《悪魔の証明 R2》第81話 053 ミハイル・ラルフ・ラインハルト

椅子へ腰を落ち著ける前に、スピキオのし奧、トゥルーマンが陣取る一段高い臺座の方へと目をやった。

垂れた頬に微笑。その嘲笑ともけ取れる笑みは、無論、僕、ミハイル・ラルフ・ラインハルトに向けられているものであることは言うまでもない。

その余裕がどこまで続くかな。

中で毒を吐いてから椅子に座り込んだ。

そして、ほっと一息つき、高ぶった気持ちを安らげようとした矢先のことだった。

「初めまして、私はコバヤシと申します。ミハイルさん……でよろしかったですかな」

コバヤシがいきなり聲をかけてきた。

「あ……」

と言葉を発しかけたが、僕の応答を待たず右手を差し出してくる。

コインが隠してあるのは左腕の袖。握手を求められたのは右手だった。彼が右利きで助かった。

彼の行を見た僕はで下ろした。

手を軽く握りしめる。

そして、コバヤシが僕の肩を軽く叩いた後のことだった。

「早速ですが、ミハイルさん」

コバヤシが呼びかけてきた。

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「何だ?」

すぐに反応して、その先を促した。

「コインは、あなたの左腕の袖に隠していますね。どうかそこからコインを取り出して、観覧席やお茶の間の皆様にお見せください」

続けられた臺詞は、想像もしないものだった。

僕の瞳孔は大きく見開いた。

観客に前提を説明もせずいきなり隠し場所を言い當てるとは、いったいどういうつもりなのか。

手が震えそうになるのを必死に抑え、左腕の袖からコインを取り出した。

「それでは、番組をご覧の皆様にご説明しましょう」僕から手渡されたコインを手にしたコバヤシが言う。「なぜこのようにミハイルさんが驚かれているかと申しますと、実はミハイルさんにはこの番組が始まる前、我々の目にれぬようコインをの一部に隠すようお頼みしておいたのです。無論、彼以外、コインの隠し場所を知る者はいません。それにもかかわらず、彼は私にコインの隠し場所を言い當てられた。ゆえにミハイルさんは、かように驚かれているのです」

臺詞を終えたコバヤシに向け、観覧席からは怒號のような拍手が巻き起こる。

突き抜けるようなその歓聲を耳にした僕は、額から大粒の汗を流した。

こんなはずでは……

と、大きく頭を振った。

「しかし、これはただのパフォーマンスです」

コバヤシはこの一言で、萬雷の拍手を簡単におさめてみせた。

次に黒い瞳を僕の顔へと移す。

「このようなものは、ただの茶番。どちらかというと、ここからが本番です。では、ミハイルさん。あなたは、何かに悩みはありませんか……例えば、筋系の障害とか」

と、語りかけてきた。

コバヤシが言った言葉に、はっと手で口を押さえた。

この予言めいた診斷には思いあたる節があった。

レイ、セオドアのようなくせ者たちが常に周囲におり気苦労が多いせいで、ここ一年程筋トレーニングの回數を増やしていた。

ストレスはかすことによってのみ発散される。

そう信じている僕にとって、それは當然のことだった。

だが、あまりにも一心不にやりすぎたのか、最近、のところどころに今までにない痛みをじ始めていた。

「確かに、筋を最近痛めているかもしれません。特にダンベルを持ち上げた時とか……」

と言いかけたが、途中で臺詞を切った。

何をぺらぺらと喋っているんだ、僕は。

で反省した。

コバヤシとの會話のペースが異常に速いせいで、條件反的に言葉を吐いてしまっているようだ。

「……そうですか」心配そうな眼差しでコバヤシは頷く。「ああ、大筋を痛めておられますね。早くなんとかしないと――いや、その前に申し上げにくいのですが……どうやら、あなたはお醫者さんにも行かれていないようですね」

「なぜ、それを……」

僕は図らずも言葉を失った。

筋に痛みをじていることを、コバヤシはどうやって知りえたのだろうか。

トリックだ、反的にその臺詞が元まで出かかった。

だが、それを否定する考察がすぐに脳裏に浮かんでくる。

醫者に行っていないことは民間醫療保険の記録を調べれば何とかなるだろう。だが、この件については醫者どころかレイにさえ言っていない。

すなわち、大筋を痛めていることは僕しか知り得ない事実ということだ。

「それだけではありません。他に痛みをじる箇所があるでしょう」

僕の思考を遮るかのように、コバヤシがたたみ掛けてくる。

「そういえば、足が……」

と、素直に告白する。

もはや頭が真っ白になって、何も考えられなかった。スタジオの奧でにやつくトゥルーマンの顔が霞んで見える。

僕の思考が停止したのを見かしたように、コバヤシは言う。

「そうですね。主に歩いている……いえ、ランニングしているときに顕著のようです。足の右側と左側、両方悪くなっているようですね」

「そう……いえ、右側は痛いのですが、左側は痛くありません」

「――そうですね。ですが、自覚癥狀が出ていないだけです。いずれ痛みが襲ってくるでしょう。何にしましても、まずお醫者さんにかかるべきですね。話はまずそれからです。今後のご相談はそれから、ということに致しましょう」

「はい、お願いします……」

僕は深々と頭を下げながら禮を言った。

激しい自己嫌悪をじざる終えない。これでは、コバヤシに超能力があることを公に告知しているようなものだ。

なんて弱いんだ、僕は。これでは完全な敗北者という烙印を押されても仕方がない。

僕がそう深く自した時だった。

突然クククッという笑い聲が、靜かなスタジオに鳴り響いた。

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