《傭兵と壊れた世界》第九十八話:星の落とし子計畫

文明崩壊以降、各國が求めたのは燃料資源だけではない。枯渇する人的資源が國の軍事力を低下させた。それは大國ローレンシアも例外ではなく、彼らは質の高い人的資源を得るためにとある計畫を始めた。

それが「星の落とし子計畫」という名の、いわゆる年兵・兵の育だ。ローレンシアは他國を侵略し、占領した國の子供たちを集めて優秀な兵士を作ろうとした。大國の花(イースト・ロス)による洗脳と過酷な訓練。その果てに生まれたのが星の落とし子だ。

「ミシャは優秀な落とし子だった。あいつは戦爭のショックで故郷の記憶を失くしていたから、他の子供達よりも染まりやすかった。他國を喰らえ。祖國に命を捧げろ。そうして生まれた悪魔の子さ」

ルートヴィア兵はミシャを過剰なほどに恐れた。彼の赤は髪のか、それとも返りか。とにかく赤い子どもに気をつけろ。奴と出會ったら戦わずに逃げろ。軍人なら誰もが知る噂話だ。

ルーロ戦爭において、第二〇小隊とミシャは敵同士で何度も衝突した。いつも戦いが終わる頃には両者だけが立っていた。

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ルートヴィア側の英傑として挙げられるのは旗頭のユーリィや第三六小隊のエイダン達。そして第二〇小隊。

対するローレンシア側にはアーノルフ閣下が指揮する老將シモンとホルクス軍団長。そして星の落とし子たちと筆頭のミシャ。

両國の力は拮抗した。誰かが欠ければ戦力バランスが崩壊する張狀態だ。戦いは日を追うごとに激化し、誰もが早く終わってくれと願った。

「ある日、第二〇小隊が星の落とし子計畫の主要基地を襲撃した。長引きすぎた戦爭を終わらせるためだ」

奇襲が功したことにより基地は甚大な被害をけた。

「恐れをなしたローレンシアの責任者は、ミシャを囮にして逃げた。つまり捨て駒だ。そこでどんな會話があったかは本人達しか知らないが、イヴァンはを勧した。國に見放され、基地も崩壊し、帰る場所を失ったミシャに対して、仲間にならないかってな」

落とし子部隊も壊滅し、これで戦況が傾くはずだ。

誰もがルートヴィアの勝利を確信したが、ここで歯車がひとつ外れる。第二〇小隊の要(かなめ)である狙撃手のジーナが戦死したことにより第二〇小隊が失速。司令塔であるジーナの損失は大きく、これをきっかけに戦力パランスは崩壊し、ルートヴィアは徐々に敗戦の一途をたどった。

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「あたし達からしたら何の冗談だって話だ。昨日まで敵兵だった奴が急に仲間になりました、なんてれられるはずがない。今もそうだ。あの裏切り者を味方と呼べるやつはルートヴィアに居ねえよ」

ラチェッタの言葉に偽りは無いだろう。全て事実としてけ止める。

ナターシャは気持ちを落ち著かせるようにゆっくりと息を吐いた。ミシャと解放戦線の亀裂は深そうだ。今後のことを考えると頭が痛くなるが、今はラチェッタの処理が優先である。

「わかったわ……これ以上、第二〇小隊に危害を加えないならば、あなたのことは見なかったことにする。帰っていいよ」

「……それだけか? あんたも、ミシャに何か思うこととかあるだろ?」

「ないよ。私はただ、ミシャと解放戦線の間に誤解があるなら解こうと思って聞いたんだけど、そんなことも無さそうだし。解放戦線がミシャをれられないのなら、お互いに不干渉でいくのが良いでしょう」

