《【書籍化決定】婚約破棄23回の冷貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる》14. すれ違い

ーーどうしよう。

アドニスはあの日以來オフィーリアの顔を見ることができなくなってしまった。

同じ空間にいると悸がおさまらない。

姿が見えないと気になって何も手につかないのに、會うとドキドキして苦しい。

もう…どうしたらいいのかわからない。

夜眠れば決まってオフィーリアの夢を見る。

夢のパターンはほぼ2通り。

自分がオフィーリアに強引にキスをするパターンか、オフィーリアのほうからキスをねだられるパターンだ。

どちらの夢でもオフィーリアは泉で指にキスした時と同じ表をしている。

なのでもう何日もろくに眠れていない。

そのせいもあって、うっかり気を抜くと無意識にオフィーリアにれてしまいそうになるのだ。

それにハッと気づいては自己嫌悪になる。その繰り返しだった。

そんなズタボロのアドニスのことはお構いなしに、淑教育は続く。

その日オフィーリアはアドニスにダンスを教えてもらっていた

近く予定されている王宮での舞踏會のための特訓だ。

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ダンスのレッスンは今のアドニスにとっては『天國のような地獄』であった。

意識を全てオフィーリアに持って行かれて、ステップに集中出來ない。

踴っている時、オフィーリアは視線をじてふと顔を上げた。

すると自分を見つめていたアドニスとばっちり視線が合ってしまった。

その途端アドニスは固まる。

「アドニス様?」

「〜〜〜っ!!」

顔を片手で覆った彼は

「す、すまない。今日のレッスンはこれまで。あ、明日も休みにしてくれ」

と一方的に言うと逃げるように部屋から出て行ってしまった。

「俺は最低な人間だ」と呟きながら。

(アドニス様は最近私を避けている……?)

オフィーリアは不安になった。アドニスの態度が明らかにおかしい。

火事の一件以來距離がまったと思っていたのに……。

なぜ突然よそよそしくなったのだろう。

考えても思い當たる理由がなかった。

「………………と、言うわけなの」

ある日オフィーリアとキャロラインは久しぶりに街で一緒にお茶を飲むことになった。

ケーキを食べながらオフィーリアはキャロラインに相談してみた。

「なんか避けられているし、突然目も合わせてくれなくなったの」

「……………う〜ん。私一つだけ思い當たる理由があるわ」

とキャロラインが口を開いた。

「えっ」

「実は噂で聞いたんだけど……ディアンドラ様の家が、養子を取ることになったらしいの」

キャロラインが聞いた話はこうだ。

ディアンドラの両親はもともと一人っ子のディアンドラに婿養子を取らせ家を継がせるつもりだった。

ところがディアンドラが婚約を破棄してばかりで一向に婿が決まらない。

そこで親もとうとう娘を見限って、養子を取りその子に家督を譲ることにしたのだ。

「つ、つまり……」

「そう。そうなるとディアンドラ様は自由ので、どこにでも嫁げることになるの」

オフィーリアは冷水を浴びせられたような気分になった。

なんとなくディアンドラの存在は心に引っかかってはいたのだ。

アドニスが彼に好意を持っているのは明らかだったから。

名前で呼び合い、楽しげに會話が弾む二人の様子を思い出しオフィーリアのが痛んだ。

これまでディアンドラは家の事で婚約者候補にはなり得なかった。

だからアドニスも諦めてオフィーリアをれようとしてくれたのだろう。

しかし突然その障害がなくなった。

ディアンドラと婚約することが可能になり、アドニスのオフィーリアに対する態度がよそよそしくなった……。

(タイミング的に見ても間違いない)オフィーリアは思った。

全てが符合する。

『オフィーリアすまない。俺は最低な人間だ』

あれは婚約を申し込んでおきながら、昔の人とよりを戻しオフィーリアを捨てることへの謝罪。

なんだ。そっか。そう言うことか。

「あの妖婦め」キャロラインがストレートに嫌悪をあらわにする。

「あの満なボディでアドニス様をたぶらかしたんだわ!」

ディアンドラは「から嫌われる」の代表のような人だった。

し影のある気だるい雰囲気とグラマラスなつきは一部の男の興味は引くものの、ウケは悪い。

真相は定かではないがディアンドラは男がらみの噂が絶えなかった。

アドニスとディアンドラはよく一緒にいるところを目撃されていた。

目撃されたのは「話をしている」場面だけだったにもかかわらず、皆二人は男の関係であると信じて疑わなかった。

アドニスとディアンドラが「デキている」ことは貴族社會では周知の事実となっていたのである。

「ディアンドラ様ならアドニス様の橫に並んでも迫力負けしないわね。私よりお似合いだわ……ふふ」

オフィーリアは努めて気丈に振る舞おうとした。

そして再びケーキを食べようとして

ーーイチゴを床に落とした。

先刻まではケーキのてっぺんで誇らしげに輝いていたイチゴは見るも無慘にひしゃげて汚れてしまった。

「……本當に私って何をやらせてもダメね」

床に転がるイチゴを眺めているうちに、ふいにオフィーリアの中に殘酷で真っ黒なが湧く。

(もとは畑でにぶら下がっていたくせに、調子に乗ってケーキの上になんて載るからこんなことになるのよ)

