《【書籍化決定】婚約破棄23回の冷貴公子は田舎のポンコツ令嬢にふりまわされる》バーンホフ侯爵が片想いを卒業するお話(後編)

ニコラは床下からオフィーリアの部屋へと戻ってきた。

「お母様、良かったですね。さ、今すぐお父様のところへ行ってください!」

「あら、だめよ」

「え?なんで」

ニコラは顔を赤らめ照れながら言った。

「だってあの人とっても口下手だもの。直接顔を見たら絶対あんなこと言ってくれないわ。もっと聞きたいの」

「バックナンバーならデミィに記録させてありますけど……」

オフィーリアはミアとデミィにこっそりバーンホフ夫妻を見張って記録をつけるよう指示していたのだった。

バーンホフ家の辭書にプライバシーの文字はない。

それからと言うもの、毎晩9時になるとニコラはオフィーリアの部屋へとやってきた。

そして一人で床下に潛り、こっそり盜み聞きして楽しんだ。

夫人は「お芝居が上映されたら毎日観に行くわ」を一風変わった形で実現してしまったのであった。

しかも普段のドレスではスカートのボリュームがありすぎてきにくいので、メイドのお仕著せを著て。

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夫人曰く「だってボリュームのないお洋服持ってないんですもの」

自分だけに向けられる熱いの言葉。

どんな役者もかなわない迫真の演技。だって演技じゃないから。

なかなかバリエーションもあったりして、毎日聞いても全然飽きない。

夫人はすっかりする乙の気分。おまでつやつやになる程だった。

それに対して侯爵がまた夜9時になると

「最近君はますます綺麗になって、僕は眩しくて直視できない」

などと言うものだからもう夫人はウッキウキだ。

夜の盜み聞きはすっかり夫人の日課になった。

そのうちオフィーリアの部屋からクッションだの膝掛けだの々なものを床下に持ち込むようになり、ワインやおやつまで持參するようになった。

カウチポテトならぬ『床下ワイン』だ。

「お母様のことは大好きですけど」オフィーリアがため息をついて言った。

「こう毎晩毎晩私の部屋に來られて長居されるのも…床下とは言え、疲れてきちゃったんです」

「わかるよオフィーリア。母上がすまない」

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「なので、ちょっとズルい手を使いました」

「何をしたんだい?」

「ネズミの鳴き真似をしたんです」

そう言うとオフィーリアはチュウ! とネズミの鳴き真似をしてみせた。

「……………………」

オフィーリアのネズミの鳴き真似はびっくりするほど上手だった。

ネズミそのものだ。なんという無駄なスキル!

「驚いたよオフィーリア。下手くそだと予想してたから」

ナチュラルに失禮なアドニス。

「だって練習しましたの。復讐のために」

「復讐!? 母上にか?」

「まさか。違いますよ。スキリオスにです」

「?」

オフィーリアはちょっと意地悪い笑みを浮かべた。

「覚えてますか? 私はあやつに二度も木の上に追い立てられているんですよ」

「あ、ああ……」

「私も正式にこの家の人間になったからには、いつまでも舐められてるわけにもいきませんから」

それがネズミの鳴き真似とどうつながるんだろう。

「スキリオスがこっちを見ていない隙にネズミの鳴き真似をすると、ものすごく反応して探し回るんです。「どこどこっ!?」みたいに。でも探しても探してもネズミは見つからない…また聲がする…それを繰り返すと最後にはクーン、クーンって悲しげに鳴いてましたよ。ふふ」

「それ……待とも言わないのかな?」

オフィーリアのブラックな一面を垣間見た瞬間であった。

オフィーリアはある晩、ニコラが床下でお楽しみ中のところ、ネズミの鳴き真似をした。

夫人がネズミを嫌って、もう床下に潛るのをやめることを期待して。

薄暗い床下で突然至近距離で聞こえたネズミの聲。

どんなにか怖かっただろう。

オフィーリア、も涙もない。悪魔の所業だ。

恐怖のあまり反的に立ち上がったニコラ夫人。

ゴン!