過去なんてどうでもいい。今の姿をれる。

それが第二〇小隊の信條だ。そして、ナターシャも同じ想いである。だからミシャが元ローレンシア兵であっても問題ない。肝心なのは、今。第二〇小隊の仲間であることだ。

「だが……」

「早く行って。食材を冷やしたいの」

ラチェッタは納得できない様子で出口に向かった。念のため、船から出たかどうかを確認するためにリンベルを追隨させる。館に殘ったナターシャは食材を持ち直して、もう一度ため息を吐いた。

「お疲れですね」

「わっ! ビックリしたわソロモン!」

「驚かせるつもりはなかったのですが、すみませんね」

ぬっ、と顔を出したのはソロモンだ。この様子だと初めから聞いていたのだろう。全きづらいはずなのに、どうやって気配を隠していたのか。

「ラチェッタを見逃したのですか」

「あれも一応は戦力になるからね。ローレンシアと戦う前から、貴重な味方を損耗したくないの」

「では私も見なかったことにしましょう。あの子も昔は素直だったんですけどねえ。ルーロの妄執に憑かれてしまってから、言葉遣いも暴になって、まるで戦士というよりも獣になってしまいました」

「誰だって時間が経てば変わるわ。ましてや戦場にを置けば否が応でも染まるもの。彼なりに考えた結果が今のラチェッタなんでしょ」

ナターシャにとってはどうでもいい。ラチェッタの存在は雑兵と同じであり、第二〇小隊に益を生むかが肝心なのだ。

「悪いけどソロモン、私がさっきの話を聞いたことは黙っていてほしいの。あえて本人に言う必要はないし、ミシャが話さないなら私も知らないで過ごすわ」

「わかりました。ご安心下さい、私の口はかたいですよ」

ルートヴィア自治區に夜が訪れる。

各小隊長との作戦會議から解放されたイヴァンは、機船へ帰らずに寄り道をした。中央の巨大な吹き抜けの上層部。ひっそりと地下樹木の影に隠れた料亭をたずねる。顔見知りの店主は「お久しぶりですね」と慣れた様子で見下ろし臺の席に案をした。

「待っていたよイヴァン。こんな時間まで會議とは、君も偉くなったね」

「茶化すなユーリィ。お前こそ立派な旗頭じゃないか」

二人は酒をわした。再會の味はし辛口なパルグリム産の葡萄酒。

「敵は老將が出るよ」

「ほう。狼じゃないのか」

「総指揮は年長者に決まったらしい。ホルクスはさながら手綱を握られた犬ってところだ」

「そうか……長い戦いになるかもしれんな」

老將シモンは堅実な戦い方を得意とする男だ。焦らず、驕らず、じわじわと敵の首を絞める。古臭く、ゆえに頑強な戦。アーノルフ閣下の右腕としてローレンシアを支えた將である。

「シモンの軍を崩すのは時間がかかるからね。でも、君たちは戦いが終わる前にここを去るんだろう?」

「ああ、隙を探してローレンシアに潛する。最後まで付き合えなくて悪いな」

「君たちの目的は理解しているよ。見つけたんだろう、旅の終著點」

二人は古い馴染みだ。互いのことをよく理解している。ジーナを失った第二〇小隊の慘狀も、彼らが再起して足地を巡る理由も。

「ようやく、だ。第二〇小隊の戦いが終わる」

「僕も同じだよ。ルーロの殘り火を消す時が來た」

イヴァンはミラノ水鏡世界を目指す。ユーリィは祖國解放の夢をし遂げる。

それぞれが抱える戦いを終わらせるのだ。

「君は明るい顔をするようになったね」

「そうか?」

「以前と比べたら見違えるようだよ。足地を巡ると聞いた時は頭がどうかしたのかと思ったけど、良い出會いがあったんだね」

「良い出會い、ね。ろくなやつがいなかったぞ。この前だって聖の面を被った化けに殺されかけたんだ」

「ハハッ、でも出會ったのは化けだけじゃなかったみたいだ」

イヴァンは渋い顔をした。話を逸らしたつもりだったがユーリィは逃してくれない。彼が言っているのはナターシャのことだ。新しく隊したという彼が狙撃銃を擔いでいるのを見た時、ユーリィはすぐに察した。

