第9話の『社界デビュー』翌日のお話です

（オフィーリアがお茶會で社界デビューをした翌日のお話です）

「練習のため今日の支度は自分でやるわ」

その日、著替えを手伝おうとミアとデミィが部屋にるとオフィーリアはそれを斷った。

二人のメイドは顔を見合わせしばし考える。

ニコラ夫人から、『外出の際はオフィーリアに自分でコーディネートさせてはいけない』ときつく言い渡されてはいるものの、今日は外出の予定はない。

「わかりました」

問題はないと判斷し、二人のメイドは退室する。

一人になったオフィーリアは裳部屋に並ぶおびただしい數のドレスを眺め、迷った末に黒いドレスを選ぶ。

赤は持っていないからだ。

鏡に映る自分の顔をみてため息をつく。

「なんて子供っぽいのかしら……」

ガーデンパーティーで見たディアンドラの姿を思い出す。

會場の男たちの視線を獨占していた彼はニコリともせずキリリとした表で佇んでいた。

裝はないのに匂い立つような艶やかさ。圧倒的なオーラを放っていて――。

あんなしい人に心をかされない男がいるはずない。

自分のぼんやりした顔立ちに苛立ちを覚えつつ、ディアンドラをまねてメイクしてみる。

……もっともディアンドラ本人は実は殆どすっぴんなのだが。

きりっとした眉に真っ赤な口紅。目じりももうし上げて……っと。

の下にハンカチを詰めてボリュームアップを狙う。

駄目だ、足りない。もっともっと詰めなくては……！

「きゃー！」

食堂に現れたオフィーリアの姿を見てニコラ夫人は悲鳴を上げた。

アドニスも無言のままちょっと顔をしかめる。それを見てオフィーリアの心は沈んだ。

「オフィーリア！　何の真似です。悪魔祓いの儀式でもするつもりなのですか」

真っ黒なドレスとドギツイのフェイスペイント。

エクソシスト満載ないで立ちにニコラ夫人はめまいを覚えた。

「す、すみません。やはり著替えます。朝食は私抜きで召し上がってください」

そう言うと踵を返し自分の部屋に戻る。目に涙がじんわり浮かぶ。

（私なんかではとても無理。としての魅力がないんだもの）

あのディアンドラが相手ではどうしようもない。

自分ごときではライバルにさえなりえない。

肩を落とし、のろのろと著替えをしていたら、ニコラ夫人が扉をノックする。

「オフィーリア、一何があったと言うの」

ディアンドラのことは言いたくなかったのでそこは省く。

「たまには大人っぽくてっぽいコーディネートにチャレンジしてみたくなっただけです」

ふてくされて頬を膨らませるオフィーリアを見てニコラはふっと笑った。

詳しいことは分からないが、この子は理由があって頑張っておしゃれしたのだ。

目標やモチベーションはお灑落の上達には欠かせない。いいことだ。

「ねぇオフィーリア、確認するけど、なりたいのは大人っぽいなの？　それともっぽい？」

オフィーリアは真っ赤になって口ごもりながら小聲で答える。

「い、っぽくなり……たいです」

「大人っぽいとっぽいは必ずしもイコールではないわ」

ニコラ夫人は優しくオフィーリアの手を取って、鏡の前に座らせた。

そして自らブラシでオフィーリアのキャラメルの髪をとかし、緩い編み込みの三つ編みを作り、先をまとめてピンでとめたアップスタイルにする。

そのあと、一度編んだ髪のあちこちをひっぱって緩く崩し、顔周りにひと房垂らした。

「殿方はね、私たちが思いもよらないようなところに気をじるものなのよ。しかも人によってその場所も違う。狙い通りには行かないと思うの」

オフィーリアは黙ってニコラの話を聞く。

「変に別人になろうとすると、せっかくのあなたの良さが見えなくなってしまうわ」

オフィーリアが先ほど塗りたくったおしろいを全部落とし、チークだけを大きめにれる。

同じピンクを目じりにもふんわりれてみる。

には先ほどの真っ赤な口紅をごくごく薄く、指でたたくように乗せる。郭は取らずに。

「ほら、覧なさい。今のあなたにはこのくらいが似合っていてよ。ほんのり酔っているみたいでっぽいでしょう」

出來上がった姿はほんのり上気したような自然な薄化粧。

（さすがはニコラ様だわ）

ディアンドラには遠く及ばないまでも、だいぶマシになったような気がする。

「私お酒は強いので酔っぱらたことがなくてわかりません」

「まあ、うふふ。ではこれで酔ったふりを演出できるじゃない」

「……ふふ」

の悩みを聞いてくれる年上のがいるというのはいいものである。

先ほどまでの沈んでいた気持ちが噓のように軽くなっていた。

「あ、ありがとうございます。………お母さま」

オフィーリアはニコラに抱きついた。

「…………！」

當然のごとく大激するニコラ。

すぐに倍返しで抱きしめ返し、オフィーリアの頭をでくりまわす。

戸いながらから大人のになろうとしているオフィーリアがしい。

その長過程に加われる自分はなんて果報者なのだろう。

「大丈夫よオフィーリア。あなたはきっとっぽくてとびきりチャーミングなレディになれるわ」

かすかな期待にニコラ夫人のが膨らむ。

の子がっぽくなりたい理由なんて一つしかないのだから。

その対象が……誰なのかはわからないけど。

願わくば、それが自分の息子でありますように――。

11月10日にツギクルブックスさまより本作の書籍版が発売されます！

人生初の書籍化です。全て応援してくださった皆様のおです。ありがとうございます。