低い床下の天井に頭をぶつけ、餅をついた。

ドスン!

「誰だっ!?」

頭上からの音に思わず構える階下の侯爵。

宰相のポストをめぐって暗殺者でも送り込んできたか!?

バキッ!

「きゃっ!」

…………と思ったら

天使が降ってきた

「ニ、ニコラっ!?」

バーンホフ侯爵、天井から落ちてきた妻をちゃんとけ止めた。

「な、な、なぜ君が天井から……えっ! い、いつから聞いて!?」

驚くべきことにバーンホフ侯爵の書斎は、

ーー壁一面妻の肖像畫で埋め盡くされていた。

ちょっと怖い。

「あなた……なんですのこの部屋。怪しい宗教のようですわ」

まあ侯爵はニコラ信者なので、當たらずと言えども遠からずと言ったところだろうか。

侯爵はまだ夫人を抱えたままだったが、々と恥ずかしいがバレてしどろもどろだ。

「そ、その……これは……その」

「あなた!」ニコラは侯爵を上目遣いに睨んだ。

「絵じゃなくてちゃんと本人に言ってくださいな」

「えっ」

そして嬉しそうに顔を赤くすると、ぎゅっと侯爵の首にしがみついた。

想像してしい。

壁一面に『推し』のポスターをって日々話しかけているコミュ障ヲタクを。

そこに突然、空から『推し』が降ってきたとしたら。

ご丁寧にもメイドのコスプレまでした『推し』が自分の腕の中にいるとしたら。

ーーバーンホフ侯爵は昇天した。

「ーーと言うわけなんです」

アドニスにケーキを食べさせてもらっていたオフィーリアが話し終わった。

「で、新婚旅行先の宿を橫取りしたんだな。はい、あーん」

アドニスは頭を抱える。

「でもあの肖像畫、お母様はモデルをした覚えはないとおっしゃってましたけど、いつ描かれたんでしょうね」

「…………あー。多分俺が描いたやつ。5歳くらいの時に」

「えっ」

アドニスは天才児だった。

肖像畫を描くために雇った畫家が置いていった道を勝手にり、見様見真似で描いてみたところ、プロも顔負けの作品ができてしまった。

バーンホフ侯爵は驚き、試しに

「いい子だね。お母様のお顔を描いて見てごらん」

と描かせてみたところ、記憶だけで素晴らしい肖像畫を描き上げた。

侯爵は大喜びして、「偉い偉い」「すごいすごい」「上手上手」とおだてながら

大量のニコラ夫人の絵を描かせたのだった。

アドニスからしてみれば単なるお絵描き遊びだ。

侯爵にとっては「推しグッズ」だ。

「へー父上、俺の子供の頃の絵を取っておいてくれたのかー。懐かしいな」

世間一般の「子供の小さい頃の絵」を取っておくのとは絶対に違うと思うが。

「お父様とお母様、想いが通じ合われてよかったですね」

オフィーリアが嬉しそうに言う。

「うん。まあ。けどさ、何もあの城を橫取りしなくてもよかったんじゃないか? 他にいくらでも立派な宿があっただろうに」

この疑問はすぐに解ける。

2週間後、侯爵夫妻はツヤツヤなをして帰宅した。

「あのお城、私たちも昔新婚旅行で行ったのよ。懐かしかったわ」

「まあ!そうだったんですね。お二人の思い出の。ロマンチックですね」

「うふふ。今回はね。でも昔新婚旅行で行った時はほとんど別行で、ロマンチックだったのなんて最終日の晩だけだったのよ」

ニコラ夫人が拗ねたように侯爵を見る。

すると侯爵は嬉しそうに、しぎこちない様子で夫人を抱き寄せた。

「あの時は寂しい想いをさせてすまなかった。これから20年分の埋め合わせすると約束しよう」

「お、俺は絶対許さないぞ! 仕事の休みを取れるタイミングここだけだったのに」

怒り狂うアドニスの肩にポンと手を乗せ、侯爵はすまなさそうな表で小聲で言った

「すまん。許せアドニス。あの城がなかったら君はきっと生まれていなかった」

…………………………は?

