの下著姿なんて見たってなんとも思わないぞ。なんとも思わない。思わ…)
そう自分に言い聞かせてみてもの鼓は一向に鳴り止んでくれない。
そんなアドニスののなど知る由もないオフィーリアは心ゆくまで水浴びを堪能し、さっぱりして屋敷に戻ったのであった。
レアだけはこの一部始終をバッチリ見ていた。
心々と思うところはあったが、かと言ってどうする事もできないので傍観することにしたのだった。
その晩、アドニスは自室にこもり夕食時に食堂に降りてこなかった。
言葉に出來ないの波が一気に押し寄せ、自分でもどうしたら良いのかわからなかったからだ。
オフィーリアの瞳が
オフィーリアの髪が
オフィーリアのが
そして指に口づけるオフィーリアの表が
瞳に焼き付いて離れない。
その晩、アドニスの部屋の明かりは一晩中消えることがなかった。
オフィーリアの表:クリムトの『接吻』みたいなじをイメージしていただければと思います。
悪気はないんだろうけど……レアってトラブルメーカー。
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