《悪魔の証明 R2》第83話 054 ミハイル・ラルフ・ラインハルト
「確証バイアスにかかりましたね、ミハイルさん」
笑い聲の主――コバヤシはこれ以上なく口を歪めてそう言うと、僕の肩に手を置いてきた。
僕はすぐにその手を振り払った。
そして、
「何を……」
と続けて、言葉を発しようとしたその時だった。
「コバヤシ、貴様……」
トゥルーマンの太いから発せられた怒聲により、その言葉は遮られた。
鬼のような形相をするトゥルーマンを無視して、コバヤシは僕へと語りかけてくる。
「ミハイルさん。初めに、私は握手をしましたね。実は申しますと、あれは読筋です。私はあなたの筋のきをより間近で観察するためだけに、あのような行をとったのです」
コバヤシのこの獨白に僕の片眉が上がる。
どうやら、トリックの説明をしようとしているようだ。だが、いったいなぜそのような真似をするのか見當もつかない。
「まず、前提をお話しなければなりません。バッグなどを持たない人間の服裝でコインを隠せる場所は、無限にありそうに見えて実は非常に限られています」コバヤシは言う。「ここでは、あなた自とあなたの服裝、つまりスーツを著た極一般的なサラリーマンをイメージしてください。雑多な服裝をする人をイメージしていては、話が進みませんからね。ここでは、サラリーマンの場合を考えることにしましょう。ミハイルさん?」
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と、話をいきなり振ってくる。
「いや、その……何のことだか……」
しどろもどろになってしまった。
「普通に考えればわかるのですが」そんな僕に構わず、コバヤシは説明を続ける「服と人の中でコインを隠せる場所は、靴の中、スーツかシャツのポケットの中、シャツの袖の中。そして、まれに髪のの中、この五點くらいのものでしょう。無論、テレビに放送できる範囲外の隠し場所は除外します」
「スーツの袖を破いてその中にれることもできるじゃないか」
ようやく反論の言葉を思いついたので、注意してみた。
だが、トリックの暴を行なっているコバヤシにとっては合いの手みたいなものだろう。
「……そういう裏技もできますが、コインパフォーマンスの件を知ったばかりのあなたにそんなことはまず考えつかない。さらにそんなことをする時間はミハイルさんにはなかったというプロデューサーやスタッフの証言がありましたのでね」
「そんなことを……あの人たちが?」
と言いながら顔を左右し、スタジオにってから関わった者たちを探したが、周囲のどこにも彼らの姿はなかった。
「で、ここからが本題ですね。といっても、非常に簡単なものなので呆れてしまうかもしれません」コバヤシは軽い調子で宣言する。「先程申し上げた五點。その付近に異がっているときの人間の行には、それぞれに特徴的な筋のきがあります。ですので、隠し場所にある程度のあたりをつけることは、読筋を知る者にとってそれ程難しいものでありません。そして、ない選択肢の中からこの読筋を踏まえて対象の行を観察し、確信レベルを上げていくだけです。ね、簡単でしょう」
「そんなことができる人間は限られているだろう?」
僕はステレオタイプな質問をした。
未だコバヤシの真意は読めないが、黙っていても仕方がない。とりあえず頭に浮かんだ疑問點を訊いていくことにした。
「ああ、申し遅れましたが、私は読筋の使い手です。あくまで余談ですがね」コバヤシは補足をれるかのように言う。「まあ、とにかくです。最初にあなたと握手をした瞬間、あなたの首の筋の筋が左腕を気にしているように私には見えました。ここで私はまず、あなたが左腕付近にコインを隠しているのではないかと疑ったのです」
「それですぐに言い當てたのは覚えているけど……」
「いいえ、その時點では確信に至りませんでした。このような癖を持つ人はないとはいえ、一定層存在します。まったく迷な癖ですがね。そういったこともあり、私は長めにあなたと握手してあなたがボロを出すのを待ちました」
「僕がボロを出しただって? そんなはずはない」
當時を遡ったが、そんな特別なことをした記憶はなかった。
「いいえ、案の定すぐにあなたは馬腳を現した。あなたは握手をしている間、左腕をまったくかさなかったのです。握手をするのにはあきらかに不自然な行ですね。こうなると話は簡単です。不自然な真似をしてまで左腕を作させないということは、あなたが左のシャツの袖にコインを隠しているとしか考えられない」
「そんなことを……まさか、この僕が?」
自問するかのように尋ねた。
「ね、本當に簡単なトリックでしょう」僕の質問を遮斷するかのように、コバヤシは言う。「ああ、もっと特殊なところに隠す方がいるかもしれませんが、その場合、のきは明らかにおかしくなります。ですので、さらに隠し場所を読むことが容易になります」
後、大変申し上げにくいのですが、このトリックはあまり賢そうに見えない人にしか使いません――
訥々と語るコバヤシを見つめながら、ごくりと僕は息を飲んだ。
最後の一言が馬鹿にされたようで勘にるが、これまでの経緯を鑑みると、どうやらコバヤシは初めからトリックの暴をするつもりだったようだ。
それはすなわち、絶的な狀況から一転して、いつの間にか僕に有利な狀況になったということになる。
大きくどよめいた観覧席がそれを証明していた。
「このトリックを使った真の目的は、ただ単純にミハイルさんを騙したかったというわけではありません」コバヤシはざわめく観客たちにを向けて言う。「ミハイルさんの脳を混させる布石として使用したのです。私が奇跡を起こせる人間かもしれないと思わせるために。私はこのトリックを終えた後、たたみ掛けるようにミハイルさんしか知らない事実を次々と言い當てていきました。これは、無論、私が超能力者であるというわけではない」
コバヤシの言葉の最後。斷定の余韻が辺りに鳴り響く。
呆気に取られながら、僕はゴクリと唾を飲んだ。
「ミハイルさんの協力なしにこのようなことができるはずもありません。なぜ、協力が得られたのかというと、先述のトリックにより、コバヤシは奇跡がひょっとして起こせるのではないかという意識が、ミハイルさんの深層心理に刻み込まれたからです。そう、ミハイルさんの心に非日常が日常であるという意識が植えつけられてしまった。ゆえに、ミハイルさんは私の超能力を肯定的に捉える行をとってしまったのです」
「超能力に肯定的な行……」
図らずも僕の口から吐息がれた。
確かに超能力を否定することはできなかったかもしれないが、協力的な行をとった覚えはなかった。
ということは――
いや、と僕は首を橫に振った。
これ以上自分で考えても答えは見つかりそうになかった。そして、僕は口を閉じたまま、観覧席に話しかけるコバヤシの口へと耳を傾けることにした。
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