どういう意味だ?

アドニスの頭脳がフル回転を始める。

頭の中でパズルのピースを一つ一つはめていく。

口下手なグレゴール。

最終日だけロマンチックだった新婚旅行。

そしてアドニスが今回どうしても行きたいその理由。

(おい、おい)

あくまで推測ではあるがわかってしまったような気がする。

死んでも口には出せないけど。

アドニスは知っている。心ついた時から。

父の目がいつも母を追っていたことを。

ある時はテーブル越しに。ある時は窓から。ある時はドアの隙間から。

聲はかけられないけど、のこもった眼差しで。いつも。いつも。

きっと新婚旅行でもそうだったのだろう。

張とのあまり聲もかけられず。

別行で不満そうな新妻の一挙一をずーっとこっそり見つめていたに違いない。

そして放っておかれたお灑落が大好きなしい妻は當然っただろう。

分がたっぷりの溫泉に。一人で。

意図したわけではない。そんな恐れ多いこと出來るはずもない。

だけどグレゴールは見てしまったのだ。

神の水浴びを。

する妻が気持ちよさそうに溫泉に浸かっているところを。

その時のグレゴールの気持ちをアドニスはちょっぴり、いや大いに想像できた。

気で口下手な父の張も理も一瞬にして吹き飛ばすような衝撃だったに違いない。

……結果『唯一ロマンチックだった最終日の晩』に突してしまったのだろう。

伝とは恐ろしいものだ。

アドニスは外見はニコラそっくりなので、これまで自分に父親に似たところがあるとじたことはなかった。

まさかあの城にどうしても行きたい理由が父親と同じとは……!

のぞき見……それはそれで刺激的ではあるけど。

所詮は片想いのヤツがすることだ。

今の自分は正面から素直にをぶつけても、ちゃんとけ止めてもらえる。

それが許されることはこの上ない幸せで、そんな自分がたまらなく誇らしい。

この幸せを実したい。

過去の慘めな自分に見せつけてやりたい。

今の自分は片想いを卒業した勝者なのだと。

だからあの城に行きたかった。

それはきっと侯爵も同じだったのだろう。

の勝者として凱旋したかったのだ。

「コホン。お前たちの新婚旅行をぶち壊してしまったお詫びになんだがーー」

バーンホフ侯爵が勿つけて言う。

「あの城は……買い取った」

「え」

「だからいつでも好きな時に行くといい」

「わぁ!お父様ありがとうございます。楽しみです」

(お詫びとか言いながら、絶対自分がまた行きたいから買ったなこれ)

父の思考を読めるようになってしまったアドニスであった。

「オフィーリアって何かしでかすと、いつも結果的に幸せを運んで來てくれるのよね」

夫人はオフィーリアをぎゅうと抱きしめた。

すぐにアドニスに奪い返されたが。

「本當だね。オフィーリア、床のなんかいくら空けても構わんよ」

はははとバーンホフ侯爵は上機嫌で言った。

「本當ですか!?」オフィーリアがガバッと侯爵の方を見た。

「ははは、もちろんだとも」

「………それって、壁でも構いませんか?」

「ん?」

「ずっと言い出しにくくて黙ってたんですけど、壁にも何箇所か空けちゃってまして……絵で隠してたりして……えへ」

「………………」

「………………」

「………………」

アドニスが思わず吹き出した。

つられてニコラ夫人とバーンホフ侯爵も笑い出した。

バーンホフ侯爵家の広々としたラウンジにはいつまでも4人の明るい笑い聲が響いていた。

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