ずっと畑にいれば良かったのに。

キラキラなケーキのてっぺんはお前になんか似合わない。

お前なんて……お前なんて。

汚れて潰れてみんなに笑われている方がお似合いなのだ。

慘めでちっぽけな薄汚れたイチゴなのだから。

オフィーリアはなぜかイチゴを靴でぐちゃぐちゃに踏み潰してやりたい衝に駆られた。

「ねぇ……この前はただの思いつきだったけど」

キャロラインが強い意志を込めて頷いた。

「やはりあなたはうちの兄と……」

うちの兄と一緒になった方が幸せになれる……そう言おうとしたキャロラインは目の前にいる親友の顔を見て思わず言葉を飲み込んだ。

ーーオフィーリアは聲を殺して、大粒の涙をボロボロこぼして泣いていた。

「オフィーリア……あなた」

キャロラインはオフィーリアの本心を悟った。

そしてもうそれ以上何も言えなくなり、ただ黙ってオフィーリアの手を握ったのだった。

オフィーリアがバーンホフ邸に帰宅したのは間もなくが沈もうとしていた頃だった。

するとれ違いに今度はアドニスが馬で出かけていった。

すれ違う際オフィーリアから顔を背け、逃げるように出ていく。

もう夜になろうと言うのに。

明らかに自分を避けている。

オフィーリアは止まったばかりの涙が再び溢れそうになるのを懸命にこらえた。

裏通りに位置した、程よく場末のある酒場でアドニスは一人で酒を飲んでいた。

貴族向けの店に行って顔見知りに會うのは避けたい気分だったからだ。

普段は食事の時以外はあまり酒を飲まないアドニスであったが、この日はまるで馬が水を飲むかの如きのピッチで、店の主人を喜ばせた。

「オフィーリア……」獨り言のように名前を呟いてみる。

途端にが締め付けられるように痛んだ。

四六時中の奧がザワザワして苦しくてたまらない。

アドニスは顔を顰め、瓶ごと酒をあおった。

「オフィーリア……」もう一度つぶやいて見る。

ふと初めて會った時のことを思い出した。

木の上から突然落ちてきたボロボロの令嬢を腕にけ止めたあの日。

あの時みたいに今すぐ腕の中に落ちて來たらいいのにな。

また落っこちて來ないかなぁ……そうしたらどさくさに紛れてギュッと抱きしめて離さない……。

ああ力一杯抱きしめたい、オフィーリアを。

アドニスはため息をつきながら酒をもうひと瓶追加してガブガブ飲んだ。

「オフィーリア……」半ば無意識に名前をつぶやく。

サーモンピンクのドレスを著たオフィーリア……綺麗だったな。

馬から落ちそうになって震えていたオフィーリア……可哀想だった。

いつも他人のためにボロボロになりながら笑っているオフィーリア……全くあいつは危なっかしく目が離せない。

百面相をしながらひたすら酒をあおり続ける。

アドニスは店の中で明らかに浮いていた。

どこからどう見ても上流貴族の彼は場末の酒場には場違いだった。

アドニスの容姿に惹かれたのか、お金の匂いに惹かれたのかは分からないが、その筋のたちが目ざとく近づいてくる。

元をはだけさせ、を寄せてくる化粧の濃いたち。

アドニスはそれを見てもなんとも思わず、むしろ不快にじた。

そんな自分を自嘲気味に笑った。

泉で水浴びをしていたオフィーリアの華奢な肢を思い出す。

苦しい。想像しただけで心臓が発しそうだ。

「オフィーリア……」だんだん呂律が回らなくなってきた。

激しい鼓を落ち著かせるために酒を胃袋に流し込んだ。

酔っ払っていて、指先のコントロールが効かない。

落とした酒瓶が倒れて酒がこぼれだす。

遠のく意識の中で

(ああ……オフィーリアに會いたいな……)

そう思いながら、アドニスはテーブルに突っ伏した。

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