「彼にジーナを重ねたかい?」

「やめてくれ。酔っているぞ」

「いいや、やめないよ。そして素面だ」

「なおのことタチが悪い。ナターシャをったのは優秀な狙撃手がしかったからだ」

「優秀ねえ。そういうことにしておこう」

イヴァンの顔が渋くなるばかり。「悪ふざけが過ぎた」と友が謝る。

実際、まったく重ねていないと言えば噓になる。狙撃銃を構えるナターシャの姿は、違うと分かっていても重なるのだ。

「おや、噂をすれば來たようだ」

「誰の話だ?」

「後ろを見てみなよイヴァン。彼だよ」

店主に案されるがいた。彼は申し訳なさそうな顔でテーブルに歩いてくる。

「邪魔したかな、ごめんね」

「どうしてここを?」

「ソロモンから聞いたの」

ナターシャはユーリィに顔を向けた。まともに話すのは初めてだ。互いに軽く自己紹介をすると、ユーリィはにやにやと意地悪そうな笑みを浮かべながら席を立った。

「お邪魔蟲は僕のほうってことかな。先に帰るからゆっくりしていきなよ」

イヴァンが引き止めるよりも早く、旗頭は颯爽と會計札を持って立ち去った。変わらない男だ。昔から彼は周りに気を使いすぎるふしがあり、解放戦線のまとめ役となっても彼の格は変わっていないようだ。

ナターシャが「良かったのかな」とし遠慮した様子で席に座った。

「伝えておきたいことが二つあるの。まずは船に侵者がったこと」

ラチェッタの騒について大まかな容を伝えた。基本的には些事(さじ)と片付けてよさそうな事案だ。ラチェッタの暴挙は目に余るものがあるが、事を大きくするよりもナターシャのように牽制で済ませたほうが解放戦線を刺激しないで済む。

「了解した。それで、もう一つは?」

「街を歩いて思ったけど、ルートヴィア解放戦線は資金があまり潤沢じゃないはずよ。基地の整備も行き屆いていないし、住民の暮らしぶりもかとは言えないわ」

は手すりの外に目を向けた。眼下に広がる夜の街は貧困が目立っている。そもそもがローレンシアに支配された地區だ。贅沢が許されないのは想像に難くない。

「それなら、ローレンシアと戦う資金はどこから調達したのかしら?」

「後ろにパルグリムがいる、か」

「十中八九ね。というかイヴァンも気付いているんじゃない?」

イヴァンは葡萄酒をあおった。當然ながら気付いている。パルグリムの商人が絡めば骨の髄までしゃぶり盡くされるのも、目に見えている。戦爭が長引くほど彼らに流れる金が増えるのだから。

だが、ユーリィは承知の上でパルグリムの支援をけているはずだ。自ら毒沼の蛇を摑まなければいけないほど困窮し、それでも戦うことを選んだ。ならば口を挾むつもりはない。

「ナターシャの言うとおり、ルートヴィア自治區は緩やかに衰退している。だからこそ、今なのだろう。今立ち上がらねば、次はない」

「祖國解放の夢は潰える、と。だからってパルグリムを選んだら、本當にルーロ戦爭の繰り返しよ」

「もしかしたら繰り返したいのかもな。敗戦の汚名を返上するために」

ナターシャは理解できないといった様子で首を振った。きっと価値観が違うのだろう。彼らは過去に囚われた革命の戦士達だ。革命のためにしか生きられない。

「イヴァンが良いなら私も構わないけどさ」

「これは解放戦線の問題だ。俺が構うもなにもない」

「ままならないね」

「まったくだ」

遠くで賑やかな聲が聞こえた。戦士たちも戦いに向けて英気を養っているのだろう。最後の晩餐になるかもしれない酒をわして。

三日後。ルーロ革命が始まった。

またね。

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