《悪魔の証明 R2》第75話 052 ミハイル・ラルフ・ラインハルト(1)
「來ない? 來ないとはどういうことなんだ、レイ」
攜帯電話のスピーカーに向かって、僕は怒聲を浴びせかけた。
思わず攜帯をその場に叩きつけたくなった。
「いかん、いかん」
とわざわざ聲にして、それを必死に自制する。
だが、またイライラとして攜帯電話を握り締める手に力がる。
よりにもよって、『トゥルーマンの泉』に彼が出演する當日に突然スタジオに來ないと言い出したのだ。
憤怒冷めやらぬのも無理からぬことだった。
トゥルーマン教団からレイが『トゥルーマンの泉』への出演を依頼されたのは、つい先日のことだ。
たまたまその場に居合わせた僕は無論出演に大反対した。
前回の『トゥルーマンの泉』での失態を取り返そうとして、出演を依頼してきたに決まっているからだ。
プライドを潰された彼らが、何を仕掛けてくるか見當もつかない。それでなくてもレイの暗殺を示唆するようなトゥルーマンの発言があったばかりだ。
もしかすると、スタジオに足を踏みれたが最後、二度と生きて帰れない可能も考えられる。
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だが、そんな僕の心配をよそにレイはふたつ返事で出演を引きけた。
トゥルーマン教団との通話が終わった後、レイにその理由を確かめたところ、番組のテコれのためトゥルーマンが參加するのでこの機會に彼に宣戦布告するという無謀な回答が返ってきた。
何度も危険であると訴え出演を諦めさせようとしたのだが、
「あなたがついてくれば、安心でしょう」
という一言につい屈服してしまった。
あのような普段聞いたことのない甘い言葉をかけられたら、さすがの僕も抗うことはできなかった。
このような経緯があったにもかかわらず、
「今日だけは、どうしても行けないの。ごめんなさい」
と、レイが電話越しに珍しく謝罪してくる。
これに、ふん、と鼻息を鳴らしながらも、
「君が來ないのはわかった。どうせ教えないだろうから、理由も訊かない」
と、渋々ながら了承した。
「だけど、なぜ他の第六研メンバーが來ていないんだ。僕ひとりでトゥルーマンとコバヤシを相手にしろとでもいうつもりなのか」
続けて尋ねた。
「ええ、そうよ」
レイが有無を言わさないじで即答する。
これを聞いた僕は、その場で大きく頭を振った。
「さすがに僕だけでは……」
と、不安を口にする。
「あなたがひとりでやらなければ、この戦略は功しないの」
電話越しに鳴り響いたレイの囁くような聲が、僕の耳元を刺激する。
「僕ひとりで? できるかな」
僕は訝しげに訊いた。
「できるに決まっているわ、ミハイル。頼りにしているの。すでに番組プロデューサーには、あなたが私の代わりに出演することを伝えてある。大丈夫よ。あなたが持つ特殊な能力を使えば、なんてことないわ」
訥々とレイは言葉を返してくる。臺詞のわりに冷淡な口調だった。
首を傾げながら、
僕に特殊能力なんてあっただろうか。
と、し考え込んだ。
確かに筋力には自信がある。事実、學生時代から學校でダンベル上げにおいては負けたことがない。
おそらく喧嘩であれば、そうやすやすとやられてしまうことはないだろう。
だが、これは知力の勝負だ。
自慢ではないが、僕はそう勉強ができる方ではない。學校のテストの點がそこまで悪いわけではないが、それは家庭教師がテスト容を事前予想するのに長けた人だっただけで、僕個人の実力だけでし得たものではない。
自分だけの力であれば、大學にすらからなかっただろう。
大統領書という分になれたのだって、セオドアの選挙戦でたまたまラインハルト社幹部から書候補をひとり派遣することになったので、以前から國政に興味があった僕が嬉々としてそれに手を挙げただけだ。
もし、書就任に際し何かしらの資格が要求されていたのであれば、それは単なる夢語で終わっていたことだろう。
そんな僕に何か特殊な能力なんて……いや、ふたつ思いあたる節があった。
勉強ができない僕だが、ふたつだけみんなに誇れる能力があった。ひとつはテストに出ないような歴史に造詣が深いこと。これは今のケースには明らかに関係ないだろう。
であれば、もうひとつしか可能は殘されていない。
「レイ……もしかして、特殊能力とは僕の類まれなる推理能力のことを言っているのか?」
片眉を上げなから、尋ねた。
「え? ええ、そうね。そうけ取って貰って結構よ」
レイが若干言葉を濁しながらも同意する。
何と可げのない。彼はこのようにしか人を認めることができないのだ。
彼の歯切れの悪い態度が何となく腹立ったしかったが、自らの推理能力になからず自信のあった僕は自分にそう言い聞かせた。
「ああ、わかった。そういうことであれば仕方ないね。他ならぬレイの頼みだ。僕ひとりでやるよ。君が期待している僕の推理能力を使ってね」
と宣言してから、通話を切った。
ちょうどそのタイミングで、ノックの音が聞こえてきた。
ガチャリとドアが開く。
すぐに番組プロデューサーと思しき男が控え室にってきた。
番組が始まるから呼びに來たのかと思ったが、プロデューサーはなぜかこちらへと寄ってきた。近くで立ち止まると、僕の手を取り金のコインを渡してくる。
「のどこかに隠してください」
と告げてから、そのコインの使い道の説明を始めた。
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